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   <title>日本を守るのに右も左もない</title>
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   <updated>2012-02-11T11:04:11Z</updated>
   <subtitle>人類を破滅に導くマスコミ・官僚・学者たち。マスコミさえ倒せば、支配勢力は瓦解する。</subtitle>
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   <title>橋下大阪市長の意識構造と今後の方向性を探る</title>
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   <published>2012-02-11T10:50:07Z</published>
   <updated>2012-02-11T11:04:11Z</updated>
   
   <summary> 　 大阪都構想を主軸として、大阪府知事→大阪市長に就任した橋下徹氏。最近のＴＶメディアでの露出でも、（レベルが低いとは言え）学者をことごとく粉砕し、ますます注目を集めているように見えます。 　 しばらくの間、大阪の行政、さらに国政に影響を与え続けることが予想されます。一つ一つの政策に対しては、賛否両論あると思いますが、まずは彼がどのような政策を打ち出していくのか、その方向性を探っておきたいと思います。 　 それを考える上で、まず、ネットや書籍を中心に、橋下大阪市長の生い立ちからの意識構造の分析から始めます。 　 （※個人情報が多く入っていますが、個人攻撃をする意図はありません。あくまで、意識構造を分析した上で、今後の方向性を探ってみようという試みです。） ...</summary>
   <author>
      <name>tnaito</name>
      
   </author>
         <category term="10.日本の時事問題" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<a href="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E6%A9%8B%E4%B8%8B.jpg"><img alt="%E6%A9%8B%E4%B8%8B.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E6%A9%8B%E4%B8%8B-thumb.jpg" width="400" height="300" /></a>
　
大阪都構想を主軸として、大阪府知事→大阪市長に就任した橋下徹氏。最近のＴＶメディアでの露出でも、（レベルが低いとは言え）学者をことごとく粉砕し、ますます注目を集めているように見えます。
　
しばらくの間、大阪の行政、さらに国政に影響を与え続けることが予想されます。一つ一つの政策に対しては、賛否両論あると思いますが、まずは彼がどのような政策を打ち出していくのか、その方向性を探っておきたいと思います。
　
それを考える上で、まず、ネットや書籍を中心に、橋下大阪市長の生い立ちからの意識構造の分析から始めます。
　
（※個人情報が多く入っていますが、個人攻撃をする意図はありません。あくまで、意識構造を分析した上で、今後の方向性を探ってみようという試みです。）
]]>
      <![CDATA[<span style="background:#A4FFA4"><strong>■生誕～中学校時代</strong></span>
　　
　
橋下は東京で長男として生まれ、４つ下に妹がいます。小学校２年生のときに暴力団員の父親が自殺し、その後小学校５年生のときに大阪東淀川区（同和地区）の府営住宅に引越し、貧乏な母子家庭の中で育ちます。橋下はそこで、同和地区での理不尽な現実に晒されながら生きることになります。
　
小学校は転校初日から、東京者とからかわれて同級生から殴られます。すると橋下は敵対するのでも、手下につくのでもなく、言葉巧みに取り入り、彼らの交友関係に自ら入ることで身を守ります。自身でもドラえもんのスネ夫のような生き方だったと語っています。　
中学は荒れた学校に通っていたため、「一番悪そうな部が安全」とラグビーに入部します。頭の回転を武器にして悪達の代弁者となり、クラスの争いごとや学校側との交渉の先頭に立ちます。周りや教師からの評価は、口達者、卓越した交渉術など当時から処世術に長けていたことが分かります。
　
また受験前の短期間で猛勉強して（中学時代の橋下は学校トップクラスだが偏差値44）、見事に大阪トップの北野高校（偏差値70以上）に合格します。
　
　
<span style="background:#A4FFA4"><strong>■高校～大学時代</strong></span>
　
高校での成績は最下位クラスで、自分に利益のないことはせず（掃除、汚れ仕事は徹底的にサボり）、自分の利害にかかわることには理屈を考え出し、平気で嘘を付くと、周りや教師からの評価は低かったようです。
　
部活は引き続きラグビーを続けていましたが、まじめに練習せずに遅刻も多かったようです。そのため３年でレギュラーを外されそうになりますが、「もう一度チャンスがほしい」と懇願して猛練習を行い、大一番の試合で大活躍！４６年ぶりの「花園出場」に貢献します。部活の顧問は、「追い込まれなければやらないタイプだが、本番では予想外の力を出す」と当時を語っています。
　
大学は１年浪人しながらも、短期間で必死に勉強して、早稲田大学の政治経済学科（高田馬場）に進学します。しかし、授業に興味がなく、またサークルで仲間とつるむこともなく、大学にほとんど行かなかったため、早々に大学留年（5年生）が決定します。
　
生活は駆け落ち同然の彼女（高校の同級生）と同棲し、バイトしながら細々と食いつないでいたようです。その時の学生ビジネスで騙されたのをきっかけに、必死で法律を学び司法試験に合格します。
　
　
<span style="background:#A4FFA4"><strong>■弁護士時代</strong></span>
　
司法研修を終えた橋下は「人の下で働きたくない」と周りに言いながらも、金銭面及び経営手法も分からないため、「ノウハウだけ学んで、絶対に１年で独立してみせる」と大阪市内の弁護士事務所に就職します。
　
弁護士になってからは「人脈を広げなければ商売にならない」と、高校、大学の卒業名簿を取り寄せて売り込みのハガキを数千枚も送ります。さらに興味のない法曹サークルや護憲団体などの複数の勉強会や積極的に参加し、先輩弁護士には「ここの団体は付き合ってメリットありますか？」などと聞いていたそうです。「仕事は優秀だが、お金への執着心が強い人間で、金にならない仕事は手早くこなし、人脈づくりなど個人の仕事ばかりを優先させていた」と当時の弁護士事務所の所長は橋下を評価しています。
　
就職１年後には、異例の早さで独立事務所を構えます。（通常は１０年程度かかるそうです）仕事は、金にはなるがトラブルが多くて人気のない損害賠償保険の交渉業務を中心とし、人脈などをフルに活用して積極的に仕事をしていきます。また橋下は弁護士になってから、髪を茶髪に染めています。これは厳しい状況で独立を果たした橋下が、生き残りを賭けて選んだ手段（茶髪でインパクトを出す作戦）でした。
　
橋下は弁護士をサービス業として位置付け、厳しい交渉案件や問題視されていた消費者金融大手アイフル系列企業での顧問弁護士を務めるなど仕事を拡大していきます。法廷では「法」がすべてであり「正義」など何の役にも立たないとし、目的のためには手段を選ばない（吹っかけて論破する、法の隙間を利用する）仕事ぶりが目立つようになります。
　
こうした仕事ぶりや風貌から、周りの弁護士から「行儀が悪い、弁護士の品がない」など、橋下は嫌われはじめていきます。さらにこの後、山口県光市母子殺害事件の弁護団懲戒請求発言問題で、元事務所を含めた周りの弁護士（弁護士会）との隔絶が生じていきます。
　
　
<span style="background:#A4FFA4"><strong>■タレント時代</strong></span>
　　
独立から４年後に、橋下は毎日放送のディレクター（高校のラグビー部の先輩）から声を掛けられ、弁護士コメンテーターとしてテレビに出演します。「（ニートには）拘留の上、労役を課す」「私は改憲派だし核保有を肯定する」などの、これまでの弁論術を駆使した過激で分かりやすい本音発言が視聴者からの人気を呼びます。
　
橋下氏はこの過激な発言を通して、テレビで何をどう話せば視聴者にウケるのか、賛同を得られるのかを理解していきます。テレビ局は自分たちの意図を良く理解してくれている使いやすから番組数を増やし、橋下の知名度は高まり、人脈も増えていきます。そして周囲からの府知事選の後押しと、財界への根回しが上手くいき勝算が出ると府知事選に出馬し、マスコミを上手く利用して見事に当選します。
　
　
<span style="background:#A4FFA4"><strong>■橋下市政、今後の方向は？</strong></span>
　　
再び橋下氏の過去を振り返ってみると・・・
・小中学では、いじめられないように力の強いものの仲間になる
・大学では、法制度を学び弁護士の資格を取得する
・大阪府知事、大阪市長へと就任する
　
橋下氏の発言をみると・・・
・「今の日本の政治で一番重要なのは独裁」
・「政治家を志すっちゅうのは権力欲、名誉欲の最高峰だよ」
・「４０歳代くらいの職員を対象に自衛隊での研修を検討したい」
・「税金を払わない奴は生きる資格がない」
・「私は改憲派だし核保有を肯定する」

ここから浮き上がってくる意識構造は、力の強いものへの憧憬とその正当化です。

<strong><Div Align="center">


不遇な環境からの脱出欠乏
∥
∨
より大きい力への憧憬
∥
∨　　　　　　　　　　　
市場原理主義＜───　力の原理主義　───＞核武装を肯定 　　
　
</Div></strong>
　
橋下は子供の頃に、同和地区の理不尽な現実に晒されながら貧乏な生活を送っています。誰も助けてはくれないため、この不遇な環境からの脱出欠乏が強く生起し、<span style="color:#ff3300;"><strong>この状況を変えられる、より大きな力に憧れを抱いたのでしょう。より大きい力を手に入れることを、「力の原理主義」（力の強いものが弱いものを導き、全体を統合していく）によって正当化していきます。</strong></span>
　
この延長上にある発想が<strong>大阪都構想</strong>です。府知事時代の財政悪化を隠蔽してでも、大阪都構想を推進していることからも、<strong>力の原理の信奉者</strong>であることが分かります。
　
教育政策については、府立高校の学区撤廃によって、トップの北野・天王寺高校へと集中させ、年収８００万円までは私立高校の年間授業料を１０万円程度（公立並）とし、ある程度の公立でなければ私立でよいという潮流を作り出そうとしています。
この結果、下位の公立高校は人が集まらず廃校となっていくでしょう。（３年連続定員割れの府立高を統廃合）。これは、<strong>力の強い高校を作り出し、下の方の高校から、存在意義を奪っていくということです。</strong>また市立小中学校を学校選択制（平成２６年度導入）にすることから、小中学校も同様の意図だと考えられます。
　
（ただし、これら教育政策は、独自に考えられたわけではなく、日本で一番力の強い東京の真似しているだけに過ぎません。）
　
　
経済政策については、具体的なことを言及していないのでよく分かりませんが、はっきりしているのは、民営化を推進することで競争力を高めて、財政を再建しようとしている点です。。さらに力の原理の信奉者という点からみると、製造業、エネルギーなどの<strong>各産業の中心地を決め、外から企業を誘致して集約させ、各産業の力の強い地域を作り出していくと考えられます。</strong>
　
　
これらの制度改革に対して反対する地方官僚は、「選挙で当選した」「自分こそが民意を反映している」という論理を使って、次々に首を切っていくでしょう。これによって橋下に逆らう地方官僚はいなくなり、<strong>面従腹背の集団</strong>が形成されていくことになるでしょう。　
　
しかし、逆にこの構造は、橋下氏の最大の弱点になるはずです。<span style="color:#ff3300;"><strong>マスコミからの人気、それを背景にした得票数という数の「力」によって、全体を統合しようとしているのですから、彼に擦り寄っている人間も、橋下氏が持っている「力」を利用としているだけです。ですから、マスコミが作り出した「力」にかげりが見え始めた途端に、集団は空中分解することになるでしょう。</strong></span>　
　
　　
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   <title>近代科学の成立過程１８～十六世紀ヨーロッパの言語革命はキリスト教と金貸しの共認闘争だった</title>
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   <published>2012-02-09T12:49:10Z</published>
   <updated>2012-02-09T13:04:28Z</updated>
   
   <summary> カエサルのガリア征服（この画像はこちらからお借りしました） 近代科学の成立過程シリーズ、前回はイギリスが国家を上げて科学技術を吸収し、それを武器にして略奪行為を国家ぐるみで行い、世界帝国を築き上げていく過程を学びました。この後、ヨーロッパ世界は国民国家の時代となっていきます。 今回は、この国民国家の時代への転換の基礎となった、１６世紀ヨーロッパの言語革命について学びます。この言語革命はカエサルによってヨーロッパにもたらされたラテン語に変わって自らの言語を国語として獲得し、中世にラテン語を独占したカトリック教会から独立していく過程でした。 山本義隆氏の著『十六世紀文化革命』（みすず書房）の「第９章　一六世紀ヨーロッパの言語革命」の前半要約です。 応援も宜しくお願いします。 ...</summary>
   <author>
      <name>nodayuji</name>
      
   </author>
         <category term="13.認識論・科学論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sayuu.net/blog/">
      <![CDATA[<img alt="%E3%82%AB%E3%82%A8%E3%82%B5%E3%83%AB.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E3%82%AB%E3%82%A8%E3%82%B5%E3%83%AB.jpg" width="300" height="225" />
カエサルのガリア征服（この画像は<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%82%A8%E3%82%B5%E3%83%AB">こちら</a>からお借りしました）

近代科学の成立過程シリーズ、前回は<span style="color:#ff3300;">イギリスが国家を上げて科学技術を吸収し、それを武器にして略奪行為を国家ぐるみで行い、世界帝国を築き上げていく</span>過程を学びました。この後、ヨーロッパ世界は国民国家の時代となっていきます。

今回は、この国民国家の時代への転換の基礎となった、１６世紀ヨーロッパの言語革命について学びます。この言語革命はカエサルによってヨーロッパにもたらされたラテン語に変わって<span style="color:#ff3300;">自らの言語を国語として獲得し、中世にラテン語を独占したカトリック教会から独立</span>していく過程でした。

山本義隆氏の著『十六世紀文化革命』（みすず書房）の「第９章　一六世紀ヨーロッパの言語革命」の前半要約です。

応援も宜しくお願いします。
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      <![CDATA[<blockquote><span style="color:#ff3300;"><strong><span style="font-size:130%;">１　中世前期の俗語とラテン語</span></strong></span>

十六世紀文化革命の指標は､大学とは無縁な職人や芸術家や外科医が俗語で書いた科学書・技術書の出現であった。それまで文字文化から阻害されていた人たちが、自分たちの言語で経験と思考を公表し、知の独占に風穴を開けたことである。そのためには俗語自体が変革されなければならず、十六世紀文化革命は同時期の言語革命と並行して進められた。

カエサルが紀元前50年にガリアを征服し現在の西ヨーロッパに文明と統一がもたらされた。ローマ人の言葉である<span style="color:#ff3300;">ラテン語は当初から統治のための公用語であり文明の言葉</span>でもあった。ラテン語は比較的短期間に土地の言葉にとって変わっていった。

キリスト教はもともとローマ帝国属州の奴隷や虐げられた民の間で生まれたが、四世紀末には帝国の国教となり支配階級の宗教となった。四七六年に西ローマ帝国が崩壊しガリアはフランク族の支配下に入るが、キリスト教は生き延びガリアの地に広まっていく。そして<span style="color:#ff3300;">ローマ帝国に変わってキリスト教会が文字文化を独占</span>していく。

キリスト教がガリアの地に浸透して行く過程は、土地の支配者をキリスト教化する形で進められた。改宗は多くの地で支配層だけに限られていた。<span style="color:#ff3300;">支配者もキリスト教会の階級制度は統治に利用できる事に気付いた</span>。ガリアではフランク族を統合したクロビスが五世紀末に、ブリテン島ではケントの王エセルバートが六世紀末に受洗している。ヒスパニアでも教化は支配層から始まり、北イタリアのランゴバルト族も七世紀の初めに王の入信が認められた。こうして俗権と教権の提携が始まった。その際に上位にあったのは教権であった。<span style="color:#ff3300;">中世ヨーロッパ社会は超越的権力である教皇が世俗の権力に君臨するという二重の支配構造</span>を有していたのである。

八〇〇年に神聖ローマ帝国の王冠を戴いたシャルルマーニュが王朝の秩序樹立のさいに範としたのは旧ローマ帝国の秩序でありキリスト教の組織であった。シャルルマーニュは宮廷に知識人としての聖職者を集めラテン語を教育する宮廷学校を創設し、さらに修道院に学校の設置を促す勅令を発している。シャルルマーニュがラテン語の教育に力を入れたのは民衆のキリスト教化に必要な聖職者の部隊を養成するためであったが、今ひとつは文書による行政を復活させるための人材を必要としたからであった。行政の言語にその時代に唯一の書き言葉であったラテン語があてられたのは必然であった。<span style="color:#ff3300;">キリスト教とラテン語はヨーロッパの権力者たちに支配のイデオロギーと手段を与えた</span>のである。

<img alt="%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%AE%E6%88%B4%E5%86%A0.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%AE%E6%88%B4%E5%86%A0.jpg" width="300" height="273" />
シャルルマーニュ（カール大帝）の戴冠（この画像は<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Sacre_de_Charlemagne.jpg">こちら</a>からお借りしました）

シャルルマーニュの死後、帝国は解体に向かうが教会や修道院の附属学校は徐々に数を増やしていった。爾来、ヨーロッパの学校制度は、イタリアに存在していたとされる在俗の学校を除いて、基本的に教会の組織であり、一二世紀に創られていった大学もナポリ大学のような少ない例を除いて教会の息がかかっていた。パリ大学もオックスフォードもボローニャ大学も教権の後ろ盾を求めた。教育は教会の支配下にある教育機関でのみ行われ、そこでラテン語とキリスト教思想を教育された。このように中世において支配宗教および司法と行政のための文書言語としての<span style="color:#ff3300;">ラテン語は少数の知的エリート、主として教会に属するカーストの言語であり、民衆の生活と隔絶</span>した物であった。

ところで一口にヨーロッパと言っても実際には風俗も言語も違う異なる民族の寄せ集めである。これらの地域をヨーロッパと一括りに語ることが出来たのは、社会上層部におけるキリスト教の支配と共通言語であるラテン語の存在ゆえにであった。実際、聖職者たちはヨーロッパのどこに行ってもその地の聖職者や支配エリートとラテン語で意思疎通が出来たのである。ラテン語は正規の文書語、教会と文化の用語、ヨーロッパ統合の要因であった。

以上で言うラテン語はローマ帝国における法律と行政のためのラテン語を指す。強固な行政機構のための書き言葉として利用されたラテン語は帝国の末期まであまり変化することはなかった。それに対して帝国の民衆に使われた話し言葉としての俗ラテン語は帝政末期には古典ラテン語と異なっていたと言われる。<span style="color:#ff3300;">俗語とは俗ラテン語がさらに変化して出来たロマンス語(フランス語など)および土着のフランク族の言葉(ゲルマン語)を指す</span>。こうして何世紀もの間に民衆の話し言葉としての俗語と支配層の書き言葉としてのラテン語の乖離が進行していった。九世紀の初頭にはラテン語は民衆に理解できなくなっていた。圧倒的多数の民衆は文字文化と無縁のところで生活し、支配階級の俗人貴族もラテン語に通じているのはごくわずかで、ラテン語を操る者だけが文明人であった。</blockquote>

<span style="color:#ff3300;">共同体（共認基盤）を喪失したヨーロッパにおける社会統合は、共同体を失ったがゆえに規範共認では集団を統合することが出来ず、法律などの観念で統合するしかなかった</span>。風俗も言語も違う部族の寄せ集めにすぎない欧州が「ヨーロッパ」という一括りの観念が成立したのは、キリスト教とラテン語という共通（支配）観念があったからだが、これも共認基盤を喪失したが故に観念によって統合するしかなかったことの裏返しだった。<span style="color:#ff3300;">教皇権力が王権より強いのも、観念（キリスト教とラテン語）で統合するしかないから</span>。

共認基盤が存在せず、観念統合が全てなので、観念は権力を獲得し保持するための武器（手段）となる。だから、ヨーロッパでは中世キリスト教会でも、近代の科学者たちも、エリートの間だけで観念を隠匿し、大衆には知らしめないことが、支配のための常套手段となってゆく。

例えば、神聖ローマ帝国の王となったシャルルマーニュもが権力を安定的に維持するために教会の権力を必要としたのは、彼が武力だけでのしあがった、言わばやくざの親分に過ぎなかったからであろう。力が強い者が支配者になれるというルールだけではいつまでも殺し合いが続くことになる。本源的な共認が崩壊した<span style="color:#ff3300;">ヨーロッパでは、教会が王として認めることが王権を安定させる唯一の共通観念</span>だったのであろう。

■参考投稿
「<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=260955">８．大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機</a>」
「<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=257534">10/9なんでや劇場１　追求過程では普通の人だったが、弟子や信者ができてプロ化した古代思想家</a>」
<br>
<blockquote><span style="color:#ff3300;"><strong><span style="font-size:130%;">２．ヨーロッパ社会の変化</span></strong></span>

西ローマ帝国の崩壊後、ギリシャの科学と哲学などはその大部分が見失われていた。修道院に古代の学芸が細々と伝えられていたが修道院は点在する孤立空間であり、事実上院内に死蔵されていた。西ローマ帝国の没落から数百年間、ヨーロッパの文字文化はきわめて少数の聖職者と支配者の一部に独占されていた。

変化は一二世紀前後に始まる。この時期ヨーロッパでは産業革命と農業革命が進行し気候にも恵まれて農業生産性が大きく向上する。その結果、余剰生産物の交換経済が始まり、人口の増大と領主的束縛の弛緩も相まって空前の都市文化がおこり、これまで聖職者と騎士と農民からなっていた社会に都市に住む商人や職人という新しい階層が加わることになった。商業は商品を携えて旅する遍歴商業として営まれたが、やがて都市に定住して為替手形で取引する文書主義に移行していった。一三世紀商業革命である。日常の業務でも正確な記帳による商品と会計の管理が不可欠となり見積書や請求書が重視され手紙のやりとりも増大した、こうして一四世紀には数学や法律や地理学を身につけた<span style="color:#ff3300;">物書き商人が登場し、聖職者と宮廷貴族による文字文化の独占を掘り崩していく</span>。

他方で<span style="color:#ff3300;">王権は、国庫を豊かにするため都市の有力商人の支援を仰ぎ、見返りとして都市に特権を与えた。さらに中央集権を強めるために支配機構に都市市民のエリートを登用し新たな知識階層としての官僚層が生み出されていった</span>。統治機構の肥大化に伴い文書依存も高まっていった。一二世紀にはフランスやドイツで公文書にフランス語やドイツ語が用いられるようになる。

書き言葉としての俗語使用は一二世紀の宮廷文学・騎士文学に始まる。これらの世俗的貴族文学としての俗語文学は騎士､小貴族を対象として君主に対する忠誠と戦闘に於ける勇気を表現するものであった。ともあれ、宮廷文学・騎士文学に於ける俗語使用は俗語にそれなりの権威を与えることになった。

中世文学の傑作と言われる薔薇物語が書かれた一三世紀中期には騎士文学の盛期は終わり、それ以降俗語文学は市民の関心を呼ぶものにシフトしていった。俗語による文字文化の拡大という点では、商業目的から読み書き能力を身につけていた商人たちの果たした役割の方が大きい。一四世紀にダンテが『神曲』を、ボッカッチョが『デカメロン』を共にトスカーナ語で著わし広く受け入れられていく基盤は出来ていたのである。

<img alt="%E3%83%87%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%83%B3.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E3%83%87%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%83%B3.jpg" width="250" height="353" />
デカメロン(この画像は<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%83%B3">こちら</a>からお借りしました）

このような背景の中で都市市民の初等教育においても俗語が重視され始め、都市の市民層は教会の目的から離れた学校を求めるようになっていった。長期のせめぎ合いを経て、<span style="color:#ff3300;">学校の管理権は次第に市民に移行し教会の影響から抜け出していった</span>。一四世紀には商人や職人の子弟のために俗語で教育することを目的とし教会から独立して地方行政局が運営する習字学校が出現する。こうして一五世紀末にはヨーロッパ全域で書き言葉としての俗語使用は拡大しそれに伴い都市市民の識字率も上昇していった。</blockquote>

山本義隆氏は、この時代の都市化は農業による余剰生産物が原因だとしているが、それよりも<span style="color:#ff3300;">大きな冨をもたらし都市と市場を生み出したのが十字軍</span>である。十字軍はキリスト教の聖地をイスラム教から奪回する聖戦と言われているが､その実態はヨーロッパ人によるイスラムからの冨の略奪行為だった。

100年以上に亘る十字軍遠征の結果、ヨーロッパでは市場が拡大し商業都市が発達していく。十字軍遠征は金貸したちが法王をそそのかして始めたものだが、<span style="color:#ff3300;">略奪した財が原資となってヨーロッパ市場が拡大したと同時に、略奪集団である騎士団が略奪財を元に新しい金貸し勢力と化す</span>という形でヨーロッパ市場は拡大していった。

■参考投稿
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=257007">9/18なんでや劇場５　自我が全ての中心という西洋人の意識が原点となって近代市場が形成された</a>
<a href="http://www.sayuu.net/blog/2010/01/001507.html">12/29　なんでや劇場レポート②～近代市場は近世欧州社会の特殊事情の中から生まれた～</a>
<a href="http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/tyusei/113-europe13.html">十字軍と都市の発達</a>
<br>
<blockquote><span style="color:#ff3300;"><strong><span style="font-size:130%;">３．学問としてのラテン語</span></strong></span>

しかし、学問と宗教の世界は依然としてラテン語の聖域として残されていた。一二世紀から一三世紀にかけてヨーロッパは多大なエネルギーを費やして古代の学問をアラビア語やギリシャ語から翻訳するが、全てはラテン語への翻訳であり翻訳者の母語に訳されたものは無い。大学教育は全てラテン語で行われていた。ラテン語は汎ヨーロッパ的な学問言語であることによって学問と言語を全ヨーロッパに流通し文化的な単位としてのヨーロッパという観念を成立させていた。

学問世界で言語障壁を無化したラテン語は、民衆との間に高い障壁を設けることになり、民衆を学問世界から排除する有効な手段ともなった。<span style="color:#ff3300;">ラテン語使用は学問や思想を独占するための手段</span>という性格を強めていたのである。

もともと大学と言っても中世では一つのギルドであり、クラフトギルドが工芸技術を伝承したように、大学ギルドでは講義と討論で知識と論証技術を伝承したのである。<span style="color:#ff3300;">大学ギルドでも学問世界の隠語であるラテン語の使用を強制することでスコラ神学やスコラ医学を独占していた</span>のである。ルネサンス期にスコラ学に異を唱えたのは人文主義であったが人文主義は学問世界の排他性を打破することはなかった。多くの人文主義者にとって古典語はむしろ中世の大学以上に重要視されることになった。人文主義者は中世スコラ学者の用いたアラビア語やキリスト教の言葉が混じったラテン語を野蛮と見なし、古代の純粋で典雅なラテン語を理想として対置した。人文主義の運動は古典語の素養と古典文献の知識を不可欠とするものであり社会的にきわめて少数の閉鎖的エリート集団によって担われていたのである。

<img alt="%E3%83%A9%E3%83%86%E3%83%B3%E8%AA%9E%E7%A5%88%E7%A5%B7%E6%9B%B8.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E3%83%A9%E3%83%86%E3%83%B3%E8%AA%9E%E7%A5%88%E7%A5%B7%E6%9B%B8.jpg" width="300" height="444" />
ラテン語祈祷書（この画像は<a href="http://www.mita.lib.keio.ac.jp/archives/rarebook/abstracts/LatinPsalter">こちら</a>からお借りしました）

このようなヨーロッパ知識層の知の秘匿体質は古代にまでさかのぼる。古来ヨーロッパでは神から与えられた真理はみだりに公開してはならないと言う観念が行き渡っていた。ピタゴラスの弟子のリュシスは哲学を公にすることは師が禁じたと伝えている。プラトンは対話篇『パイドロス』で不適当な人に言葉を与えることに対する危惧をソクラテスの口から語らせている。三世紀の教父オリゲネスや、一三世紀のロジャーベーコンによる同様な発言も残されている。自然の秘密が俗衆の目に触れぬよう包み隠すことが知識階級の道徳的責務でさえあった。学問世界におけるラテン語の排他的使用はそのための最も直接的で有効な手段であった。</blockquote>

共認基盤が存在せず、観念統合が全てなので、観念は権力を獲得し保持するための武器（手段）となる。 だから、ヨーロッパでは中世キリスト教会でも、近代の科学者たちも、エリートの間だけで<span style="color:#ff3300;">観念を隠匿し、大衆には知らしめないことが、 支配のための常套手段</span>となってゆく。

観念で大衆を支配するのは、中世キリスト教や近代科学者たちだけの方法ではない。現代の<span style="color:#ff3300;">日本でも統合階級は一般の国民に理解できない難解な観念を駆使することで国民を支配している</span>。例えば、日本は法治国家であり､すべての国民は法によって支配されているが、その法律を熟知している大衆は殆どいない。
　
　何か問題があって法律に目を通しても難解な表現が連続し、理解することはほぼ不可能なように出来ている。そして、大衆は法の内容を熟知し解釈し執行する知識と権限を持っている､統合階級に支配されるしかないように出来ている。

■参考投稿
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=253468">「法律」と「捜査権」と「カネ」と「天下り」の特権を握ることで「官僚支配」が形成されている</a>
<br>
<blockquote><strong><span style="font-size:130%;"><span style="color:#ff3300;">４．カトリック教会とラテン語</span></span></strong>

　一一九九年教皇イノケンティウス三世はメッツ市の信徒が聖書をフランス語に訳し自分自身で解釈し説教しようとしているという司教からの報告に次のように答えている。「信仰の奥義は至る所すべての人に説明すべき物では無い。教会において教師の階級はすぐれたものである。従って無差別に誰もが自分はこの任務を持つと主張してはならない。」

　中央集権化された<span style="color:#ff3300;">カトリック教会では聖書解釈の権限は上級聖職者に独占されていた。そしてその独占はラテン語によって維持されていた。</span>裏返せば教会権力にとって俗語使用はそのこと自体が潜在的異端であり、忌諱に触れることであった。俗語の聖書を読んで教皇庁とイエスの教説に大きな懸隔があることを知り自らの理解を説いて異端として弾圧されたワルド派や、聖書を最初に英訳して異端として弾圧処刑されたウィクリフの一派、聖書をチェコ語に翻訳し教会刷新運動を起こし火刑に処せられたプラハのウス等の例がある。一五世に印刷技術が発達すると、ドイツの司教はギリシャ語ラテン語からドイツ語に翻訳されたあらゆる書物を検閲するとしている。ここでも問題なのは印刷書一般ではなく俗語の書籍であった。

　それとは裏腹に、この時代には人文主義者が異端的な言説をもてあそんでも、それがラテン語で書かれていてその影響がエリート層に限られているかぎりでは、教皇庁は事実上黙認していた。一五一七年にマルティン・ルターは贖宥状を批判する「九五箇条の提題」を発表した。これは宗教改革の発端と言われるがそれは後から見た判断でルターはこれをラテン語で書いた。その段階ではルターは聖職者の内部での教会批判を意図していたと思われる。しかしこれは多大な反響を呼び起こしたので翌一八年にはこれをドイツ語に翻訳・要約して印刷したが、それは瞬く間にドイツ中に広まり、こうして始めて宗教改革は民衆の世界に届くことになった。

　ルターの宗教改革以降、ルターの書いたものを始め改革派のパンフレットが飛ぶように売れたので印刷業は商売としてもペイするようになり、読書人口も拡大していった。このようにプロテスタントは半世紀前に登場した印刷技術を積極的に利用して大衆に訴えかけた。これに対してカトリックは印刷に消極的というよりはむしろ警戒的であった。これは単なる戦術の違いではなく信仰のあり方、聖職者と民衆の関係の理解に於ける基本的な違いに由来する。

　それまでの教会では信仰と教義の基本が聖書にあると明確に定められていなかった。<span style="color:#ff3300;">カトリックではテクストを読むのは聖職者に限られ、大衆は教会上層部の決定や上級聖職者の解釈を聞かされるだけでよい</span>と考えられていた。それに対して<span style="color:#ff3300;">プロテスタントは、福音書を通じて神の言葉に直接接することが信仰の基礎に置かれ聖書の繙読が最も重要と位置づけられた。従って神と信徒の間を仲介する特権的な聖職者や権威主義的な教会を必要としない</span>。とすれば、大衆が読める聖書が必要であり特殊な言語ラテン語は必要としなくなる。

　最初にティンダルが新約聖書を英訳したのは1526年と34年でありそのことは教会の権威者たちを震撼させた。これは、中央集権的で階級的な教会組織がキリスト教誕生当時から存在していたかのように語るカトリックの虚偽を暴き出すことになった。ティンダルは1563年に異端の罪で絞首刑に処せられた。フランスでは仏訳聖書が1528年に出版され、その翻訳者ベルカンは1529年に火刑に処せられた。他方では宗教改革の最中にドイツから持ち込まれる改革派の印刷物もラテン語で書かれている限り大目に見られていた。

16世紀の後半、もはや俗語書籍の普及を押しとどめることが不可能になった段階で教会がとった方法は禁書目録の作成であり、ここでも俗語が問題にされた。1600年に異端として火刑に処せられたブルーノが書いたスコラ学批判の対話篇はいずれもイタリア語で書かれており、ガリレオが宗教裁判に掛けられたのも彼が地動説を唱えた事よりも天文対話をイタリア語で著し自説を誰にも分かるように語ったことが問題視されたと思われる。<span style="color:#ff3300;">カトリック教会はラテン語で書かれている限り新発見を報じる書物でも許可し、反対に学者が誰にでも理解できる国語で自説を広めようとすると告発する場合が多かった</span>。</blockquote>

ルターの宗教改革が広がったのは大衆の支持もあったがそれだけではなかった。<span style="color:#ff3300;">ローマ教皇から破門されたルターを守護したのは、ザクセン選帝侯をはじめとするドイツの有力領主たち</span>であった。都市化の進展と市場の発達により、封建領主たちの権力基盤が、キリスト教から都市の富裕商人とそれを支える金貸しへと大きく転換してきている時代であった。

　ローマ教皇側に立ちルターを捉えるためにルター派のドイツ諸侯と戦った神聖ローマ帝国皇帝のカール5世は、皇帝選挙に出馬する際にローマ教会と関わりの深いフッガー家に資金を借りていた。スペインの王でもあったハプスブルク家カール5世の王位を継いだフェリペ2世は即位するや否や破産を宣言せざるをえなかった（1556年）。ハプスブルク家に金を貸していたフッガー家も没落していく。<span style="color:#ff3300;">十字軍以来のキリスト教会を拠点にした金貸しは没落していった時代</span>であった。

ルターの宗教改革自体は、後のカルバァンのように商業自体を肯定するところまで進んではいないが、聖書を信仰の中心に置くことで、ローマ法王の権力を否定することを可能にしている。ローマ教皇が言うことでも聖書に書いていなければそれは正しくないと反論することが可能になる。<span style="color:#ff3300;">ルターの宗教改革は新興勢力にとって権力の交代を正当化するのに都合がよい</span>思想だった。

カルヴァンは、職業は神から与えられたものであるとし、得られた富の蓄財を認めた。この思想は、当時中小商工業者から多くの支持を得、<span style="color:#ff3300;">資本主義の幕開けを思想の上からも支持するものであった</span>とされる。

<img alt="%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%B3%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%B3%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC.jpg" width="205" height="300" /><img alt="%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3.jpg" width="221" height="300" />
ルターとカルヴァン（この画像は<a href="http://ritsumeikan.blog.shinobi.jp/Entry/76/">こちら</a>と<a href="http://geocities.yahoo.co.jp/gl/mgfchurch/view/20101031/1288540275">こちら</a>からお借りしました）

ちなみに、ルターは商業を肯定はしていないが、ルターの父親は富裕な鉱山業者であり、法律家になる事を期待されてロースクールに通っていたという経歴の持ち主である。また、宗教改革の中で司教の妻帯を認め､自信も41歳の時に26歳の元修道女と結婚し三男三女を設けている。修道者のように神のために結婚しないことをよいものであると認めていたが、その反面、常に肉体的欲望に悩まされるのなら結婚するべきだと思うようになったそうである。都市化による自由な性市場の拡大を認めていたことは間違いないようである。

■参考投稿
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=184112">宗教改革が金貸しの勢力図を激変させた</a>
<br>
<blockquote><span style="color:#ff3300;"><strong><span style="font-size:130%;">５．一六世紀の言語革命・国語の形成</span></strong></span>

一六世紀に俗語で書かれた科学書が登場したことは単に国語が利用されただけではなく、民衆の話し言葉であった国語が、語彙を豊富化し思想や学問の記述に耐えられるまでに鍛え上げられ文法の整備や正字法の確定を通して標準化され国語になるべき言語が鋳造されていったことを意味している。

　俗語を学術的に使用するためにはボキャブラリーを増加させる必要があった。一四世紀末につくられた英訳聖書ではラテン語や外国語から千を越える言葉が借用されている。一六世紀に自ら英語で執筆したエリオットはラテン語やフランス語からの借入語を用いインキ壺用語と揶揄されたが、その多くは現代英語の不可欠な部分をなしている。一六世紀にドイツでルターが聖書を独訳したときにも民衆の言葉を使用するだけでなく言葉を編み出さなければならなかった。パラケルススもラテン語やギリシャ語からいくつも特異な言葉をつくり出している。新生ネーデルランドのシモン・ステヴィンもフランスのデュ･ベレーも同様であった。

<img alt="ABC%E3%81%A8%E8%81%96%E6%9B%B8.gif" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/ABC%E3%81%A8%E8%81%96%E6%9B%B8.gif" width="219" height="300" />
聖書とABC（この画像は<a href="http://www.seijo.ac.jp/pdf/falit/206/206-04.pdf">こちら</a>からお借りしました）

　それだけではなく、当時はイタリア語とかスペイン語と言っても標準化されたものが存在した訳ではなく地域ごとに異なる方言しかなかった。例えばドイツ語ではバイエルン人がザクセン人の言葉を理解できないし、フランスでは住民・地方・都市の数だけ習慣や言語が存在するという証言があり、イタリアは少なくとも14の俗語に分かれしかもその俗語のすべてが各自内部で分化していた。従って一六世紀に俗語が国語として使用されるためにはどの国においても領邦からなる封建国家の諸方言からの淘汰をとおして有力言語が浮上し国家の国語に結晶化されなければならなかった。

　イベリア半島ではカスティリア方言がスペイン語に、フランスではイル・ド・フランス地方の言葉がフランス語に、イタリアではトスカーナ方言がイタリア語に、イングランドではロンドン方言が英語に昇華していった。

　<span style="color:#ff3300;">地域的な話し言葉であった俗語方言のひとつが他の諸方言を上回る有力言語として規範化され、さらには文法的に整備されて標準化されて国語に成長し､それと同時に語彙が豊富化されて込み入った思想表現に耐えられるように鋳直され、やがてラテン語使用が絶対的であった領域にまで使用されるようになる過程は､言語革命とも言うべき根底的な変化である</span>。一六世紀文化革命にはこの言語革命が伴っていたのである。

その言語革命の<span style="color:#ff3300;">背景的要因としてはいくつかのことが考えられる。第一には印刷書籍の出現、第二には宗教改革、そして最後に国民国家の形成</span>がナショナリズムを喚起したことである。</blockquote>

一六世紀言語革命の果たした役割は非常に大きい。近代市場の拡大は十字軍や大航海により略奪した物財が原資になっているが、<span style="color:#ff3300;">市場が恒常的に拡大していくためには、大衆の欲望を過剰刺激することが不可欠</span>であった。そのためには、大衆に誰にも私権獲得の可能性が開かれたと刷り込み、利便性や快美性を煽る必要があった。宗教改革は従来の禁欲的なカトリックから金儲けを肯定するプロテスタントへの転換であり、印刷書はこのプロテスタントの拡大だけではなく、ロミオとジュリエットに代表されるような自由な性市場を蔓延させる手段としても使われた。
　<span style="color:#ff3300;">大衆が理解できる言葉で、プロテスタントの教理が広まり、文芸書と共に自由恋愛の観念が広まることで、市場は着実に拡大していった</span>のである。

■参考投稿
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=260742">２．私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた</a>
<br>
<strong><span style="font-size:130%;"><span style="color:#ff3300;">※まとめ</span></span></strong>

十六世紀ヨーロッパの言語革命は、大衆が使っていた俗語が正式な国語となり、それまで知識を独占していたラテン語に取って代わっていく過程でした。この過程は、ヨーロッパを観念で統合する勢力がカトリック教会から都市の商人を基盤とした金貸しに変わっていく過程でもあります。

<span style="color:#ff3300;">金貸しは､市場を拡大するため、禁欲的なカトリックに変わる観念であるプロテスタントや恋愛を美化した文学を大衆にばらまき大衆を洗脳していったのです。金貸しが共認闘争でカトリックに勝利したことを象徴しているのが１６世紀ヨーロッパの言語革命</span>だと言えるでしょう。

次回は、金貸し勢力がどのようにしてカトリック教会との共認闘争に勝利したのか､その過程を見ていきます。]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>12/29　なんでや劇場レポート(2)～学校やマスコミによって刷り込まれた｢絶対に正しい｣という旧観念が理論追求忌避の元凶～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.sayuu.net/blog/2012/02/002207.html" />
   <id>tag:www.sayuu.net,2012:/blog//1.2207</id>
   
   <published>2012-02-08T09:26:15Z</published>
   <updated>2012-02-08T10:06:26Z</updated>
   
   <summary>前回の『12/29なんでや劇場(1)～私権時代の観念追求は、大衆を観念統合するためのものだった』では･･･ ・原始人類～部族間の同類闘争の時代まで、本能･共認機能で外圧をとらえ、それを言葉化して共有するために観念は使われていたこと(観念を使って追求していたわけではない) ・観念追求の歴史は、私権時代に入ってからで、3,000～4,000年程度しかなく、専ら、大衆を統合(支配)する道具として観念が追求されてきたこと が明らかにしました。 現代は100％そのような状態になっていますが、その中でも、10年ほど前から、“もったいない”“節約志向”“社会の役にたちたい”“食欲”など、新理論の土台となるような、潜在思念が生み出す瑞々しい言葉が登場し始めました。 このように、可能性が出始めているにも関わらず、誰もその先の、新理論の追求に向かわないのはなぜなのでしょうか？       ...</summary>
   <author>
      <name>hikaru</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sayuu.net/blog/">
      <![CDATA[前回の『<a href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002202.html">12/29なんでや劇場(1)～私権時代の観念追求は、大衆を観念統合するためのものだった</a>』では･･･

・原始人類～部族間の同類闘争の時代まで、本能･共認機能で外圧をとらえ、それを言葉化して共有するために観念は使われていたこと(観念を使って追求していたわけではない)

・観念追求の歴史は、私権時代に入ってからで、3,000～4,000年程度しかなく、専ら、大衆を統合(支配)する道具として観念が追求されてきたこと
が明らかにしました。

現代は100％そのような状態になっていますが、その中でも、10年ほど前から、“もったいない”“節約志向”“社会の役にたちたい”“食欲”など、<strong><span style="color:#ff3300;">新理論の土台となるような、潜在思念が生み出す瑞々しい言葉が登場</span></strong>し始めました。
このように、可能性が出始めているにも関わらず、<span style="font-size:130%;"><strong><span style="color:#6666ff;"><span style="background:#C8FFFF">誰もその先の、新理論の追求に向かわないのはなぜなのでしょうか？</span></span></strong></span>

<img alt="%E8%A6%B3%E5%BF%B5%E5%BF%8C%E9%81%BF.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E8%A6%B3%E5%BF%B5%E5%BF%8C%E9%81%BF.jpg" width="427" height="137" />


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]]>
      <![CDATA[<blockquote><a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=260372">12/29なんでや劇場２　学校やマスコミによって刷り込まれた「絶対に正しい」という旧観念が理論追求忌避の元凶</a>●人類はいよいよ、同類観念という本格的な観念統合の時代に入った。
にもかかわらず、人々は何故、観念(理論)追求しようとしないのか？

まず、観念のプロたちは、旧観念で飯を食っているので、それを捨てることができない構造にある。
しかし、プロたちと云えども潜在思念は私権収束⇒共認収束という状況の変化を受けて動いているはずである。この潜在思念と固定観念(旧観念)の関係はどうなっているのか？

観念は意識の統合者の位置にある。一個一個の観念が意識の羅針盤or物差しである。だからこそ、意識に対する観念の支配力は絶大となるのだが、とりわけ文字化されると観念の固定度は一段と高くなり、動かなくなる。
学校の教科書はその典型で、100年経っても中身が変わっていない。潜在思念は刻々と変わっているのに、これは異常な事態である。

情報過剰とは、単に100倍という量の過剰ではなく、旧観念発の情報の過剰であり、旧観念支配の徹底のことである。従って、情報中毒とは、単なる量による麻痺ではなく、潜在思念と旧観念の乖離・混濁による統合力・追求力の衰弱である。

旧観念(ex.恋愛・民主)は「絶対に正しい」という形で存在している。
観念追求すれば、絶対正しいとしていた観念が崩壊する。観念の支配力は絶対なので、それは存在の崩壊に等しい。これこそが理論追求しない原因である。

「絶対に正しい」と正当化しているのは自我であることは言うまでもない。
釈迦は我を封鎖して宇宙の真理を探求したが、その真理に対しても絶対正しいとは考えていなかった。他にも真理は様々に存在しているはずであり、釈迦自身がそう考えていたからこそ、仏教に見られる融通無碍な宇宙認識となったのである。
それに対して、自我の塊である西洋人がつくった近代思想では、あらゆる観念群は絶対正しいとされており、現在の人類が支配されているのは、この絶対化した観念群なのである。だからこそ、それ以外の観念を受け付けようとしないので、理論追求に対しても拒絶反応を示すのである。
そして、その「絶対正しい」とされた観念群によって、人類は滅亡寸前の瀬戸際に追い込まれている。</blockquote>

<img alt="%E6%83%85%E5%A0%B1%E9%81%8E%E5%A4%9A.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E6%83%85%E5%A0%B1%E9%81%8E%E5%A4%9A.jpg" width="438" height="157" />


情報過剰によって情報中毒状態が起きます。これにより、<span style="color:#ff3300;">人々は、潜在思念がとらえた新しい可能性を言葉化していく活力が奪われている</span>のです。
これが、新理論が生まれない理由の1つです。


もう1つの理由に、本来それを生み出す可能性のあった人たち(学者や官僚、マスコミ)の問題もあります。

<blockquote>●何故、新理論が登場しないのか？　もう一つ、直接的な原因がある。

新理論をつくる素養のある人間のうち99.9％は、プロ、すなわち学者・官僚・マスコミ人となっており、彼らは新理論を生み出す資格はない。

では、何故、彼らはプロになったのか？
プロになったらお終いということはなる前からわかりきっている話であって、本物の追求者であれば、プロにならずに追求しているはず。

それは彼らがプロになる前に、<strong><span style="color:#ff3300;">本当に追求すべき課題（＝同類の期待）を掴み切れなかったから</span></strong>である。釈迦や孔子がそうであったように、追求すべき課題を強く持っていれば立身出世の道からドロップアウトしてでも本来の追求を続けるはずである。逆に言うと、プロになった者たちは追求の道に入るだけの課題意識がなかったということに他ならない。

では、何故、素養ある人間の99.9％がプロになってしまうのか？
それは小中高大と学校で旧観念を教育され、一旦それが定着してしまえば、そこから抜け出せなくなって本当に追求すべき課題意識が消えてゆくからである。しかも、大人になれば学者・官僚・マスコミが観念支配しているから尚更である。

<strong><span style="color:#ff3300;">学校とマスコミを通じて徹底して旧観念支配されていることが、新理論が生れてこない直接の原因</span></strong>である。そうして刷り込まれた観念群が絶対正しいものと思い込まされているから観念を忌避する。この構造は大半の経営者も嵌っている。</blockquote>


統合階級による観念支配は、学校教育やマスコミを通して、子供の頃から徹底されています。私達が普段、何気なしに受け入れていることも、全ては観念支配に繋がっているのです。

<strong><span style="color:#6666ff;">例1)朝日新聞の記事である、『天声人語』が大学入試に多用されている</span></strong>　　
　　→朝日新聞は金貸しの息のかかった新聞。その内容も、金貸しの意向に支配されている。
　　　朝日新聞の記事がいかにも有用であることをイメージ付け、人々に疑念の余地を持たせな
　　　いようにしている。

<strong><span style="color:#6666ff;">例2)オバマ氏の就任演説やノーベル賞受賞に関する知識を問う問題が入試に出されている</span></strong>　　
　　→その中身を考えさせる問題は出さないことによって、初めから、“いいもの”“正しいもの”と
　　　固定化させられている。

<img alt="%E5%85%A5%E8%A9%A6.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E5%85%A5%E8%A9%A6.jpg" width="472" height="222" />


そこを突破する力となるのが、<strong><span style="color:#ff3300;">潜在思念が新しい潮流の中から本質を掴んで作り上げた新しい観念(“もったいない”“節約志向”“社会の役にたちたい”“食欲”など)</span></strong>です。
これ自体が、新しい可能性に向かうための土台となる観念です。そして、これらの観念が知識人からではなく、若者たちの中から生まれてきている点も注目すべき点です。

次回は、この可能性をさらに深めてみたいと思います。]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>尊皇攘夷や右翼思想は、敗者の思想ではないか？</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.sayuu.net/blog/2012/02/002205.html" />
   <id>tag:www.sayuu.net,2012:/blog//1.2205</id>
   
   <published>2012-02-07T13:25:04Z</published>
   <updated>2012-02-07T14:37:08Z</updated>
   
   <summary>近代日本史を民の生活派ＶＳ金貸し派という支配者の対立構造から捉え直していきます。 その前に、まずは江戸時代の支配階級の思想はどんなものだったのか？を検討していきます。 そこで今日は、『時代を見通す力（副島隆彦氏著）の第一章：｢義｣の思想を日本が受容した』を参考にして、追求していきます！ いつも応援ありがとうございます。        ...</summary>
   <author>
      <name>よっし～</name>
      
   </author>
         <category term="04.日本の政治構造" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sayuu.net/blog/">
      <![CDATA[近代日本史を民の<strong>生活派ＶＳ金貸し派</strong>という支配者の対立構造から捉え直していきます。
その前に、まずは江戸時代の支配階級の思想はどんなものだったのか？を検討していきます。

そこで今日は、<strong>『時代を見通す力（副島隆彦氏著）の第一章：｢義｣の思想を日本が受容した』</strong>を参考にして、追求していきます！

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      <![CDATA[<blockquote>
<strong>①モンゴルに滅ぼされた南宋の官僚文天祥の｢正気の歌｣が、日本の支配階級に影響を与えた</strong>

<img alt="%E6%96%87%E5%A4%A9%E7%A5%A5.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E6%96%87%E5%A4%A9%E7%A5%A5.jpg" width="150" height="286" />

（画像:http://time-az.com/main/detail/139）

・<span style="color:#CC6600;">文天祥</span>の<strong>「正気の歌」</strong>が700年間日本の支配階級に与えた影響は非常に大きく、日本人の精神史を考える上でとても重要です。（時代と国を超えて、日本の幕末と昭和史を突き動かしました。）
・文天祥（1236－1282）は中国の大官僚で、中国南宋（1127－1279）時代（宋の王朝が北方の遊牧民である遼（契丹）、金それからモンゴルの進出で追われて南へ亡命して出来た王朝）の首相クラスの人物です。
・この文天祥がつかまって処刑される直前のおそらく1281年に作った有名な詩を「正気の歌」といいます。この漢詩が後世、きわめて重要な意味を持ちました。

<strong>「正気の歌」</strong>

天地に正気有り
雑然として流形を賦す
下っては則ち可獄と為り
上っては則ち日星と為る
人に於いては浩然と日う
沛乎（はいこ）として蒼冥（そうめい）にみつ
皇路清夷に当たれば
和を含んで明廷に吐く
時窮まれば節即ち見われ
一つ一つ丹青に垂る

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
天地には正しい気がある
それは雑然としていて　様々な形を与える
例えば地に下れば大河や山となって
天に上れば太陽や星となる
人に作用すればそれは「浩然」と呼ばれ
みるみるうちに広がって大空、宇宙に広がって行く
政治の大道が清く正しい時に当たっては
それは穏やかな姿で朝廷にあらわれ
時が行き詰まれば節目となって世にあらわれる
それは一つ一つ　歴史に残されることになる
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
</blockquote>

<blockquote>
<strong>②文天祥の思想が「尊皇攘夷」や「右翼思想」の源流</strong>

・日本の支配階級は、この「正気の歌」を死ぬほど愛していました。
・「正気の歌」は、室町時代（足利時代）の「五山」の秀才の僧侶（高僧）たちが、日本語にこの漢詩をなんとか解読して移植されて「儒学」となり、武士達のインテリの間に広まりました。そして幕末が近づくと水戸学の藤田東湖たちが朝から晩までずっとこの「正気の歌」を読みました。
・1660年代ぐらいに文天祥の思想は、日本で最も偉大な東洋思想として山崎闇斎が創った崎門学により大ブレイクしました。そこから浅見絅斎、栗山潜峰らの後の日本の右翼思想の源流といいますか、愛国主義、民主主義が生まれました。浅見絅斎が書いたのが「靖
献遺言」です。その中で文天祥のこの「正気の歌」が激しく礼賛され、当時の優れた武士たちに強い影響を与えました。
・その後に、「中国夷狄論（日本こそは中朝なり。中国が世界の中心ではない。日本が中心だ）」と「南朝正統論」を浅見絅斎らが切々と説いて、強烈に唱えた。陽明学（王陽明の実践思想）の山鹿素行もこの「中国夷狄論」であり、水戸学も含めた尊皇攘夷の思想の中心になっています。そして、幕末の橋本佐内から西郷隆盛も、そして吉田松陰もみんなこの思想であり、2・26事件の青年将校たちも昭和の軍人たちも同様だったのです。

<img alt="%E8%A5%BF%E9%83%B7%E9%9A%86%E7%9B%9B.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E8%A5%BF%E9%83%B7%E9%9A%86%E7%9B%9B.jpg" width="137" height="160" />
(西郷隆盛　画像:http://www.kirei-ni.com/portrait/shouzouga/gallery-12.html）

<img alt="%E5%90%89%E7%94%B0%E6%9D%BE%E9%99%B0.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E5%90%89%E7%94%B0%E6%9D%BE%E9%99%B0.jpg" width="137" height="136" />
(吉田松陰　画像:http://blogs.yahoo.co.jp/yoshimizushrine/60194978.html）

<strong>☆しかし、自分達が学んだ儒教（正統の中国の官僚思想）は、中国の学問であるから日本の知識人たちは、どうしても中国に劣等感が抜けません。
☆一方中国では、思想の大義に従って生きて、そのためにつかまって牢屋に閉じ込められ、そして最後は首を切られて死ぬ。それが自分の名前が後世につながり良いことなのだともされていました。</strong>
</blockquote>

<blockquote>
<strong>③中国からの借り物思想を元に出来た中国夷狄論→尊皇攘夷論</strong>

・日本の支配階級の一番上の頭のいい学者、知識人たちは、700年間に亘ってこの文天祥を学んでいました。
・南北朝（室町時代の前半）の武将で文人の北畠親房の『神皇正統記』が原型ではないか？という人もいるかものしれませんが、これも少し前の文天祥らの行動の影響が強くあり、もともとは中国伝来であることに他ならないのです。
・日本では、お坊様達が平安時代、室町時代から、儒教の経典の解読をずっとやっていました。
・幕末の日本で爆発的に読まれた本が、平田篤胤の『出定笑語』と頼山陽の『日本外史』と会沢正志斎の『時務策』であり、この3人が幕末のベストセラー言論人であったようです。これらの大人気を博した日本知識人の思想の原型（範型）はまさしく文天祥なのであります。
・そして私たち日本人の思想の正当性の根拠が、中国の儒学者達からもらってきた思想であり、この複雑な心理と悲しみのところに、日本の知識階級のねじれ・哀しみがあるのです。ですからこの考えがねじくれて、「日本こそ世界の中心の国であって、即ち中朝である」という考えが生まれます。それが浅見絅斎が言い出した「中国夷狄論」です。中国こそは夷狄（北方の蛮族）である。日本の方が正当の国である、という考えです。
</blockquote>

<blockquote>
<strong>④中国人の根底にあるのは儒教（孔子）ではなく、道教（関羽）</strong>

・朱子学というのは、儒教の一種ではあっても「易姓革命論」と「大義名分論」と「湯武放伐論」を強調しています。易姓革命論とは、中原の覇者である権力者が入れ替わり、その人が新しい皇帝になったとき、王朝の名である姓（姓氏）がかわり、天命が新しい権力者に降りたことから、天命が革まったということだ、とする思想です。
・この「易姓革命論」を日本の徳川氏（江戸幕府）は非常に重視しました。そしてこの中国伝来の思想を日本語においても正統の政治思想としました。ここで孔子あるいは朱子の思想と対立するのが道教（タオイズム）の思想です。儒教と対立するもうひとつの大きな流れが道教（占い、まじない）の寺院を大変大切にしています。
・それに対して、中国民衆は孔子（儒教）の思想が大嫌いです。君子というのは官僚たちのことだと知っているからです。民衆達は、どこの国の官僚たちにも共通することとして、
本心では自分達官僚（の利益）のことしか考えないということを知っているからです。
<strong>☆結果として、儒教は官僚の間で広まり、道教は民衆の間で広まりました。</strong>
・また日本でも同様ですが、民衆は道教の寺院（道観）にお参りに行きます。浅草の浅草寺に人気が集まるのもその理由です。
</blockquote>

<strong>〈注目ポイント〉
※日本の支配階級は属国根性が抜けきれず、自らの正当化思想さえ<span style="color:#CC6600;">中国からの借り物</span>です。
従ってそこから派生した「日本が世界の中心」という尊王攘夷・右翼思想は、最初から矛盾を孕んでいました。

※文天祥の思想はモンゴルに滅ぼされた南宋の思想、つまり追い詰められた敗者の思想です。朱子学も宋代につくられた思想であり、<span style="color:#CC6600;">敗者の思想→観念論</span>である疑いが濃厚です。それが尊皇攘夷・右翼思想の源流というのが事実だとしたら、尊皇攘夷も右翼思想も敗者の思想であるということになります。もともと日本の支配階級の出自は、中国への属国根性が染み付いた朝鮮の中でもさらに敗者の集まりだからこそ、これら敗者の思想が700年もの間受け入れられたのではないでしょうか？

※戦国時代直後の江戸時代初期は、庶民も武士も期待は<span style="color:#CC6600;">秩序安定期待</span>でした。それに応える形で徳川幕府が身分序列を正当化するための朱子学を広めました。こうして天下泰平が100年も続き戦乱がなくなると秩序が安定します。戦国時代には浪人たちも戦功を上げることで取り立てられる可能性がありましたが、秩序が安定するとその可能性がなくなり、固定の身分序列の中で浪人たちは窮してゆきます。浪人たちの不満の矛先は徳川体制に向かいます。実際、徳川体制に不満を持つ浪人たちが幕府に対する反乱「由井正雪の乱」を起こしました。　
<span style="color:#CC6600;">「中国夷狄論」</span>につながる思想を広めた山崎闇斎も山鹿素行も、もともとこの浪人という身分であり徳川幕府に対する不満や批判は相当根深いものがあります。そして幕府を批判し天皇を第一とする後の<span style="color:#CC6600;">「尊皇思想」</span>につながる思想を唱えました。
<strong>この徳川体制に不満を持つ浪人たちも、安定秩序からのはみ出し者であり、秩序安定期待から外れた敗者ということができます。
「尊皇」から進んで、孔子の思想である万世一系を実現しているのは日本であって、それ以外の国は夷狄であるという攘夷思想が生まれます。中国をも夷狄と看做したのが「中国夷狄論」です。戦乱による権力争いを繰り返す中国よりも万世一系を実現している日本のほうが優れているとする思想が「中国夷狄論」です。</strong>

<blockquote>
<strong>⑤神・仏・儒を全否定した、町人の思想家富永仲基</strong>

・江戸時代の中期の1730年代に、<span style="color:#CC6600;">富永仲基</span>という思想家がいました。この人は、豪商がお金を出して建てた大阪の懐徳堂（今の大阪大学の前身）で学んだ人です。
・この富永仲基という人が書いた『出定後語』（1745年、後語）という本が大変素晴らしいと語り継がれています。
・富永仲基と同時代の人物に、石門心学を生み出した石田梅岩という人がいます。この人は、日本で初めて教育を学習塾で始めた人です。
・それに対して、江戸では塙保己一（1746～1821）という全盲の人がいました。彼は、総検校という針灸師、音曲師としての職のいちばん上にまでのぼって将軍様にもお目見えしたほどの人で、麹町に私設の学習塾をつくり人を集めました。この頃から寺子屋という考え方が生まれてきました。
・富永は、「神道はおかしい、仏教もおかしい、儒教もおかしい,三つとも全ておかしい」と書いた。富永はそれに対して、日本には<span style="color:#CC6600;">「誠の道」</span>というのがあって、人間は正しく商売をやって、まっとうに利益出して堅実に暮らしていくべきだ、それが正しい思想だということを書いた立派な人です。
・富永仲基は神、仏、儒の全てを批判しています。『仏教はインド人という肌の黒い人たちの思想だ。儒教は中国人の思想だ。それらの外来思想を日本人である我々が過度に有り難がるのはおかしいではないか？』とも書いた人です。加えて神道もおかしい（本当は神道ではないか？）とまで言っている人です。
</blockquote>

<strong>〈注目ポイント〉
※天下泰平が100年も続き、期待の中身が豊かさ期待に変わっていきました。そこで士農工商の最低身分である商人の中から、身分秩序を正当化する朱子学批判が強まり、町民独自の思想が登場します。こうして旧観念を全否定する思想を生み出したのが富永仲基です。町民からこのような思想が登場したことは注目すべき事実であり、可能性ではないでしょうか？</strong>

そこで、しばらくは<strong>『江戸時代の思想史』</strong>を追求していきます!！
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   <title>共同体社会の実現に向けてー１９　～実現論序５．破局後の経済は？その時、秩序は維持できるのか？（その４）～</title>
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   <published>2012-02-03T04:32:46Z</published>
   <updated>2012-02-03T04:20:05Z</updated>
   
   <summary> みなさんこんにちは。寒波が続いていますが、体調のほうはいかがですか？　まだまだ続く各地の地震や近い将来の大地震予測、放射能拡散、ウイルス・・・さらには金融不安など、外圧の厳しさが直撃し、その勢いが止まらない感じですね。この記事が、このような多様な外圧を乗り越える一助になるよう仲間と一緒に頑張っていますので、応援よろしくお願いします。 さて、ここ３回の記事では、破局前夜ともいえる現在の経済状況と破局に至る過程を予測し、その背後にある金貸しの思惑を探ってきました。 まず『目前まで迫ってきた国債暴落』（リンク）では、3.11大震災、原発事故を経て今、国債暴落が迫ってきている危機的状況を押さえ、その背後にある、日本国債も含めた世界中の国債を暴落させたうえで全世界一斉に新紙幣に切り替えようとする金貸し勢の企てを探り、 次に『国債暴落→リセット後の世界経済』（リンク）では、米国債デフォルトを引き金にした超インフレ→新紙幣発行に至る過程を予測しました。金貸したちは、18世紀初頭前後の貧困を再現し、私権欠乏を原動力にした市場社会の再構築を狙っているのではないか！という仮説でしたね。 そして前回『金貸し勢の甘い読み』（リンク）では、金貸しにとっての「打ち出の小槌」である中央銀行制度を手放さないまま、ギリギリのところで秩序崩壊は逃れるだろうと読んでいる、彼らの甘さを切開しました。 続いて今回は『秩序崩壊し、壊滅してゆく個人主義国家』と題して、米中をはじめとした個人主義国家は崩壊不可避であること、そしてその崩壊過程を大胆に予測していきます！ ...</summary>
   <author>
      <name>daian</name>
      
   </author>
         <category term="06.経済破局の行方" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<center><OBJECT classid="clsid:d27cdb6e-ae6d-11cf-96b8-444553540000"
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<br>
みなさんこんにちは。寒波が続いていますが、体調のほうはいかがですか？　まだまだ続く各地の地震や近い将来の大地震予測、放射能拡散、ウイルス・・・さらには金融不安など、外圧の厳しさが直撃し、その勢いが止まらない感じですね。この記事が、このような多様な外圧を乗り越える一助になるよう仲間と一緒に頑張っていますので、応援よろしくお願いします。<br>
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<br>
さて、ここ３回の記事では、破局前夜ともいえる現在の経済状況と破局に至る過程を予測し、その背後にある金貸しの思惑を探ってきました。<br>
<br>
まず<strong>『目前まで迫ってきた国債暴落』</strong>（<a href=" http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002193.html ">リンク</a>）では、3.11大震災、原発事故を経て今、国債暴落が迫ってきている危機的状況を押さえ、その背後にある、日本国債も含めた世界中の国債を暴落させたうえで全世界一斉に新紙幣に切り替えようとする<span style="color:#ff3300;">金貸し勢の企て</span>を探り、<br>
<br>
次に<strong>『国債暴落</strong>→<strong>リセット後の世界経済』</strong>（<a href=" http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002194.html ">リンク</a>）では、米国債デフォルトを引き金にした超インフレ→新紙幣発行に至る過程を予測しました。金貸したちは、18世紀初頭前後の<span style="color:#ff3300;">貧困を再現し、私権欠乏を原動力にした市場社会の再構築</span>を狙っているのではないか！という仮説でしたね。<br>
<br>
そして前回<strong>『金貸し勢の甘い読み』</strong>（<a href=" http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002203.html#more ">リンク</a>）では、金貸しにとっての「打ち出の小槌」である<span style="color:#ff3300;">中央銀行制度を手放さない</span>まま、ギリギリのところで秩序崩壊は逃れるだろうと読んでいる、彼らの<span style="color:#ff3300;">甘さを切開</span>しました。<br>
<br>
続いて今回は<strong>『秩序崩壊し、壊滅してゆく個人主義国家』</strong>と題して、<span style="color:#ff3300;">米中をはじめとした個人主義国家は崩壊不可避</span>であること、そしてその<span style="color:#ff3300;">崩壊過程</span>を大胆に予測していきます！
]]>
      <![CDATA[<blockquote><strong>【秩序崩壊し、壊滅してゆく個人主義国家】<br>
旧国債も旧紙幣も紙クズとなったリセット以降、食糧価格が２倍～5倍に高騰しているなかで、果たして秩序は維持できるのだろうか？<br>
それは、新紙幣と食糧配給制という新秩序が信認されるかどうかにかかっているが、それは各国の国民性or民族性による。<br>
<br>
日本をはじめ、東南アジアや南米やアフリカ、あるいは欧州やロシアの一部etc、共同体質が比較的残存している国々or民族は、政府の食糧供出令と配給制に従うだろう。従って、秩序が維持される可能性が高い。<br>
<br>
しかし、米・中をはじめ、欧州やロシアの過半etc、骨の髄まで個人主義に染まり共同体質がほとんど残存していない国々or民族の場合、農家の過半が供出に応じず、流通業者の大半が買占めに走る可能性が高い。従って、食糧不足による大暴動は必至となる。</strong> </blockquote> 　 
<br>
危機的状況に陥ったとき、秩序が保たれるのか、崩壊するのか？・・・それは<span style="color:#ff3300;"> <strong>「共同体質が残存しているか、崩壊してしまっているか？」</strong></span>がキーポイントになります。<br>
始源人類その全ては皆、共認＝共同体意識に依拠することで生き延びてきたのですが、しかし現在、共同体質を失った民族と残存している民族に分かれたのは何故でしょうか？・・・時代を遡ってその特徴を見ていきましょう。<br>
<br>
<strong>■ヨーロッパ</strong><br>
ヨーロッパではほとんどが<span style="color:#ff3300;">個人主義</span>に染まってしまっており、<span style="color:#ff3300;">共同体質崩壊組の代表格</span>と言えるでしょう。その特徴は。。。<br>
<center><img alt="%E6%AC%A7%E5%B7%9E%E3%81%AE%E6%9E%B6%E7%A9%BA%E8%A6%B3%E5%BF%B5%E6%96%87%E5%8C%96.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E6%AC%A7%E5%B7%9E%E3%81%AE%E6%9E%B6%E7%A9%BA%E8%A6%B3%E5%BF%B5%E6%96%87%E5%8C%96.jpg" width="500"></center>
・気温が低く<span style="color:#ff3300;">土壌が貧弱</span>で農業生産力に乏しい。<br>
・食糧資源等の争奪を歴史的に繰り返し、皆殺しも頻発。生き残ったとしても奴隷となる。<br>
支配者層と被支配者層からなる明確な序列社会が形成された。<br>
→共同体はとことん破壊される。<br>
→救われない民衆はキリスト教に救いを求める。<span style="color:#ff3300;">現実での充足ではなく</span>「神との契約」という<span style="color:#ff3300;">架空観念</span>により<span style="color:#ff3300;">代償充足</span>を得るしかなかった。<br>
・<span style="color:#ff3300;">支配者層は、私益獲得、民衆支配を正当化するため、自由・平等などの支配観念を捏造。</span><br>
・絶対王政の打倒等、絶対的な支配層の力が衰弱した後、民衆は私権獲得の可能性が開かれ、私権闘争に明け暮れる。<br>
（註：王や貴族に代わり、金貸しが市場の背後で支配しているという構造は、王政時の序列支配体制とその構造は変わっていない）<br>
→自由・平等・個人などの現実とはかけ離れた<span style="color:#ff3300;">架空観念で私権闘争を正当化</span>し、<span style="color:#ff3300;">骨の随まで個人主義に染まる</span>事になる。<br>
<br>
<strong>■日本、東南アジア</strong>など<br>
ヨーロッパとは違い、気候は温暖で水資源も豊富、食糧生産力が高く豊かだという特徴あり。これらの地域では、共同体質がかなり残されています。その特徴は。。。<br>
<center><img alt="%E4%BA%9C%E7%B4%B0%E4%BA%9C%E3%81%AE%E5%85%B1%E5%90%8C%E4%BD%93%E7%9A%84%E6%96%87%E5%8C%96.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E4%BA%9C%E7%B4%B0%E4%BA%9C%E3%81%AE%E5%85%B1%E5%90%8C%E4%BD%93%E7%9A%84%E6%96%87%E5%8C%96.jpg" width="500"></center>
・食糧が豊かなため、争いが少ない。起こったとしても<span style="color:#ff3300;">皆殺しは少なく、服属</span>の関係を結ぶ。<br>
・支配・服属という形で、勝者も敗者もその<span style="color:#ff3300;">氏族集団は残存</span>し、その共同体質が受け継がれる基盤が残り続けた。<br>
→<span style="color:#ff3300;">架空観念は必要なく、共同体の中での共認充足や現実課題に取り組む中での充足</span>に満たされているため、<span style="color:#ff3300;">共同体質は残存</span>する。<br>
→ヨーロッパから近代思想が入ってきても、心のどこかに違和感を感じる。また、<span style="color:#ff3300;">民族の規範やつながり</span>も強く残っているため、個人中心の近代思想には染まりにくい土壌があった。<br>
<br>
<strong>■イスラム</strong><br>
砂漠地帯が多く、豊かとは言えませんが、ここも共同体質が残っている地域です。その特徴は。。。<br>
<center><img alt="%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99%E6%96%87%E5%8C%96.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99%E6%96%87%E5%8C%96.jpg" width="500"></center>
・砂漠なので、そもそも<span style="color:#ff3300;">生存圧力が高い。生きていくための現実の圧力が高く、必然的にお互いの協力</span>が必要となる。<br>
・イスラム教を信仰。架空観念ではなく、<span style="color:#ff3300;">日常的な規範</span>をひたすら守る教え。<br>
・他地域との交易により繁栄する（ex.シルクロード）。市場社会では私益追求に収束しがちだが、イスラム教の<span style="color:#ff3300;">生活規範がそれを抑制。</span><br>
→結果として共同体質が残存。<br>
<br>
<strong>■中国</strong><br>
大国です。多くの地方は農村で、共同体質も残っていそうです。一方で都市では市場が発達し、また暴動も頻発し、共同体質は崩壊しているようです。その特徴は。。。<br>
<center><img alt="%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%AE%E6%96%87%E5%8C%96.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%AE%E6%96%87%E5%8C%96.jpg" width="500" ></center>
・土地は豊か。食糧も豊かだが、周辺の遊牧民族の侵略に常に脅かされる。<br>
・遊牧系騎馬民族が国家を形成、支配。国家が広大なため、<span style="color:#ff3300;">法治主義と官僚制度による統治。</span>ただし民衆への支配強制力は弱く、氏族集団が残存。<br>
・遊牧民族の侵入や、統一王朝の弱体化による国家の分裂で<span style="color:#ff3300;">戦乱が頻発</span>するなど、民衆は安定した生活ができないため、集団単位で移民を繰り返す。<span style="color:#ff3300;">集団内の結束は強いが、周りに対しては問答無用。</span><br>
・結果として「支配層」「移民層」「共同体層」の3層構造となるが、現代の中国で中心的な位置にいる都市住民層は「支配層」「移民層」がほとんどのため、<span style="color:#ff3300;">共同体質は薄い。</span><br>
<br>
<blockquote><strong>とりわけアメリカは、禁酒法の下で密造業者＝マフィアが繁殖したような国である。従って、闇市場が蔓延り、食糧不足に陥った人々が暴動→略奪に走るのは必至であるが、その暴動→略奪の規模は、金貸し勢(とりわけディビット・ロックフェラー)が準備しているようなFEMA程度で鎮圧できるものではなく、軍の出動が不可避となる。<br>
<br>
しかし軍は、同胞を銃撃するような教育は受けていないので、射殺命令は貫徹されず、なかには大衆側に寝返る部隊も出てくる。
他方、暴動・略奪集団も当然武装し、鉄道や送電線etc、もっとも弱い環を破壊してゆく。そうなると、軍の力をもってしても制圧できなくなり、逆に食糧不足に陥った軍が崩壊し、各部隊そのものが略奪集団化してゆく。<br>
<br>
かくして、至る所で殺し合いが発生し、アメリカは数百万→数万→数百の略奪集団が割拠する無法地帯と化し、リセットから三年後には人口は
1／5に激減しているだろう。</strong></blockquote>
<br>
禁酒法を堂々と破って闇酒を売りさばき、私腹を肥やそうという輩がまかり通る国＝アメリカ。このような国が秩序を維持できるのでしょうか？・・・アメリカの混乱を、さらに詳しく予測してみましょう。<br>
<br>
<strong>■「自由の国」アメリカの崩壊過程</strong><br>
<br>
リセットによる暴動→略奪を予測しているロックフェラーは、<span style="color:#ff3300;">FEMA</span>（<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=213393
">リンク</a>）によって、アメリカの秩序を維持しようとしているようです。<br>
確かに、有事においては、エネルギー・食料・運輸・労働力など、ほとんどの権限を委譲できることになっていますが、平時ならともかく、未曾有の混乱時にこうした権限が機能するとは到底思えません。現在すでに極度の貧困状態にあるアメリカ国民ですから、<span style="color:#ff3300;">リセットによる食料暴騰には我慢できず、たやすく暴徒化し、政府＝FEMAの言う事など聞かなくなるのは自明</span>です。<br>
<br>
ですから、やはり<span style="color:#ff3300;">米軍の出動</span>が必要となるでしょう。<br>
しかし、米軍といっても、アメリカ国民のために任務を遂行する部隊という体裁ではすでになく、ハリバートン（<a href="a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=213732">リンク</a>）や、ブラックウォーターUSA（<a href="http://www.asyura2.com/07/war91/msg/856.html">リンク</a>）に代表されるような、<span style="color:#ff3300;">戦争を食い物</span>にする企業にすり替わっています。<br>
前線に立つのはカネで雇われた<span style="color:#ff3300;">傭兵</span>なので、彼らのなかには『同胞』という本源的な意識や『愛国心』など活力に繋がるような概念はありません。<br>
ですから、暴徒化した大衆に向けて、さほど抵抗無く発砲する可能性もあるかもしれません。<br>
<br>
一方の大衆側も、おとなしく殺されはしないでしょう。なにしろ個人主義の国ですから、自分の身は自分の手で守るために動くのでしょう。<br>
例えばアメリカでは、2011年だけで1,080万丁もの銃が売れました。これは、世界でもっとも大きな14の軍隊を併せて、そのすべての現役軍人が所持している銃の数より多いのです。（参照：<a href="a href="http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-1079.html">経済崩壊に備えて銃を買うアメリカ人</a>）<br>
<center><img alt="%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E6%9A%B4%E5%8B%95.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E6%9A%B4%E5%8B%95.jpg" width="250"></center>
<center><span style="font-size:70%;">（画像は<a href=" http://www.ammoland.com/2012/01/04/free-americans-buy-10800000-guns-in-2011-dont-f-with-usa/">こちら</a>よりお借りしました）</span></center>

★かくしてアメリカは、予想以上に早く、かつ大規模に<span style="color:#ff3300;">秩序崩壊してゆく</span>と考えておいたほうが良さそうです。

<blockquote><strong>また、中国は現在でも暴動が頻発しており、食糧３倍～５倍で秩序が維持できるわけもなく、アメリカ以上に暴動</strong>→<strong>殺し合いが激化し、人口が1／10に激減している可能性も充分にある。

しかも、秩序崩壊するのは米・中だけではない。おそらく、欧州やロシアの半分、さらにアジアや南米やアフリカの一部でも崩壊する国が、
次々と出てくるだろう。</strong></blockquote>

それでは、現代の中国の様子を見ておきましょう。・・・以下は、昨年報道された事件のほんの一部です。

<strong>■「暴動国家」中国</strong><br>
<span style="color:#696969;"><strong>官憲の横暴に抗議</strong></span>
・広東省広州市で露天商に対する治安当局員の暴力をきっかけに1,000人を越える<span style="color:#800080;">出稼ぎ労働者</span>の暴動発生。警察の武装車両などが出動。<br>
<span style="color:#696969;"><strong>路上取締まり職員に抗議</strong></span>
・貴州省で違法駐輪取締まりの際の暴力に抗議して暴動発生。<span style="color:#800080;">数千人が車両破壊や放火、トラックで幹線道路を封鎖</span>。<br>
<span style="color:#696969;"><strong>賃金不払い抗議</strong></span>
・広東省潮州で、陶磁器工場で働く<span style="color:#800080;">出稼ぎ労働者</span>が政府系ビルを攻撃、車両に火をつける暴動が発生。<br>
<span style="color:#696969;"><strong>土地収用に抵抗</strong></span>
・広東省中山市で当局が住民に対する補償なしで土地を売却したことへの抗議から、農村住民が<span style="color:#800080;">工業団地を襲撃</span>。<br>
<span style="color:#696969;"><strong>増税抗議</strong></span>
・浙江省湖州市で、零細企業に対する<span style="color:#800080;">一方的な増税に数千人が反発</span>。公安の車両が焼き打ちに遭うなど、負傷、死者が出た。<br>
<span style="color:#696969;"><strong>村の共産党幹部に抗議</strong></span>
・広東省東海鎮烏坎村の村民が、幹部の不正に抗議。暴動の首謀者を逮捕した警察に対し<span style="color:#800080;">釈放を求めた8,000人デモ</span>。<br>
<span style="color:#696969;"><strong>日系企業に対するストライキ</strong></span>
・日立製作所子会社の深セン市工場で、<span style="color:#800080;">1000人規模のストライキ</span>が続く。警察隊が工場に突入し、労働者と激突。<br>
<span style="color:#696969;"><strong>モンゴル族の反政府デモ</strong></span>
・内モンゴル自治区で、当局が出動させた<span style="color:#800080;">300人以上の暴動防止警察と、抗議活動を始めた遊牧民と学生数百人が衝突</span>し、40人以上が逮捕。<br>
<span style="color:#696969;"><strong>チベット族の反政府暴動</strong></span>
・四川省カンゼ・チベット族自治州セルタ県で<span style="color:#800080;">チベット族住民</span>が反政府暴動。住民1人死亡、1人負傷、警官14人負傷。<br>
<span style="color:#696969;"><strong>ウィグル族の反政府暴動</strong></span>
・新疆ウイグル自治区ウルムチ市内で商店破壊、車への放火など、<span style="color:#800080;">独立を求める3,000人規模</span>の暴動発生。警察官や市民、129人が死亡、武装警察3万人以上が投入された。
<center><img alt="%E6%9A%B4%E5%8B%95.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E6%9A%B4%E5%8B%95.jpg" width="500"></center>
<span style="color:#ff3300;">土地収用を巡るトラブルや暴動</span>は全国で<span style="color:#ff3300;">年間10万件以上</span>あるとも言われています。大半が、土地を収用した役所が開発業者に転売、その差額の一部を収賄あるいは闇カジノで儲けるといった、構造汚職につながっている様です。<br>
その他、<span style="color:#ff3300;">環境汚染、低賃金</span>などの不満を地方自治体の役人にぶつける小規模なデモも頻発。

また、これまでの農村部における強制土地収用への抗議暴動に代わって、最近は<span style="color:#ff3300;">当局の横暴や市民権利侵害への抗議が急増</span>し、都市部にも広がっているようです。
そして最近は、派手な騒乱が相次いでおり、<span style="color:#ff3300;">市民の怒りが沸点</span>に達していることの表れとみなす報道が急増しています。
　　:m240:　   :m240:　   :m240:　   :m240:　   :m240:　   :m240:　   :m240:　   :m240:　   :m240: <br>
<br>
★最後に、今回記事の重要ポイントを簡単に整理しておきますね。<br>
<strong>１．個人主義国家は崩壊不可避！</strong>
米中を始め、<span style="color:#ff3300;">個人主義</span>がはびこる国々は、経済破局の状況では、秩序が維持できるとは考えにくい。
<strong>２．共同体質だけが、秩序維持の可能性！</strong>
日本を始め、<span style="color:#ff3300;">共同体質</span>が比較的残存しているところだけが、危機的状況に陥っても何とか、社会秩序を維持して乗り越えていく可能性がある。<br>
という点が重要です。そして、米中などの個人主義国家の崩壊過程を予測しました。<br>
しかし現在、日本でも個人主義を是とする<span style="color:#ff3300;">自己中</span>がはびこり、共同体質が失われつつあります。さらに<span style="color:#ff3300;">政治家も官僚もマスコミも学者連中も</span>、その多くが個人主義の権化とも言える<span style="color:#ff3300;">金貸しの息</span>がかかってもいます。・・・そんな状況で本当に<strong>この日本に可能性はあるのでしょうか？</strong><br>
・・・あるハズです。・・・いや、あります！<br>
その可能性とは、<br>
　　・<span style="color:#ff3300;"> <strong>事実を求める大衆の意識の中に。</strong></span>
　　・市場がドン底にある中でも活力もって上昇基調にある<span style="color:#ff3300;"> <strong>共同体的企業群に。</strong></span>
　　・そして的確に<span style="color:#ff3300;"> <strong>歴史構造を解明し、次代を予測</strong></span>するため、新しい認識を構築しようとしている人々の中に、見い出せます。<br>
そして、彼らには<span style="color:#ff3300;"> 「新勢力」</span>と呼ぶにふさわしい勢い、活力も備えていると感じます！<br>
さて、次回は、<strong>『崩壊一歩手前での旧勢力と新勢力の闘い』</strong>と題された可能性発の考察を紹介し、検証していきます。
・・・お楽しみに　:m022: :m022: :m022:
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   <title>近代科学の成立過程１７～金融勢力と一体となった海賊国家イギリスが科学革命を実現し、世界を征服した</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.sayuu.net/blog/2012/02/002201.html" />
   <id>tag:www.sayuu.net,2012:/blog//1.2201</id>
   
   <published>2012-02-02T14:42:26Z</published>
   <updated>2012-02-02T15:38:12Z</updated>
   
   <summary> 「イギリスの海賊ドレイク」 画像はこちらからお借りしました。 「金貸しが育成した特権階級（ジェントリ）が私権獲得の為に科学に収束した」では、 【１】イギリスのジェントリ（地主階級、大商人、法律家、官僚、上位聖職者、大学数授、医師）たちを主勢力として、１７世紀イギリス民主革命が実現したこと。 【２】１６８８年名誉革命後も、ジェントリが支持するホイッグ党（後の保守党）の優位が続き、イギリス帝国の拡大を目指す重商主義政策が展開されたこと。 【３】彼ら特権階級ジェントリたちが自らの私権獲得という目的と国力の増強という目的を重ね合わせ、科学技術に強力に収束していったこと。 つまり、特権階級ジェントリを主勢力として、１６世紀まで後進国であったイギリスが、世界の覇権国家になっていったことを明らかにしました。 今回は、その後イギリスが科学技術を発達させ、世界を征服してゆく過程を見てゆきます。 引き続き、山本義隆氏の著『十六世紀文化革命』（みすず書房）の「第8章　16世紀後半のイングランド」の後半要約です。 いつも応援ありがとうございます。    ...</summary>
   <author>
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   </author>
         <category term="13.認識論・科学論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sayuu.net/blog/">
      <![CDATA[<img alt="igirisu257.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/igirisu257.jpg" width="270" height="320" />
「イギリスの海賊ドレイク」
画像は<a href="http://wadaphoto.jp/kikou/igirisu11.htm">こちら</a>からお借りしました。


<a href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002199.html">「金貸しが育成した特権階級（ジェントリ）が私権獲得の為に科学に収束した」</a>では、


<span style="color:#ff3300;">【１】イギリスのジェントリ（地主階級、大商人、法律家、官僚、上位聖職者、大学数授、医師）たちを主勢力として、１７世紀イギリス民主革命が実現したこと。
【２】１６８８年名誉革命後も、ジェントリが支持するホイッグ党（後の保守党）の優位が続き、イギリス帝国の拡大を目指す重商主義政策が展開されたこと。
【３】彼ら特権階級ジェントリたちが自らの私権獲得という目的と国力の増強という目的を重ね合わせ、科学技術に強力に収束していったこと。
つまり、特権階級ジェントリを主勢力として、１６世紀まで後進国であったイギリスが、世界の覇権国家になっていったことを明らかにしました。</span>


今回は、その後イギリスが科学技術を発達させ、世界を征服してゆく過程を見てゆきます。
引き続き、<a href="http://www.msz.co.jp/book/detail/07286.html">山本義隆氏の著『十六世紀文化革命』（みすず書房）</a>の「第8章　16世紀後半のイングランド」の後半要約です。


いつも応援ありがとうございます。
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      <![CDATA[<blockquote>５．ウィリアム・ボーン

この時代のイングランドの科学書の書き手の多くは大学教育と無縁であった。彼らはレコードやディーやディッゲズの提供した数学的原理を実際の経験や知識に役立てることができた。ウィリアム・ボーンはそのような数学を独習し、大学教育とは無縁な書き手の一人として、航海術や測量術や砲術の著書を英語で著した。

彼は平時は宿屋を営みながら、１５７１～７２年にはグラーヴェセンドの市長を務め、危急のさいには要塞にかけつけて防衛の任にあたる市民兵として、ふだんから砲術の訓練をうけていたようである。

彼は１５７４年には教育を受けていない船乗りのために『航海規則』を出版した。イギリス人の手になる最初の印刷された航海術の書物である。

ボーンはまたおのれの技術について無知な砲術師たちの間では技術教育がより必要なことを見出し、『大型大砲における射撃の技術』を出版している。また測量について論じた『旅行者の宝』を出版している。そこには、三角測量が図版をふくめて記されている。イングランドでは測量は、接収された修道院領地の再配分のためにも必要とされていた。

大学の外部にボーンのような人物を生み出したことは、大きな変化を言わなければならない。</blockquote>
<blockquote>６．ロバート・ノーマンとウィリアム・ボロウ

レコードとディーとディッゲズ父子は英語による数学書・科学書の執筆によって職人や機械工や船乗りや商人や軍人のために必要な知識を提供し、１６世紀後半にイングランドで輩出した数理技能者を直接・間接に育てあげた。

しかし、職人や技術者が自分たちの言葉で著述を始めたのは、このような上からの働きかけだけによるのではない。実際、２０年間の船乗り稼業ののちに航海用機器の製造に携わり、伏角を発見し『新しい引力』を出版した職人のロバート・ノーマンや、偏角の測定と論考を著述した英国海軍の会計検査官ウィリアム・ボロウたちの仕事は、レコードやディーの影響を受けてはいるものの、基本的にはおのれの経験と実践と考察から生み出されたものである。

ノーマンの伏角の研究は、それまでは定性的な科学でしかなかった自然哲学における、特別の測定装置をもちいた定量的測定のはじまりであり、自然学で実行された、はじめての自然的事物の定量的測定である。

ボロウはエリザベス１世の海軍の検査官であるが、大学を出ていない、叩き上げの船乗りである。１６歳で北東航路の発見のための航海に向かう艦隊に水夫として乗り込み、４０歳になるまでロシア沿岸への航海をおこない、主任パイロットにまで出世し、そのときまで天文学とラテン語をマスターしていた。

彼の「論考」の序文で、イングランドの旅行者、海洋航海者そして水夫に、「自分の仕事に習熟したいと欲するすべての船乗りや旅行者は、すべての科学とある種の技芸の基礎である算術と幾何学の知識をまずはじめに身につけるべきである」と呼びかけている。ここには、すべての科学の基礎が数学であるという新しい認識とともに、学習意欲にあふれたこの時代の船乗りの心意気が鮮明に記されている。

イングランドにおけるロバート・レコード以来の俗語科学書の存在は、イングランドの職人や船乗りの教育水準を押し上げるのに大きく貢献した。

また、広範囲にわたる偏角の測定と伏角の発見は、地球磁場という観念を生み出し、地球が巨大な一個の磁石であるというウィリアム・ギルバートの大発見につながってゆく。１６００年の『磁石論』は、科学革命の時代にあってイングランドから大陸にむけてのはじめての発信である。地球が不活性な土塊ではなく他者への作用能力や自己運動の原理を有する磁石であるというギルバートの発見は、その時点ではコペルニクス理論に要求されていた地球の運動の自然学的根拠を与えるものと思念された。さらには、地球の磁力という観念はケプラーによって天体間の引力という観念を生み出すにいたり、やがてロバート・フックとニュートンによる万有引力の提唱と、それに基づく「世界の体系」の確立－１７世紀科学革命の頂点－へとつながってゆく。

しかし、そのギルバートの発見にとってもっとも重要な契機となったのはロバート・ノーマンによる伏角の発見であった。ギルバートは、北半球では磁針の北端が下を向く伏角現象こそが、地球が球形磁石であることの直接の証拠であると捉えた。ロバート・ノーマンの仕事は、同時代のアンブロアズ・パレの外科学やボンベッリの代数学とならず、１６世紀文化革命の頂点と言える。</blockquote>
<img alt="220px-RoyalSociety20040420CopyrightKaihsuTai.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/220px-RoyalSociety20040420CopyrightKaihsuTai.jpg" width="220" height="153" />
「イギリス王立協会」
画像は<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E7%AB%8B%E5%8D%94%E4%BC%9A">こちら</a>からお借りしました。

<blockquote>７．上からの技術教育

しかしイングランドでは、１６世紀後半の職人や技術者サイドでの学問的関心の高まりは、支配層のヘゲモニーでおこなわれる技術教育の推進に連動していた。

<span style="color:#ff3300;">エリザベス朝イングランドで国家権力が強化され、経済が飛躍的に発展し、軍事が高度化し、海外にむかって政治的・経済的に関心が高まってゆくと、支配層のあいだでも技術者や船乗り軍人に組織的に数学教育と技術教育を施すことの必要性が痛感されるようになっていった。いや、支配エリート自身にもそれは要求されるようになっていたのである。「国益の増進」と「地上における栄達」を重ね合わせてみることのできる上流市民階層がすでに誕生していたのである。</span>

ところが、イングランドの既存の大学は、海外進出にむけてのイングランドの技術力を向上させるという目的には到底おぼつかない状態にあった。「その当時、オクスフォードやケンブリッジで教授されていた科学は実際的な問題や探求とはかけ離れていた」のであり、そのため「１６世紀にはイングランドの大学を卒業した者でさえ、自然科学においてはきわめてわずかな教育しか受けておらず、それらの問題の諸原理を理解するためには、通常は通俗書に頼っていた」のが実情であった。

軍人で植民地主義者のハンフリー・ギルバート（１５３９頃～８３）による「貴族とジェントルマンの子弟」のための教育機関としての＜エリザベス女王のアカデミー＞の提唱は、そのような要求に応えようとするものであった。１５７２年に書かれたその趣意書には<span style="color:#ff3300;">「大学においてはもっぱらスコラの学問が学ばれているが、本アカデミーでは戦争と平和の双方に関して現実の実践に適合する事柄が学ばれるであろう」と謳われている。土地所有者や商人や外交官などの子弟のために戦争や商業や航海知識を教育するための学校である。</span>

上流階級の子弟のためのものではあるけれども、徹頭徹尾、実用知識の学校である。そこで教えられる知識は、いずれも１６世紀に芸術家や技術者や数理技能者が案出したものに他ならない。それまで蔑んできた技術的知識の重要性を、イングランドの支配エリートは認識しはじめたのである。

そして、このアカデミーでの使用言語は英語と定められていた。
人文主義者が純粋なラテン語を過度に賛美し、中世スコラ学でなされていたような新造語の使用を野蛮として攻撃したために、ラテン語は新しい学芸に対処する力を失いつつあった。そして上流階級の子弟にとっても、単なる教養としての死語の習得に多大な時間を消費するよりも、軍事や航海に必要な実践的知識を俗語で身につけることの方がよほど重要になっていたのである。

このアカデミーの構想はすぐには実現しなかったが、<span style="color:#ff3300;">１５８２年にはアメリカ植民地建設の提唱者リチャード・ハクルートが航海術の公開講座を開くように訴え、その２年後にはウォルター・ローリーがヴァージニアに最初の植民地を建設している。海外進出のための人材養成は急務であった。</span>

軍人や船乗りのための数学の公開講座がロンドンで開催されたのは１５８８年のスペイン無敵艦隊の襲撃にそなえて、ロンドン防衛の市民軍が組織された時であった。枢密院とロンドンの商人グループと市当局が有効な都市防衛に必要な数学を講じるための基金の創設に賛同したのである。そして、無敵艦隊が撃破された後も、次の襲撃に備えて市民組織は維持され、この市民軍の教育を目的として講義は始められた。しかし、スペインのさらなる襲撃の危険性が薄れるとともに、<span style="color:#ff3300;">講座は軍事技術のためのものよりも、海外進出を目論んでいた商人の利害と関心に合わせて航海技術のためのものに変質していった。いずれにせよ「スペインに対する勝利に続く好戦的な海の冒険と並んで、探検事業や新しい商売の調査や植民地計画が進められ、そのため多くの方面から数学者が求められていた」のである。</span>ケンブリッジを出たエドワード・ライトが１６世紀末に東インド会社で数学を講じたのはその例である。

<span style="color:#ff3300;">商人トマス・グレシャム（１５１９～７９）の遺志で１５７９年にグレシャム・カレッジが開校されたことで、ついに技術者教育のための機関がロンドンに確立された。グレシャムは「グレシャムの法則」で有名だが学者ではなく、１５６５年に王立取引所の設立を提唱したロンドンの大商人である。</span>

グレシャム・カレッジは神学、天文学、音楽、幾何学、法律学、医学、修辞学の７講座からなる。その講義内容は実用性を最大限に重んじるものであった。「このカレッジは世界を測定するであろう」という１７世紀のジョセフ・グランヴィルの一節が、それまでの大学との相違－講釈にかわるに測定によって、文書をではなく世界を調べるという研究の方法と対象両面の相違－を謳っている。そして実際に、グレシャム・カレッジは、一方で教育の面で実際の経験を重視したが、他方で経験だけに頼っていたそれまでの航海術を数学に基礎づけられたもの改めるのに大きく寄与した。

１７世紀の初期には、グレシャム・カレッジの数学や天文学のスタッフにはイングランドの中のもっとも有能な学者が集まり、そこではスコラ学と異なる実践的な学問が教育され研究されていた。例えば、実用数学である対数の発明にいち早く着目して常用対数表を作成し、対数の実用化と普及に尽くしたヘンリー・ブリッグスは初代の幾何学教授であった。

<span style="color:#ff3300;">この教授たちの集まりの中から王立協会が生み出され、それがイングランドにおける科学革命の中軸となった。しかしそれは、職人や技術者の運動ではもはやなく、以前には蔑まれていた技術に対する重要性を十分に認識した知識人の運動になっていたことを忘れてはならない。</span>

イングランドにおける１６世紀文化革命は、大陸のものと少々異なり、当初から知識人のヘゲモニーによって進められていた。そのことは、社会的に差別され知的にも疎外されていた職人たちの運動であった１６世紀文化革命が大きく変質してゆく遠因でもあった。<span style="color:#ff3300;">ジョン・ディーの「数学的序文」は国家の反映と国力の増進が科学の発達と手を携えて進むということのいち早い認識を示している。</span>

先進的な職人たちの意欲的な運動が<span style="color:#ff3300;">新しく形成された国民国家の支配階級（ジェントリ）と重商主義政策のもとで成長した産業資本家たちの指導する運動に絡め取られてゆくのは、最早とどめ難い。</span>それがナショナルな色彩を帯びることも、なかば不可避であろう。「わがブリテン王国は人間が創造されてこのかた地上に存在してきたいかなる王国をも凌駕するのは当然と言えるだろう」と語ったのはジョン・ディーであった。

イングランドにおける知識人による俗語書籍による教化活動と、それに呼応した船乗りや技術者の側の意欲的な学習と執筆活動は、実用的な技術の考察が自然の研究にとって重要で有効であるという認識を広く受け入れさせることになり、大学で営まれていたスコラ学と異なる新しい学問の可能性を開くことになった。支配層の内部にも手仕事や機械的なるものへの蔑視を克服し、むしろ手工技術の重要性を積極的に認める機運が強まっていった。

かくして<span style="color:#ff3300;">１６世紀末にロンドンにグレシャム・カレッジが創設され、さらに１７世紀中期にはロンドン王立協会が発足し、ロバート・フックやニュートンを輩出し、イングランドは１７世紀科学革命の先頭に立つことになる。しかし、それは知識人のヘゲモニーで進められ、もう一度学問を支配エリートの独占に引き渡してゆく過程でもあった。</span></blockquote>

これが<a href="http://www.sayuu.net/blog/2011/10/002128.html">「近代の科学者は金貸しの手先だった」</a>ことのもう一つの証拠である。「悪貨は良貨を駆逐する」と語った金融勢力グレシャムによるグレシャム・カレッジが母胎となって、イギリスの王立協会が成立し、１７世紀の科学革命が実現したのである。


その過程を山本義隆氏の著『十六世紀文化革命』（みすず書房）「第１０章　１６世紀文化革命と１７世紀科学革命」から要約する。
<blockquote>十七世紀初頭にアリストテレスをはじめとする古代の哲学を厳しく批判し「知は力なり」のスローガンのもとに産業社会の時代の科学のありようを声高に語ったのはフランシス・ベーコンであった。

<span style="color:#ff3300;">ベーコンにとって自然研究の目的は「行動により自然を征服する」ことにあり、「技術と学問」は「自然に対する支配権」を人間に与えるためのものであった。</span>『ノヴム・オルガヌム』には「技術と学問は自然に対する支配権を人間に与えるもの」と書かれており、「自然の秘密もまた、技術によって苦しめられるとき、よりいっそうその正体を現す」「技術が自然と競争することによって勝利を得ることにすべてを賭ける」と語っている。


それと同時にベーコンは、科学技術研究の近代的なあり方をはじめて提唱した。
<span style="color:#ff3300;">彼は、近代科学技術研究のあり方として、選ばれた専門の研究者集団が国家の庇護のもとで先進的研究と技術革新を組織的かつ目的意識的に遂行するべきことを提唱した。</span>晩年の『ニュー・アトランティス』において、その機関として「ソロモン学院」を描き出している。

<span style="color:#6666ff;">それは選ばれて国家から俸給を得ている卓越した研究者集団が、国家の拡張主義的政策を推進し、その見返りに国家から研究費を得て研究に専念する組織である。その研究者たちは、全員が上流階級のみに許される特別な服を着ている。研究は国家に生活を保障されて研究に専念するエリート研究者の仕事であり、彼らだけが自然の秘密を握っている。彼らの得た情報や研究の成果は無統制に公開されるものではない。そのいずれを秘匿しいずれを公開するのかは、彼らが自分たちで決定するのである。</span>
ベーコンにとっては、先進的な研究や技術革新は、選ばれた専門の研究者集団によって組織的かつ目的意識的に遂行さえなければならないのである。

<span style="color:#ff3300;">１７世紀にはベーコンの思想を指導理念として科学の組織化が進められてゆくことになった。１６６２年に発足したロンドンの王立協会は、このソロモン学院をモデルにして作られた。</span>
これは王の勅許があるだけの民間の機関であったが、中枢会員は国家・公共のために研究を担っているという意識を強く有していた。１６６６年に発足したフランスの王立科学アカデミーにいたっては、れっきとした国家機関であり、ソロモン学院にさらに近い。実際、その会合はすべて非公開で、１６６７年には「アカデミーの業務は秘密に保たれ・・・機関の認可によってのみ外部に伝えられるべきもとする」という規約を定めている。

国璽尚書を親にもち、大法官にまで登りつめたベーコンは、知的・社会的に自分と同レベルの上流階層しか見ていない。ベーコンの言う協働も公開も、知的エリートや支配階級である「閑暇に恵まれた」ジェントリの間だけでの協働や公開であった。
１６世紀文化革命の過程で職人たちの実践から自然発生的に生れていた研究の協働的推進と科学の累積的発展という観念を、ベーコンは国家の主導で推進するように主張し、その実践を高等教育を受け研究に専念するエリート科学者に託したのである。</blockquote>
そして、ベーコンの思想は、急速に工業化を進め帝国主義にむかって邁進している国家の指導層に強く訴え、科学者たちは国家プロジェクトに組み込まれていくことになる。


<span style="font-size:130%;">★これがイギリスが覇権国家になった理由であるが、なぜイギリスにおいてそれが実現したのか？</span>
<img alt="1312708433.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/1312708433.jpg" width="399" height="294" />
画像は<a href="http://takemoto.ko-me.com/Entry/86/">こちら</a>からお借りしました。


<span style="color:#ff3300;">エリザベス1世の時代のイギリスは、スペインの無敵艦隊に対抗するために国家ぐるみで海賊行為を始める。</span>
「私拿捕船」「私掠船」 と云って、海賊船に国王の許可を与えたのである。国家公認の海賊船である。イチから自前で海軍を整えるよりも、手っ取り早く海賊たちにスペイン艦船を襲わせ、略奪した財宝を国家が吸い上げるという方法である。この海賊船にドレイクやホーキングといった名だたる海賊が参加し、当時のスペインの商船を襲いまくって大量の銀や財宝を略奪した。スペインはイギリスに厳重抗議したが、イギリスはこれを無視した。この国家ぐるみの海賊戦法によってイギリスはスペインの力を削ぎ、無敵艦隊を破ったのである。


このように、南米を略奪しまくったスペインの上を行く海賊国家がイギリスである。
<span style="color:#ff3300;">近代につながるイギリスは１０６６年、海賊集団ノルマン人（ヴァイキング）が征服して建てた国家である。</span>
ここからはじまるイギリスの王朝がノルマン朝で、この征服を「ノルマン＝コンクェスト」という。


つまり、国家ぐるみで海賊行為を行ったのも１６世紀が始めてではなく、その５００年前に海賊行為によってイギリス王朝を建てているのである。
<span style="color:#ff3300;">５５００～２９００年前の略奪闘争によってヨーロッパでは部族共同体が破壊されたが、イギリスではそれに加えて１１世紀のノルマンの征服という二重の略奪闘争によってできた国家なのである。</span>
そして、その後もイギリスは国家ぐるみの海賊行為によって世界中を侵略してゆく。イギリスは１１世紀から同じことをやり続けてきたのである。
<span style="color:#ff3300;">この国家ぐるみの略奪闘争（海賊行為）こそがイギリスの国家戦略であり、イギリスが世界の覇権を握った根本的な理由も、イギリスが最も侵略性の強い国家（民族）であったことにある。</span>


但し、同じ国家ぐるみの海賊行為でも、１１世紀の「ノルマン＝コンクェスト」の時代と１６世紀以降では違いがある。<span style="color:#ff3300;">
１１世紀は肉弾戦の武力そのものが制覇力であるが、１６世紀以降は戦争の制覇力は科学技術に変わっている。</span>
だからこそ、<span style="color:#ff3300;">イギリスでは国家ぐるみで科学者を組織し、その科学技術力を武器に国家ぐるみの海賊行為を働いたのだと考えるべきだろう。</span>


その背後にいたのはグレシャムをはじめとする金融勢力であることは言うまでもないが、イギリスの科学を推進させたのは金融勢力だけではない。その主勢力となったのは特権階級ジェントリであり、かつ、彼らは１７世紀民主革命の主勢力でもある。


イギリスの王侯貴族がノルマン海賊の末裔であることは言うまでもないが、その下の<span style="color:#ff3300;">特権階級ジェントリたちもノルマン海賊の将校や兵士クラスの末裔であろう。そして、彼らが主勢力となって１７世紀の民主革命と科学革命を実現し、イギリスは世界を征服していったのであろう。</span>
<span style="font-size:200%;">ノルマン海賊の末裔たち（王侯貴族と特権階級ジェントリ）と金融勢力が一体となって海賊行為と科学技術と民主主義に収束していった。これが覇権国家イギリスの構造（正体）なのである。</span>


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   <title>共同体社会の実現に向けて－１８～実現論　序５．破局後の経済は？その時、秩序は維持できるのか？（その３）～</title>
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   <published>2012-01-26T15:00:00Z</published>
   <updated>2012-01-27T11:56:58Z</updated>
   
   <summary> こんにちはー。 前回は、200年前の貧困の時代にリセットし、一から市場拡大を狙う金融支配勢力の思惑を紹介してきました。 このようになったら大変な事態ですが、裏ではこの為の下準備が着々と進められています。 今回は、その下準備である世界中で頻発している大災害や異常気象などのが、どのようにして金融支配勢力の支配構造へと繋がるのかを、金貸しにMAX同化してその魂胆をFIXしていきたいと思います:D     ...</summary>
   <author>
      <name>mizuguti</name>
      
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         <category term="06.経済破局の行方" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<center><OBJECT classid="clsid:d27cdb6e-ae6d-11cf-96b8-444553540000"
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</OBJECT></center><br>
<br>
こんにちはー。<br>
前回は、200年前の<span style="color:#CC6600;">貧困の時代にリセット</span>し、一から市場拡大を狙う金融支配勢力の思惑を紹介してきました。<br>
<br>
このようになったら大変な事態ですが、裏ではこの為の下準備が着々と進められています。<br>
今回は、その下準備である世界中で頻発している<span style="color:#CC6600;">大災害や異常気象などのが、どのようにして金融支配勢力の支配構造へと繋がるのか</span>を、金貸しにMAX同化してその魂胆をFIXしていきたいと思います:D<br>
<br>
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<br>
]]>
      <![CDATA[<blockquote>【金貸し勢の甘い読み】<br>
しかし、この計画を実現させるには、いくつかの条件がある。<br>
新紙幣に対する信認をスムースに形成するためには、まず旧紙幣は紙屑化すると思わせなければならない。そのためには、物価とりわけ食料価格を２倍から５倍へと段階的に超インフレ化させる必要があり、そのために、１ヶ月毎に人工災害が引き起こされる。(そのような人工災害の実験の一つが東北大震災と原発事故であった疑いが濃厚である。) <br>
<br>
すでに、ケム・トレイルと呼ばれる気象操作のための化学物質が数年前から盛んに航空散布されており、その頻度が年々増えている。こうして、１ヶ月に１回程度、計画的な人工災害が引き起こされ、そのたびに食糧価格が上昇し、紙幣がどんどん紙屑化していって、新紙幣にリセットされても仕方がないorむしろその方が良いという大衆共認が作り上げられてゆく。</blockquote><br>
<br>
<center><a href="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%EF%BC%91.jpg"><img alt="%EF%BC%91.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%EF%BC%91-thumb.jpg" width="400" height="148" /></a> </center><br>
<span style="color:#000080;">■気象兵器</span><br>
世界を支配する勢力の一派は、連日、ケムトレイルと呼ばれる各種の微細な金属粉の空中散布を続けており、加えて、電磁波を照射して、電離層に穴を開けたり膨らませたりして<span style="color:#CC6600;">気象を操作する気象兵器を実戦発動中</span>です。しかも、このHAARPと呼ばれる気象兵器は、<span style="color:#CC6600;">地震を起こすこともできる地震兵器</span>だとも言われています。<br>
・<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=254994">ケムトレイル</a><br>
・<a href="http://www.financial-j.net/blog/2011/06/001642.html">ＨＡＡＲＰ</a><br>
<br>
<span style="color:#000080;">■食料価格と自然災害</span><br>
最近、日本では食料価格が高騰しています。寒波や乾燥などの天候不順により、生育が遅れ、市場への出荷量が減少しているためです。1/17のニュースによると、1月第1週（6～12日）の卸値は、12月第3週（9～15日）と比べキャベツやレタスが<span style="color:#CC6600;">2倍</span>以上、ホウレンソウが<span style="color:#CC6600;">1.8倍</span>などと<span style="color:#CC6600;">「超高値」</span>です。昨年の1月第1週との比較でも、ダイコンやコマツナが<span style="color:#CC6600;">2倍</span>近くまで高騰しているとのことです。また、東日本大震災と原発事故により、コメなどの価格も高騰しています。このように、<span style="color:#CC6600;">自然災害を人工的に起こすことが出来さえすれば、食料価格も簡単に高騰させることができる</span>のです。<br>
<br>
また、<span style="color:#CC6600;">世界各地で自然災害が増加</span>しています。最近の10年間を見ると、1970年代に比べて発生件数、被災者数ともに約<span style="color:#CC6600;">3倍</span>に増加しています。<br>
<center><a href="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%EF%BC%92.jpg"><img alt="%EF%BC%92.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%EF%BC%92-thumb.jpg" width="400" height="182" /></a> </center><br>
<br>
 <span style="color:#000080;"><center>図：世界の自然災害の状況</center></span><br>
<blockquote>ところが、世界的な食料不足を演出するための、世界的に影響を与えることのできる災害となると条件は限られてくる。地震や旱魃や洪水は局地的な災害であり、世界的に影響を及ぼすには大型の火山噴火が最も好都合であろう。<br>
<br>
金貸し勢は、一年間に亙ってマイナス0.5℃～マイナス1℃になる程度の人工災害、つまり食糧生産高8割くらいを想定していると予想される。<br>
その場合、食糧価格は、自然需給に任せていても2倍に上昇するが、現実には至る所で農家の売り惜しみや流通業者の買占めが横行するので、簡単に３倍～５倍に高騰してゆく。</blockquote><br>
<br>
平均気温と食糧生産高の状況については、こちらの図がわかりやすいです。これは米の場合ですが、<span style="color:#CC6600;">気温が1℃下がると作付指数は87％まで下がり</span>ます。<span style="color:#CC6600;">2℃低くなると、なんと40％程度まで減少</span>します。<br>
<center><a href="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%EF%BC%93.jpg"><img alt="%EF%BC%93.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%EF%BC%93-thumb.jpg" width="250" height="308" /></a> </center><br>
<span style="color:#000080;"><center> 図：平均気温と作況状況グラフ（宮城県）</center></span><br>
<br>
このような状況を世界的に作り出せる災害が、火山噴火です。局地的には、火山灰の降下により農作物に大きな被害をもたらしますが、火山の大噴火が起こった場合、成層圏に大量のエアロゾルと塵埃が放出されます。その結果、地表に到達する太陽光は減少し、気温が低下します。実際1991年に発生した<span style="color:#CC6600;">ピナトゥボ火山（フィリピン）の噴火では、太陽光が最大5％減少し、北半球で気温が0.5℃～0.6℃下がり、地球全体で0.4℃下がりました</span>。（<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%8A%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%9C%E5%B1%B1#.E5.85.A8.E4.B8.96.E7.95.8C.E3.81.B8.E3.81.AE.E5.BD.B1.E9.9F.BF">Wikipediaによる</a>）また、1815年に発生したタンボラ山（インドネシア）の大噴火でも、世界的に異常な低温が記録されたとのことです。（<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%83%A9%E5%B1%B1#1815.E5.B9.B4.E3.81.AE.E5.A4.A7.E5.99.B4.E7.81.AB">Wikipediaによる</a>）<br>
<br>
<blockquote>従って、食糧価格を沈静化させるためには、国家が全食糧を買い上げ、全国民に配給するしかない。<br>
その場合、政府が国債を発行し、中央銀行が紙幣を発行して国債を買い受けるという従来の体制のままでは、旧国債と旧紙幣が紙くずになってしまった直後であり、新紙幣に対する信認を形成することができずに、食糧価格の暴騰から暴動へ、そして最終的には秩序崩壊に陥る可能性が高い。<br>
むしろ、秩序崩壊を避けるには、中央銀行を廃止し国家が自ら紙幣を発行した方が簡単で、新紙幣に対する信認も得られやすく、安全度が高くなる。</blockquote><br>
<br>
旧国債、旧紙幣が紙くずになってしまった直後は<span style="color:#CC6600;">『新紙幣に対する信任が得られにくい』</span>とありますが、みなさんはどう予測しますか？<br>
支配観念に染脳されている層がまだまだ多く、また事なかれ主義者が多い日本人は、簡単に信任してしまうかもしれませんが、疑い深い個人主義者の多い国では、おいそれと信じる者は少ないでしょう。（日本でも大変な混乱状況下では同様だと思われます）<br>
<br>
ここで、似たような歴史事例を二つ紹介します。<br>
<center><a href="http://www.sayuu.net/blog/img2011/4.jpg"><img alt="4.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/4-thumb.jpg" width="300" height="300" /></a> </center><br>
<span style="color:#000080;"> <center>ソ連：ルーブルよりドルを信任</center></span><br>
1998年にロシア財政危機（政府及び中央銀行による対外債務の90日間支払停止→ルーブル下落・キャピタル・フライトなどの経済的危機）の当時、ルーブルを信任せず、ルーブルをUSドルに代えようとした国民が続出し、さらなるルーブル下落を引き起こし、暴落した。<br>
<br>
<center><a href="http://www.sayuu.net/blog/img2011/5.jpg"><img alt="5.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/5-thumb.jpg" width="400" height="126" /></a> </center><br>
<span style="color:#000080;"> <center>ドイツ：ノートゲルト (Notgeld・緊急通貨) </center></span><br>
1914年の第一次世界大戦勃発を受けてマルクの金兌換が停止された以降のドイツの通貨。特に、1922、23年、借金支払いの為に紙幣を大増刷したことにより発生したハイパーインフレ時に使われたもので、<span style="color:#CC6600;">町や村の自治体や企業によって発行</span>された。（当時のドイツの法律では1マルク以下のお金なら町と村は自由に発行する事ができた）紙幣以外にも、硬貨、革、絹、リネン、切手、アルミホイル、石炭、再生紙等も緊急通貨として使用された。<br>
当時ドイツが何千万マルクの紙幣を発行している時期だったので、このような町や村が発行したその地方限定で使用されるお金の方が、<span style="color:#CC6600;">中央銀行が発行した紙幣よりずいぶん価値があった</span>様子。<br>
<br>
※注目ポイントは、<span style="color:#CC6600;">法定通貨である中央銀行券よりも信任</span>された事と、地域通貨的色彩で、<span style="color:#CC6600;">各地域や企業共同体が自主的に発行、運用</span>していた点です。<br>
これらの歴史や、将来の混乱状況をリアルに想像すれば、やはり<span style="color:#CC6600;">国家紙幣のほうが信任度は高そう</span>ですね。<br>
<blockquote>しかし、金貸し勢にとって、無から有を生み出す打ち出の小槌である中央銀行は、全ての力の源泉であり、彼らが中央銀行を廃止するとは考えにくい。<br>
もちろん、金貸し勢とその配下の試験エリートたちは、アメリカが借金国に転落した’85年以来、25年に亙ってリセットのシミュレーションを重ねてきた。とりわけ、世界バブルが崩壊した’08年以降、集中的に思考実験を繰り返してきたはずである。<br>
しかし、彼らはあらゆるリスクを十分計算したつもりでいるが、最後の所は常に自分に都合のいい判断に流れる。今回も、「中央銀行を存続したままでも、秩序は維持できる」というのが彼らの結論だが、その甘い判断が彼らの致命傷となるだろう。</blockquote><br>
<center><a href="http://www.sayuu.net/blog/img2011/6.jpg"><img alt="6.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/6-thumb.jpg" width="400" height="136" /></a> </center><br>
ここで、<span style="color:#CC6600;">1985年以降の金貸し勢力の思惑と国家頼りの救済策が繰り返されてきた歴史</span>を見ておきましょう。<br>
<br>
・１９８５年国際協調（プラザ合意）という脅しで日本のバブルが演出され、１９９１年バブル崩壊で日本の金融機関は巨額の不良債権を抱え窮地に陥ったが、国家による資本注入などで対応した。<br>
・１９９７年金貸し勢力によるＡＳＥＡＮ諸国への攻撃でアジア通貨危機が発生。ＩＭＦの介入で欧米金貸し勢力による搾取実行。<br>
・１９９８年ロシア財政危機でヘッジファンドのＬＴＣＭが破綻。巨額の融資をしていた欧米金融機関が連鎖破綻の危機に瀕し、ＦＲＢ主導で米国政府の支援による救済策が採られた。<br>
・２００７年米国発のサブプライムローン破綻が世界中に拡大、２００８年リーマンショックで世界バブル崩壊。米国政府・ＦＲＢをはじめ欧州各国政府も協調して金融機関の救済策が実施された。<br>
・２００９年頃から表面化しているユーロ危機では各国政府・中央銀行による救済策が実施されている。<br>
・	２０１１年米国債デフォルト危機でも米国政府・ＦＲＢによる救済策が打ち出された。<br>
<br>
日本のバブル崩壊以来、東南アジア、ロシア、アメリカ、ヨーロッパと繰り返された危機は世界中に拡大し、かつ深刻さは大きくなる一方です。これまで、各国政府及び中央銀行を動員した対応策で破綻を先延ばしし、<span style="color:#CC6600;">社会秩序はかろうじて維持</span>されていることから、<span style="color:#CC6600;">金貸し勢力は、最終的に政府・中央銀行・マスコミ等を総動員することでこれからも秩序は維持できるという甘い読みに嵌っている</span>と思われます。<br>
しかし、大衆の意識はどうでしょうか。ギリシャ、スペイン、イギリスなどヨーロッパ各国だけでなく、ニューヨーク・ウォール街でも大規模なデモが発生しているように、<span style="color:#CC6600;">金貸し勢力の思惑を越えて、秩序崩壊の兆しが現れている</span>と見るべきでしょう。<br>
<br>
<br>
現段階の仮説では、金融勢力の狙いは紙幣を紙屑化させた後、中央銀行方式は継続させたまま新紙幣を発行させ、<span style="color:#CC6600;">現物資産所有による経済支配体制を再構築</span>することです。<br>
しかし、この間の事例を見ても、個人主義国家の突如崩壊は不可避であると考えられます。<br>
いずれにしても<span style="color:#CC6600;">「秩序は維持できるのか」</span>が今後の最大のカギになりますので、次回は日本をはじめとした世界各国の状況を分析しながら追求していきたいと思います:D<br>
お楽しみにー:m033:
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   <title>近代科学の成立過程１６～金貸しが育成した特権階級（ジェントリ）が私権獲得の為に科学に収束した～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002199.html" />
   <id>tag:www.sayuu.net,2012:/blog//1.2199</id>
   
   <published>2012-01-26T06:30:00Z</published>
   <updated>2012-01-26T15:54:49Z</updated>
   
   <summary> 画像はこちら（リンク） 前回近代科学の成立15～科学技術者たちは侵略航海による私権の可能性に収束し、国家プロジェクトに組み込まれていった～では科学者の発明、研究成果を国が評価し、更に国の発展に繋がる研究を権力、財力を使い後押しすることで国が他国（アジアの植民地を）を侵略することで、また更に科学技術の発展に財をつぎ込むことで科学技術は発展していきました。 今回は山本義隆氏の著『十六世紀文化革命』（みすず書房）から「第8章　16世紀後半のイングランド」の要約です。イングランドではどのように国と科学技術が発展していったのかを見ていきましょう。 興味を持たれた方は、応援もお願いします :D    ...</summary>
   <author>
      <name>KAWA</name>
      
   </author>
         <category term="13.認識論・科学論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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前回近代科学の成立15～科学技術者たちは侵略航海による私権の可能性に収束し、国家プロジェクトに組み込まれていった～では科学者の発明、研究成果を国が評価し、更に国の発展に繋がる研究を権力、財力を使い後押しすることで国が他国（アジアの植民地を）を侵略することで、また更に科学技術の発展に財をつぎ込むことで科学技術は発展していきました。
今回は山本義隆氏の著『十六世紀文化革命』（みすず書房）から「第8章　16世紀後半のイングランド」の要約です。イングランドではどのように国と科学技術が発展していったのかを見ていきましょう。
興味を持たれた方は、応援もお願いします :D 

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<blockquote>
第8章　16世紀後半のイングランド

<span style="color:#009933;">１．テューダ王朝下のイングランド</span>職人や技術者が俗語で科学書を書きはじめた16世紀文化革命は、序章でロバート・ノーマンについて記したように、16世紀後半にはイングランドにおいても認められた。しかしイングランドでの様相は大陸の諸国とはいささか異なり、職人たちにたいする教化が、どちらかというと高等教育を受けた知識人のへゲモニー上から推し進められた。そのことは、16世紀文化革命の行く末と同時にその限界性をも暗示している。
16世紀のイングランド科学史を特徴づけているのは、なによりも「<span style="color:#ff3300;">1640年に先立つ80年間に、イングランドは科学の分野で後進国から先進国のひとつへと躍進した。</span>　」というこの時期の飛躍的な発展にある。


16世紀後半はイングランドにおいて数学的科学のいちじるしい発展があった。裏返せば、16世紀前半までのイングランドは軍事的な名声についてはひけきらないにせよ、科学的知識については大陸のライバルたちに大きく水をあけられていたと言える。


17世紀のジョン・ウォリスは、少年時代を回顧して「そのころ数学は学術的と見なされることばはほとんどなく、むしろ機械的なもの、つまり貿易商や小商人や船乗りや大工や測量技師など、そしておそらくは暦の製作者のすることと見られていたと証言している。実際、すでに14世紀末のチョーサーの『カンタベリー物語』には、貿易商人にふれて「彼はフランス金貨を両替するやり方を知っていました」とある。


このことは、当時、両替の計算そのものが商人のもつ特殊な技術と見られていたことを示唆している。14世紀後半以降、当時のイングランド最大の輸出商品である羊毛を大陸に輸出していたいわゆるステープル商人－国が定めた特定の取引所で主要商品の貿易に携わる商人たちは、ネーデルラントやイタリア・ロンパルディア地方の商人との大規模な取引をおこなっていた。当然、彼らは大陸の進んだ商業慣行に適応し、為替や両替をふくめ、込み入った商業計算に習熟していた。


同様に、職人の世界でも、定量的測定とそれにともなう計算の重要性は高まっていた。
印刷された英語による最初の数学書は、作者不詳の「ペンないし算板による計算術学習入門」であった。これはインド・アラビア数字と十進位取り表記法によって記述されたもので、内容は整数の四則演算、分数計算、三数規則などで、例題も以前に見た大陸のものとほとんど変わらない。表題よりわかるように、筆算だけではなく算板計算の説明もふくまれている。これは1537年に印刷され、その後、1539年、46年、52年、66年、74年、81年、1629年と、１世紀近くにわたって版を重ねることになる。そのことは、この頃からイングランド経済が急速に発展していったことを反映している。</blockquote>


当時のイングランドは大陸の他国よりも科学技術、特に学術的発展に関しては完全に遅れをとっていた。しかし現実課題を担う職人や技術者、商人などはそれなりに学を得ていた。この遅れを巻き返した方法は一体なんなのか。



<blockquote>「商業数学発展の背景には、1540年からの1世紀のあいだの「先駆的工業革命」とも「第一次産業革命」とも言われるイングランド経済の飛躍的発展があった。「先駆的工業革命」と命名したのはジョン・ネフだが、それは本質的に美術工芸に属さない諸領域の工業生産の量的発展－工業生産の目標の質的向上から量的拡大への転換を意味している。


1485年のばら戦争の終結とテューダー王朝の成立からエリザベス一世（エリザベス女王）が1603年に没するまでの一世紀余のあいだ、イングランドでは強力な王権が成立して、<span style="color:#ff3300;">重商主義政策がとられ、大陸とくにドイツやイタリアから鉱山業、製鉄業、火薬製造、製紙、印刷、ガラス製造などの技術者が呼び寄せられ、さらには独占付与による産業の育成、特許会社の設立がはかられた。</span>それを可能とした条件としては、その間、大陸の諸国が宗教戦争や王位継承戦争に明け暮れていたのにたいして、イングランドでは国内がおおむね平和であったことが大きい。


イングランドは1534年の「国教会を地上における唯一最高の首長とする」という「首長法」の発布により、対外的には教皇庁の支配から離脱したが、国内的には、とくにエリザベス一世の時代には、一方では王の支配を揺るがさないかぎり旧教徒を厳しく取り締まることもせず、他方では原理主義的ピューリタニズムを排し、穏健中道路線をとることで国内統合をはかり、宗教改革にともなう混乱を最小限にとどめることができたのである。そして1540年から1640年のあいだにイングランドの人口は倍増した。こうしてイングランドは国民国家への発展をとげ、1588年にはかのスペイン無敵艦隊を撃破し、強力な海軍を擁する海洋国家へと成長し、海外への進出を開始する。

<img alt="%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB.bmp" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB.bmp" width="300" height="200" />
画像はこちら（<a href="http://ee-news.seesaa.net/article/100870600.html">リンク</a>）



エリザベス一世がハンフリー・ギルバートのアメリカ植民計画に勅許状を与えたのが1578年で、84年にはウォルター・ローリ1世が北米に最初の英国植民地を建設している。東インド会社の設立は1600年である。この一世紀間にイングランドは、ヨーロッパの西端にあってその経済活動の中心から遠くに位置する遅れた封建国家から、新しい富の源泉であるアジアと新世界につながる大西洋に面した政治的・軍事的・経済的大国に躍り出たのである。すでにばら戦争で封建貴族が没落し、大土地所有者としての修道院も消滅し、<span style="font-size:130%;"><span style="color:#ff3300;">その後の資本主義発展の基幹部隊となるジェントリが社会の主勢力になり、同時にヨーマンリーすなわち比較的裕福な独立自営農民出の広範な成立を見ていた。ジェントリは主要に地主階級であるが、大商人、法律家、官僚、上位聖職者、大学数授、医師もそのうちにふくめられている。資本主義が発達する条件はすでに整っていたのである。</span></span></blockquote>

エリザベス1世の時代からイングランドの他国侵略の為の科学技術が発展していく。
「ジェントリ」とは地主階級だけでなく、大商人、法律家、官僚、上位聖職者、大学数授、医師などを指します。つまり、現在の特権階級に相当する。国家ぐるみで彼らは重商主義のもと、率先して他国侵略の為の科学技術発展に尽力を尽くした。その成果が後のイングランドの政治的、経済的、軍事的に他国を圧倒するものとなる。

※イギリスを覇権国家にした重商主義とはどのような政策か？　
参考サイト（<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8D%E5%95%86%E4%B8%BB%E7%BE%A9">リンク</a>）

重商主義とは貿易などを通じて貴金属や貨幣を蓄積することにより、国富を増大させることを目指す経済思想および経済政策の総称。
大航海時代、アメリカ大陸やインド・東南アジアへの西欧の到達と直接交易の開始が貴金属や香辛料など稀少商品の価格革命をもたらし、商業革命のパトロン（援助者・免許者）としての王権に莫大な富をもたらした。オランダ、イギリス、フランスの各東インド会社は植民地政策の重要な尖兵となっただけでなく、有限責任方式の開発など市民社会形成に重要な足跡を残し、のちの産業革命をもたらした。また、その是非を通じて経済政策や思想における活発な議論がなされるようになり、これが後にケネーやアダム・スミスが登場する素地となった。


★フランスの例：コルベールの重商主義
彼は、東インド会社を再興するだけではなく、西インド会社・レバント会社・セネガル会社など作り、いまのカナダのケベック州に大規模な植民団を派遣してます。また、保護関税をかけて輸入を制限し、国内産業の保護育成を図ってます。典型的な重商主義者で、コルベール主義といえば重商主義の代名詞にもなってます。
<span style="color:#ff3300;">彼がやったのは国際貿易の振興と徹底した大企業優遇政策です。逆に農民や小自営業者は徹底的に搾取され、貧乏人ほど税率が高いという嘘みたいなことをやってます。要するに庶民は搾り取れるだけ搾り取り、それで全体の産業を発展させよう、国際的に儲けようということで、なんか日本（小泉政権）みたいですね。経済の発展は庶民を豊かにするためではないってことです。</span>そのため庶民階層の恨みが骨髄に至り、後のフランス革命の火種を残します。


★イングランドの例：エリザベス１世の重商主義
エリザベス1世は、カトリックに急旋回して世情不安になっていたのを、再びイギリス国教会中心に引き戻し、両派のバランスと融和を図ります。同時に経済を立て直すために、毛織物工業を保護・育成します。
参考（<a href="http://aplac.info/thisweek/essay345/thisweek080121.html">リンク</a>）

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画像はこちら（<a href="http://jp.chateauversailles.fr/jp/history/court-people/louis-xiv-time/jean-baptiste-colbert">リンク</a>）



<blockquote>
私たちの問題意識からすれば、とくにこの時代のイングランドにおいて注目すべきことは、土地を所有するジェントリの多くが次男以下の息子たちを都市の商人や手工業者の徒弟奉公に出したことである。この習慣は「外国からの訪問者を驚かせた」と言われている。専門の論文の説くところによれば「貿易と商菓の世界における彼ら〔イングランド中産階級〕の野望は、彼らをして新しい科学、とりわけ機械学と航海の分野における功利的な価値にたいする前向きな関心を育むことになった」とあるが、これはイングランドならではのことであった。そしてこの関心こそが、職人や技術者の仕事にたいするそれなりに高い評価と、大陸諸国には見られない技術者教育への熱意を生み出すことになった。</blockquote>

<blockquote><span style="color:#009933;">3　ジョン・ディー</span>

ディーは1547年から50年までルーヴァンに滞在し、ブリュッセル、アントウェルペン、パリを旅行し、ヘマ・フリシウスやメルカトールやオルテリウスをはじめとする大陸の数理技能者や地理学者の知遇を得ている（オルテリウスはのちに渡英しディーを訪れている）。彼はまたこの旅行で大陸における新しい学問として地図学・航海術・ヘルメス主義・カバラ・機械工学・建築理論を修得した。故国には地理学や地図学についてしかるべき専門知識の所有者がいないと1540年にはディー自身がこぼしていたように、いずれの学問も、その当時のイングランドには根づいていなかった。


地図学にかんして言えば「海上雄飛の栄光の訪れが遅れた英国では、エリザベス一世の時代以前には英国人海図製作者を一人も生みえなかった」のである。ディーはへマの設計した航海用の天体観測機器やメルカトールの製作した地球儀とともに、これらの学問そのものを大陸からイングランドに持ち帰ったのである。しかしディーの数学は、レコードのものと異なり、大陸の新プラトン主義や魔術思想にも通底する一面を有していた。

ディ一によれば事物は「<span style="color:#6666ff;">超自然的なもの</span>」と「<span style="color:#6666ff;">自然的なもの</span>」と「<span style="color:#6666ff;">第三の存在</span>」に分類される。「超自然的なものは、非物質的で純一で不可分で不滅・不変である。自然的なものは物質的で複合的で分解可能で壊れやすく可変である。超自然的なものは精神によってのみ捕捉されるが、自然的なものは外感によって知覚される。超自然的なものにおいては至上の明証性ともっとも確かな叡智が得られるが、自然的なものにおいては概念的な理解と推測がもっぱらである」。明らかに「超自然的なもの」と「自然的なもの」の区別は、プラトンの言う真実在と可感的事物の区別に対応している。


そのさいプラトンは、厳密な学としての数学が適応されるのは前者にたいしてだけであると考えたが、ディーは「第三の存在」として「数学的なもの」を措定する。「数学的なもの」は「超自然的なものと自然的なものの中間にあり」、それ自体は非物質的であるが「知覚しうるより低いもの」。つまり「自然的なもの」にも適用されるのである。この意味においてディーにあっては、感覚によって捉えられる物質世界にたいしても数学が適用可能とされる。


たしかにディーの数学は、一面で数秘術や魔術への傾斜を示していた。とくに当時「魔術師」と広く称されていたネッテスハイムのアグリッパのオカルト哲学の影響は顕著である。それゆえディーは「妖術使い」というあまり芳しくないレッテルを貼られ、そのうえ天使との交信を試みた日記なるものが死後にセンセーショナルに公表されたこともあって、とりわけ啓蒙主義の時代以降には彼の果たした役割はきわめて小さく評価されてきた。

しかし16世紀には、魔術思想そのものが自然界に秘められているもろもろの力、「隠れたカ」の存在と作用を経験的・実験的に調べあげて人間生活に役立てるという、経験主義的で実用主義的な傾向を強めていた。そのうえディーの数学思想は、現実には地図製作や天体観測機器の改良に取り組んでいたへマ・フリシウスやメルカトールといった大陸の数理技能者や航海術にくわしい数学者ペドロ・ヌーネスなどの影響をもつよく受けたものであって、現実的で実践的な側面を大きく有していた。</blockquote>


<span style="color:#6666ff;">ディーの「超自然的なもの」「自然的なもの」「第三の存在」は西欧の考え方をよくあらわしている。「超自然的なもの」は自然を超えた普遍的で、絶対的不可侵である。これは現実を捨象した観念世界のことである。「自然的なもの」は現実の社会、自然を意味する。つまり観念と現実を比べたとき西欧の考えでは観念が重きをなすことになる。
これが現実を捨象した観念（精神、宗教、哲学）が重きをなす西欧の考え方の特徴である。</span>

<blockquote>ディーは、大学が学問の実用的な価値に関心を示さなかった時代にあって、数学的科学の技術的適用の可能性と重要性をいち早く見抜いていたのである。　しかし彼のまなざしは職人や技術者だけに向けられていたのではなかった。彼はこの「数学的序文」を英語で書いたが、その他の著審をラテン語で書いている。ディ一にとっての科学の価値は、ひとえにイングランドの繁栄と国力の増強にとってのものであった。実際、彼は英国王室海軍顧問にしてエリザベス一世のブレーンでもあった。

<img alt="%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E6%BF%80%E3%81%AF.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E6%BF%80%E3%81%AF.jpg" width="300" height="250" />
画像はこちら（<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B6%E3%83%99%E3%82%B91%E4%B8%96">リンク</a>）


とりわけイングランドの帝国主義政策の熱烈な推進論者で、彼はその立場から地理学の進歩と航海術の改良には並々ならぬ関心を寄せていたのである。現実にも彼は、ほば30年間にわたってマルティン・フロビシャーやハンフリ1・ギルバートやウォルター・ローリーといったエリザベス朝イングランドの航海関係者や植民地主義者のアドヴァイザーであり、航海士たちに教育をほどこし、探検航海への助言を与えている。1570年代にくり返し試みられたフロビシャ一による北西航路発見のための航海は、ディーの熱心な勧告と指導によるものであった。
<span style="color:#ff3300;">ディーは『完璧な航海術』を執筆して1577年に出版したが、それはエリザベス一世にたいして、強力な海軍を常備し、領土の拡張をめぎして海外に雄飛する大ブリテン帝国を樹立するように促すための建白書であった。</span></blockquote>

今まで見てきたように科学技術は科学者の真理の追究による純粋な発展ではなく、国家が自国の政治的、経済的、軍事的、資本の拡大と他国の植民地化を果たすための発展に過ぎません。「潮流５　失われた40年」（<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=213681">リンク</a>）にあるように「自由競争・自由市場など幻想」であり、「現実には国家に支えられた市場しか存在しない」のと同様に、近代科学も国家の力によってはじめて発展したのです。


ジェントリの一人と言われている男
<img alt="jenntori.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/jenntori.jpg" width="200" height="258" />
画像はこちら（<a href="http://niki310.blog.so-net.ne.jp/archive/c2301702080-2">リンク</a>）


<span style="color:#ff3300;">イングランドの特徴はジェントリ（特権階級）の成立です。</span>特権階級（閑暇階級）であるジェントリたちが私権獲得のために科学に強く収束したことが後進国であったイギリスで科学が発達し、ニュートンをはじめとする１７世紀科学革命を生み出したのです。


イングランドではヘンリー8世はローマ教会の力を無くすことを目標とする金貸しに唆され、教会からの独立を目指しイングランド国教会を作りました。しかしその新教も王の指導力が揮わず、衰退していきます。<span style="color:#ff3300;">国が財政危機に陥ると修道院領を接収して、その土地地主達に売り払いました。売り払った土地の持ち主達が後のジェントリです。また、ジェントリたちは羊毛生産のために農民の共有地や開放耕地を没収し、自らの所有地としていきました。第一次囲い込み（エンクロージャー）と呼ばれますが、その結果、貧農たちは生活の基盤を失い、賃金で雇われる以外に生きる術をなくし、大量の賃金労働者を生み出しました。これがイギリスで工業生産が発展する土台となります。</span>


エリザベス1世が登場し、もう一度国教会に勢力を集中し、カトリック教会とのバランスを保つようにしました。そして更にこの当時羊毛の毛織物工業が盛んになり、土地を持っている地主達は一気に稼ぎを得ることになります。そのジェントリ達と手を組み、国家が一丸となって他国に負けない科学発展。そして遅れを取っていた他国を超える軍事力、政治力、経済力つけていきました。金貸したちが目標とした教会の力の及ばない工業、商業中心の発展が実現した。資本を増やしていったジェントリ達は貴族と同等の力を持ち、国家をも脅かすほどの勢力となった。
参考：貴族と新興ジェントリー（<a href="http://www.fukuoka-edu.ac.jp/~tamaki/joyama/joyama99/99nsgc1.htm">リンク</a>）


参考：「実現論：序２（上）　現実に社会を動かしてきた中核勢力」（<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=256054">リンク</a>）
<blockquote>市場社会では、金貸しが、官僚を支配し、教団に変わって登場した学者とマスコミを支配し、そして官僚機構が大衆を法制支配し、教宣機関(大学・マスコミ)が大衆を共認支配している。
こうして見ると、古代と近代では、社会統合と大衆支配の仕組みは、基本的にはまったく同じであり、ただ統合力＝制覇力が、武力から資力に変わっただけである。
要するに、力の頂点に君臨する金貸しが、政治家や官僚や学者やマスコミ等の統合階級を支配し、その統合階級が大衆を法制支配＋共認支配しているというのが、現代社会の基本構造である。</blockquote>

武力支配時代の支配構造は、お飾りの王侯貴族－実権を握る神官と官僚－庶民という構造ですが、市場時代の支配構造は、影に隠れた金貸し－政治家や官僚や学者やマスコミ等の統合階級－庶民という構造です。
１６世紀イギリスのジェントリとは、この政治家や官僚や学者やマスコミの原型です。つまり、この段階で既にジェントリたちは金貸しに支配されていると考えてよいでしょう。


<span style="color:#ff3300;">実際、このジェントリたちを支持基盤として１７世紀イギリスの民主革命が実現します。ジェントリを支持基盤として成立したのがホイッグ党（後の保守党）である（対抗するのがトーリー＝王党派）、１６８８年名誉革命後も、大地主や大貿易商を背景とするホイッグ党の優位が続き、イギリス帝国の拡大を目指す重商主義政策が展開されました。</span>
このことも、イギリスの特権階級ジェントリたちが金貸しの手先と化しており、金貸しとジェントリたちを主勢力として、１７世紀イギリスの民主革命が実現したことを示唆しています。


つまり、<span style="color:#ff3300;">イギリスこそ、影に隠れた金貸し－政治家や官僚や学者やマスコミ等の統合階級－庶民という、市場時代の支配構造を完成させた国家です。これが「国民国家」と呼ばれるものの正体です。そして、特権階級ジェントリたちが自らの私権獲得という目的と国力の増強という目的を重ね合わせ、科学技術に強力に収束していった。
これが１６世紀まで後進国であったイギリスが、世界の覇権国家になっていった理由ではないでしょうか。</span>

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   <title>12/29なんでや劇場レポート（１）～私権時代の観念追求は、大衆を観念統合するためのものだった～</title>
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   <id>tag:www.sayuu.net,2012:/blog//1.2202</id>
   
   <published>2012-01-25T11:53:53Z</published>
   <updated>2012-01-25T14:06:49Z</updated>
   
   <summary>オバマ大統領就任演説 9/18から類グループで始まった、なんでや劇場実現論序｢共同体社会の実現に向けて｣研修会。 前回は11/27開催のレポートを、4回に亘って紹介しました 。 （１）集団は外圧に適応するためにあるが、その核を成すのは雌雄の性引力である （２）人類の婚姻制もみんなの最大期待(⇒統合軸)によって規定される （３）共同体とは何か？社員の充足を第一とするのが共同体である （４）共同体的企業の中身とその構造化⇒その本命は？ 今回からは、年末の12/29に行われたなんでや劇場レポート新シリーズより、共同企業体ネットワークの紐帯となり、共認社会実現のための概念装置となる「新理論」構築の可能性がどこにあるのか、３回に亘って扱って見たいと思います。 （１）	私権時代の観念追求の構造 （２）	理論追求忌避の原因分析 （３）	庶民発の新しい観念の登場 　 そこで今回は理論構築の要である観念機能をどのように獲得し、使ってきたのか、原始人類まで歴史を遡ってその構造について詳しく見ていきたいと思います。 いつも応援ありがとうございます。   ...</summary>
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      <name>aruih</name>
      
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      <![CDATA[<a href="prekami.blog24.fc2.com/blog-entry-14.html">オバマ大統領就任演説</a>
<a href="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E6%BC%94%E8%AA%AC.jpg"><img alt="%E6%BC%94%E8%AA%AC.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E6%BC%94%E8%AA%AC-thumb.jpg" width="495" height="299" /></a>

9/18から類グループで始まった、なんでや劇場実現論序<span style="color:#6666ff;">｢共同体社会の実現に向けて｣</span>研修会。
前回は11/27開催のレポートを、4回に亘って紹介しました 。

<a href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002184.html">（１）集団は外圧に適応するためにあるが、その核を成すのは雌雄の性引力である</a>
<a href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002185.html">（２）人類の婚姻制もみんなの最大期待(⇒統合軸)によって規定される</a>
<a href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002195.html">（３）共同体とは何か？社員の充足を第一とするのが共同体である</a>
<a href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002200.html">（４）共同体的企業の中身とその構造化⇒その本命は？</a>

今回からは、年末の12/29に行われた<span style="color:#6666ff;">なんでや劇場レポート</span>新シリーズより、共同企業体ネットワークの紐帯となり、共認社会実現のための概念装置となる「新理論」構築の可能性がどこにあるのか、３回に亘って扱って見たいと思います。
（１）	私権時代の観念追求の構造
（２）	理論追求忌避の原因分析
（３）	庶民発の新しい観念の登場
　
そこで今回は理論構築の要である観念機能をどのように獲得し、使ってきたのか、原始人類まで歴史を遡ってその構造について詳しく見ていきたいと思います。

いつも応援ありがとうございます。

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      <![CDATA[‘70年貧困が消滅して以降、官僚も学者も政治家もどんどん目先化してきました。その結果が、人類滅亡の危機に瀕する現在のどん詰まりの社会です。大衆の無思考・無追求は強くなる一方ですし、観念思考のプロである学者・文人・ジャーナリストや官僚たちも、既成理論を小手先で弄繰り回すことに終始しており、大理論の構築に取り組む者はどこにもいないのが現状です。

<blockquote><a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=260328">12/29なんでや劇場１　私権時代の観念追求は、大衆を観念統合するためのものだったより</a>

現在、<span style="color:#ff3300;">観念追求力はとことんまで衰弱</span>している。<span style="color:#ff3300;">このままでは人類は滅亡</span>する。では、何故、こんなことになってしまったのか？ 

まず、<span style="color:#ff3300;">歴史上、ここまで観念追求力が衰弱した時代はあったのか？</span>この問題を解くには史的構造論が必要である。

●<span style="color:#ff3300;">原始人類は圧倒的な自然圧力を前にして</span>、本能・共認回路を使って自然との対話を試み、<span style="color:#ff3300;">観念原回路(精霊信仰)をつくった</span>。観念回路は未だ形成されていない段階のことだから、観念原回路も言葉で追求してできた訳ではない。<span style="color:#ff3300;">原始人類は本能・共認回路だけを使って観念機能を作り上げた</span>のである。
その後も洞窟に隠れ住んでいた原始人類にとっては、<span style="color:#ff3300;">予知能力が追求力の全て</span>であり、そこでは本能・共認機能を使って状況を読んでいるわけであって、<span style="color:#ff3300;">観念(言葉)を使って追求している訳ではない</span>。

●<span style="color:#ff3300;">その後、6000～5000年前</span>になり、部族間の同類闘争の緊張圧力が高まると<span style="color:#ff3300;">神話が登場</span>する。
部族内で何世代にも亙って塗り重ねられて言葉化されたのが神話であるが、<span style="color:#ff3300;">それを作ったのは専任化されたシャーマン(プロ)である</span>。
5000年前頃戦争が始まる前の共同体のリーダーはシャーマンであった。この時代の<span style="color:#ff3300;">集団統合の要は武力ではなく予知能力</span>であり、だからこそ<span style="color:#ff3300;">シャーマンが集団の統合者</span>となったのである。つまり、統合者自身が神話を作っていたのであって、この時代の神話の必要は専ら集団統合の必要からである。だからこそ<span style="color:#ff3300;">神話は、部族集団の統合機能に加えて、集団の成員の解脱充足機能も併せ持っている</span>のであるが、そこでも<span style="color:#ff3300;">シャーマンたちは</span>本能・共認機能を使って状況を読んでいることには変わりなく、<span style="color:#ff3300;">観念(言葉)を使って追求している訳ではない</span>。</blockquote>

<a href="http://www.sayuu.net/blog/img2011/fura.JPG"><img alt="fura.JPG" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/fura-thumb.JPG" width="500" height="182" /></a>

＊6000～5000年前の神話の例：ハワイのフラ→<a href="http://blog.livedoor.jp/iiotokoiionna/archives/51996763.html">詳しくはこちらへ</a>
以上、見てきたように、原始時代から神話の時代までは、本能・共認機能を使って状況を読んでいるわけであって、観念（言葉）を使って追求していた訳ではないことが分かります。

<blockquote>●<span style="color:#ff3300;">私権時代</span>になると、<span style="color:#ff3300;">観念追求の構造</span>は次のようになる。

【１】<span style="color:#ff3300;">国家を統合するために法制化</span>が必要となり、そのための観念追求がなされる。例えば、規範を観念化した儒教やイスラム教などがそれに当たる。これは統合階級発の観念需要、つまり<span style="color:#ff3300;">大衆を観念統合する必要という観念需要があって、それに応えて観念追求が行われた</span>ものである。
（観念需要があってはじめて観念追求が行われる。）

【２】<span style="color:#ff3300;">一方、庶民発の観念需要</span>もある。庶民の救い期待に応えたのがキリスト教をはじめとする宗教であり、庶民の解脱欠乏に応えたのが文芸である。広義には救い期待も解脱需要だから、庶民発は解脱観念需要である。
この<span style="color:#ff3300;">庶民の解脱需要発の観念追求が</span>一部の庶民によって行われたが、それが広まると国家統合の手段として取り込まれてゆき、彼らは<span style="color:#ff3300;">僧侶や学者や文人などの統合階級(観念思考のプロ)となっていった</span>。

また、<span style="color:#ff3300;">現実の問題or変革には解脱や救いは無関係</span>である。例えば、非存在に救いを求めるしかなかったが故に宗教が登場したのであって、宗教はそもそも始めから現実を対象化していない＝変革する気はない。
<span style="color:#ff3300;">現実に関係するのは国家統合するための観念だけ</span>である。<span style="color:#ff3300;">私権時代は</span>、現実世界に必要な観念は、<span style="color:#ff3300;">大衆を観念統合するための観念しか追求されなかった</span>のである。

<u>これが私権時代前半(武力支配時代)の観念追求の構造</u>である。</blockquote>

以上のように、私権時代前半の武力支配時代は専ら国家を統合するための法制化の必要から観念追求がなされ、
統合階級発の観念需要、つまり大衆を観念統合する必要という観念需要から、それに応えて観念追求が行われていたことが分かります。以下の図解も参照してください。

■統合者発の観念追求の構造（図解）
<img alt="%E5%9B%B3.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E5%9B%B3.jpg" width="480" height="448" />


<blockquote><span style="color:#ff3300;">私権時代後半(市場時代)</span>になると、金貸しが芸術家から学者を支配して近代思想が作り出され、さらにマスコミを使って<span style="color:#ff3300;">庶民は近代思想に完全に支配されることになった</span>。今や、金貸し発の支配観念で以って人々の頭が100％覆い尽くされている。

このように、<span style="color:#ff3300;">言葉を使った観念思考は</span>、主要には<span style="color:#ff3300;">国家を統合するための法制の必要</span>(加えて、大衆を観念統合するための解脱観念の必要)<span style="color:#ff3300;">から登場</span>したものであり、<span style="color:#ff3300;">観念追求の歴史は3000～4000年程度しかない</span>ことになる。そこでは専ら、<span style="color:#ff3300;">大衆を支配する道具として観念が追求され</span>、現代は100％そうである。

だとすると、そもそも、観念は人類にとって必要なのか？という根本的な疑問が浮上する。</blockquote>

私権時代も後半（市場時代）になると、金貸しによる芸術家から学者、マスコミに至るまで完全支配が成就し、庶民もこの近代思想に完全に支配されることになってしまったことが分かります。

しかし、この観念追求の歴史は3,000～4,000年程度しかないわけで、そもそも、観念は人類にとって必要なのか？という根本的な疑問が浮上することになります。

次回は、上記の根本的な疑問の追求・解答と、理論追求忌避の原因について見ていきたいと思います。
いつも応援ありがとうございます。

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   </content>
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   <title>カタカムナに学ぶ～性の本来性（男と女は充たし合うためにある）～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002196.html" />
   <id>tag:www.sayuu.net,2012:/blog//1.2196</id>
   
   <published>2012-01-24T12:30:38Z</published>
   <updated>2012-01-24T13:59:49Z</updated>
   
   <summary>「カタカムナに学ぶ～電子を与える太陽・イヤシロチ、電子を奪う放射線・ケカレチ」では、次のことを提起しました。 イヤシロチ（還元電圧の環境）は陽の土地であり、波長の長い電磁波に満ちている環境であり、 ケカレチ（酸化電圧の環境）は陰の土地であり、波長の短い電磁波に満ちている環境である。 ・・・電子を外界から大量に与えられる超優良のイヤシロチでは、極論すれば、何も食べなくても外界から電子が与えられるので、生きてゆくことも可能になる。  今回も、カタカムナ人が観た男女、本来のナリ（本性）とは一体何なのか？について追究します。今回は性についての追求です。 写真はリンクよりお借りしました...</summary>
   <author>
      <name>ihiro</name>
      
   </author>
         <category term="13.認識論・科学論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sayuu.net/blog/">
      <![CDATA[<a href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002198.html">「カタカムナに学ぶ～電子を与える太陽・イヤシロチ、電子を奪う放射線・ケカレチ」</a>では、次のことを提起しました。

イヤシロチ（還元電圧の環境）は陽の土地であり、波長の長い電磁波に満ちている環境であり、
ケカレチ（酸化電圧の環境）は陰の土地であり、波長の短い電磁波に満ちている環境である。
・・・電子を外界から大量に与えられる超優良のイヤシロチでは、極論すれば、何も食べなくても外界から電子が与えられるので、生きてゆくことも可能になる。 


今回も、カタカムナ人が観た男女、本来のナリ（本性）とは一体何なのか？について追究します。今回は性についての追求です。


<img alt="kabekami_080802_003s.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/kabekami_080802_003s.jpg" width="360" height="200" />
写真は<a href="http://hdphoto.blog102.fc2.com/blog-category-3.html">リンク</a>よりお借りしました



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      <![CDATA[<blockquote>　第三十四句

カムナガラ　　カムミカシコミ

アガメアフ　　ヤワセノマツリ

イツキノリ　　アマウツシミチ

イヤミソギ

<strong>　この句の概要の意味は、『カムナガラ』　和楽（ヤワセ）を求める多くの男女の集り（マツリ）に於て、互ひにカムミを尊重し尊敬し合う（カシコミ）よろこびを希求する事は（イツキノリ）、生命の代謝物である電子正孔（サヌキ　アワ）を、身体に、活性に収着させる（イヤミソギ）、アマウツシの有効な方法（ミチ）である。』</strong>

（ヤワセノマツリ）
　「ヤワセ」とは「セ」を「ワ」する意で、「セ」とは、セく（急く、塞く、堰く、咳く）、セセこましい、セセらぎ、セセる、セまる、等の用語に感じられる思念であり、ヤワセとは、「セ」をやわらげ和合する意である。「マツリ」とは、「マが個々（ツ）に分れた（リ）を集める」といふ思念から、後世の、神々や人々を集めてマツル、「祭」の意味が出てくる。

▼人の生死や結婚などの際に、集合して和楽を共にしたい気持は誰にでもあるが、ヤワセノマツリのサトシは、人々のその気持ちを、積極的に、アマウツシをうけるイツキのイノリに結びつけたものである。<span style="color:#CC6600;">則ち男女の異性のマツリ（集ること）が、カムミのサヌキ　アワを活性に起励し誘発する、アマ　ウツシの方法であるといふ物理を彼らは知って居た。別の歌詞には「オメタグヒ」と言って居る。彼らはその時の男女の接触の快よい恍惚感を最高の幸福とし、それが、互ひの生気を増大し、心身の健康を保つ、最も有効なアマウツシのおかげである事を感じて居たのである。</span>（このようなカタカムナ以来の（マツリ）の考へ方が、後代、南方・西方等からの異民族の文化と混合して、様々の、農耕に附随する行事や風習となって今日に至ったものであらう……。）

　〈カムミ　カシコミ〉
　<span style="color:#CC6600;">「カシコミ」とは、威儀を正して畏敬し、尊重することであるが、人体に於いて、カムミを保有する密度の最も濃い場所は、男女の性器にある、といふ感得から、カシコネとかサヌキアワといふ言葉は、雌雄性器をさす意味にも使はれる。</span>
　（アガメ　アフ）
　「アガメ」とは崇め尊ぶ意、「アフ」とは仰ぐ意から、尊敬し合ふ意にもなる。


▼既に述べた通り、男女に、互ひに相手を尊重する気持（カシコミ）がないと、力で征服し、生存の為に隷従する、といふ、次元の低い関係になり、真の和楽（ヤワセ）はあり得ない。上古代には、女性の数が少なかったので、このサトシは、非常に深い思慮に基くものであった事が伺はれるのである。則ち男女の、異性を求める生理的衝動の情念を、直接性器そのものへの興味に向はせず、「カムミ」に対する認識と、至烈な願望へ導き、人々の良識的な通念を、人間の性情や機能の向上の方向へむけることで、古代社会にありがちであった動物的な混交を抑止し、人間社会の在り方の基盤（カガミ）を示したものと考へられる。

▼習性（セックス）の問題をはじめ、万事にあまりにも人間的歪み（反自然行為）の甚しくなった現代の社会状勢を見なれた目に、このようなカタカムナのサトシは、あまりにも浮世ばなれの昔語りとうつるかもしれない。しかし、この事はむつかしく考へるまでもなく、例へば現代でも、生活条件のきびしい開拓地などでは、女性が少く、且つ女性ばかり、又男性ばかりで集っても、「和楽」は無いことを人々は知って居る。つまり、女同士男同士ではケナシあひ、ケンカになるところも、<span style="color:#CC6600;">異性なら、蓼喰ふ虫も好き好きで、文句なしに和らぐ（ヤワセ）のである。人々は無意識の裡に、男女和楽の集り（マツリ）を求めて、互ひに生命の代謝物である電子正孔（サヌキ　アワの電気粒子）を、活性にアマウツシする大きな効果を実践しで居るわけである。</span>

　ただし、男女の和合和楽とか、男女の接触といっても、カタカムナ人の場合は、現代人の想像するような「性行為」を意味するものでは無い。この、上古代人の「性」に関する「神聖（カシコミ）」の観念は、彼らの心情を解する上に重要なポイントである。用語がないので、「神聖」とでもいふしかないのであるが、最高の畏敬の念を意味する「カシコミ」といふ言葉が、則ち、最も人間の畏敬すべきモノの宿る場としての「カシコネ（男女性器）」といふ言葉となって居るこの事実は、現代人には、異様にうつるかもしれない。
　


▼現代人の「セックス」と古代人の「性」　　
カタカムナ人の直観によれば、個体の保全の上に、一刻も欠かせぬ、何よりも必要な、生命の根元ともいふべきものが、サヌキ　アワのカムミ（正反電気）であり、それを最も活性に身にうけるアマウツシが、個体にとって最も快感（良い気持）を感じる事であり、異性の接触が、その最も有効な方法であるからこそ、それは生物にめぐまれた最大の恩恵であり、その故に、何よりも有難く、神聖な、カシコムベきものなのである。

　これに対し、現代人が「セックス」とよぶ性行為は、カタカムナのサトリによれば「性」の本性（ナリ）の一面にすぎない。子孫を残す為の性行為にも亦快感を伴ふが、それは、個体にとっては、逆に生気を消耗させるものであるから、当然節度がなければならぬ。（自然の生物では限られた期間しか発情しない。）<span style="color:#CC6600;">したがって、「性」といふものの本来性をサトれば、生気増大のアマウツシを得る男女の和楽は、何の憚るところもなく、大いに求め合い、与へあふ事が望ましく、異性の接触を願う本能は決して所謂「エッチ」の故ではなかった事がわかるであらう。</span>そしてそれを、神聖な、イツキのイノリの本来のスガタに基づくものと考へた、上古代人の気持も頷かれて来る。そして、反対に、生気消耗の性行為の方は、おのづから慎む態度になる筈である。



▼「古代人は性器を神聖なものとして拝んだ」と言って性器の形をした遺物を示す者も居る。しかし、現代人には、あまり説得力を持たない。どうして昔の人は性器を神聖視して拝む気持ちをもって居たのか？……。そのわけが本当に説明されたのなら、それらの遺物にこめられた古代人の思想も、より正しく、我々に伝はるに違ひなからう。
　今の人の心を打つほどの事でなければ、昔の人の心をも動かす事はできなかった筈である。自分の生命や、性や、食のような問題に関する直感は、今の人も昔の人も、基本的には変るものではない筈である。

　<span style="color:#CC6600;">人間的な猥雑感情に汚されて純真さを失った後代人には、羨しい限りのスナホさで、彼らは「性の栄養」を享受して居たと考へられる。気の合ふ異性が身近に接する事で、最も能率よく電気を発生し、生気を増す現象は、半導体物質に共通の相似象であり、それは、子孫を残す為に必要な性行為とは異る、「天与の健康法」である。</span>そして、今日殊に問題となって居る、子女の性教育に関して、オトナの側がふまへるべき指針として、このカタカムチムナ人の「性」のサトリ以上のものは考へられぬであらう。そして又現代の我々と雖も、<span style="color:#CC6600;"><strong>一たびこの「性」の物理をサトリさへすれば、彼らと同じような純真さをとりもどすことが出来よう。</strong></span>

▼なほ、第三十句では「ムツミ　カシコネ」と歌はれ、ここでは「カムミ、カシコネ」とある。思ふに、「カシコネ（雌雄性器）のムツミ（親睦）」は、生物一般の自然のスガタであるが、「カムミをカシコム」といふ認識は、人間だけのものであらう。畏敬（カシコミ）の対象がカムミに向へば、人間の文化は向上する。しかし、対象を見誤まれば、畏敬の意識をもたぬ他の動物よりも、「ケモノ臭く」なるであらう。

　「畏敬の対象」を、個人や偶像や物質に向ける事の効果と弊害を、我々は歴史上に多く見て来た。その意味で、「カシコミ」の対象を、人間的なスケールにおかず、ひたすら「カムミ」に向かはせ、「カムミ」について考へる（カムカヘル）事を、最高の人間のミチとした、カタカムナの教への高度さがしのばれるのであるが、更にそれが、後代に展開した宗教や哲学の類と根本的に異なるところは、その「カム」なるものが、単なる観念的、形而上学的、心情的なアイマイなものではなく、上古代人の鋭い直観によって把握された、「実在の潜象」である為に、その物性物理（コトワリ）が、極めて明晰に示されて居る点である。（電気にも男と女則ちサヌキとアワがあるといふ彼らの直観は、現代科学によって証明されて居るように、上古代人の直観のマトモさは、最新の理学によって、徐々に裏書きされ始めて居る。

　<span style="color:#CC6600;">「アマ－カムの対向」の相似象として、めいめいが自分の配偶のサヅカリを希求し、夫は妻に「アマ」を見、妻は夫に「カム」を見る気持で結ばれた人々が、相手を互ひに尊重する感情になるのは当然である。それは現代人の人権思想や男女同権思想とは異質ながら、どの「民族の根」にもある、スナホな相（スガタ）に通じるものである。</span>

▼「カムナガラノミチ」は、人々の実際の体得に重きを置き「独学」の方法を教へて居る。則ち、学問的智識を人々に供与することを目的とするものではなく、人々の直観性能やその基盤となる感受性を養ふ目的で創造された、「実践」を主とする教示である。しかしその教へ方は、従来の宗教の教祖のような個人的な魅力を以て、無条件的に信じさせるといふやり方ではなく、人々が、めいめいの心に納得して、その教へを実行する気持になる事を最も尊重した。そこで、その為に必要な基本の智識（宇宙のコトワリ）を、表象物やウタに托して示したのであってそれは、あくまで智的理解にとどむべきものではなく、人々に、天然宇宙の相（スガタ）の相似象としての感得を、めいめいに、自得させる為であったと考へられる。当時の人々のような生物体覚を失った我々には、彼らの教示を、そのまま消化する事は難しいが、しかし、彼らの創造した実践方法は、現代の我々にとっても、非常に有効である事を私達は実験実習により確めて居る。心ある読者は、以下に述べる方法を実行して、我々の遠い祖先の貴重な文化遺産を、活用する気特になって頂きたい。

　なお、日本の「マツリ」については、海外の人々が、その特殊性に気がつき出して居る。我々も「マツリ」の意味の根本を忘れて、単に伝統保存の立前から昔の祭礼や、芸能の復元を奨励するのでは不充分である。「マツリ」の「カミ」をたどり、カタカムナの上古代人の真意を、再認識すべきである。</blockquote>



以上の内容を、簡単にまとめると

<strong>①男女の異性のマツリ（集ること）が、カムミのサヌキ　アワ（生命の代謝物である電子正孔）を活性化・誘発する、アマ　ウツシの方法であるという物理を彼らは知って居た。</strong>

<strong>②お互いに畏敬しあう異性が身近に接する事で、最も能率よく電気を発生し、生気を増す現象は、半導体物質に共通の相似象であり、それは、子孫を残す為に必要な性行為とは異る、「天与の健康法」であること。</strong>

<strong>③「アマ－カムの対向」の相似象として、めいめいが自分の配偶のサヅカリを希求し、夫は妻に「アマ」を見、妻は夫に「カム」を見る気持で結ばれていたこと。</strong>


これは一言でいえば、チャネリングセックスだと思った。AV監督の巨匠、代々木忠が非常に近い意味のことを言っているように思う。

<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=77769 ">チャネリングセックスとは、どのようなものか？</a>　るいネット より
<blockquote><span style="color:#CC6600;">男のオーガズムと女のオーガズムは、ちょうど合わせ鏡のようなものである。そして、実はこの波動が伝わり合うこと、それがチャネリングなのである。</span>オーガズムに至るSEXでは、その過程で必ずチャネリングが起こっている。

<span style="color:#CC6600;">男と女は、もともと一つのものが分かれたのではないか、と私は思う。だからSEXとは見方を変えれば、分かれた二つのものが一つに戻ろうとする行為とも言える。分かれた際、男は男的なる部分を、女は女的なる部分をたくさん持つことになった。それぞれ自分に足りない部分、つまり男は女的なる部分を、女は男的なる部分を求めてしまう。しかし、お互いが求め合ってもそれが得られないのは、すでに述べたとおりである。自分に足りない部分を相手から補って等分にしようとするのではなく、自分に多い部分を相手に与えて等分にしようとしたとき、二つに分かれてしまったものは元の一つに戻ることができる。そこには自分という名のエゴのバリアもない。</span>

さて、このチャネリングがだれにでも体験できるのかという問題だが、チャネリングは決してある特別な能力を持った人だけのものではない。だれでも体験しようと思えばできるのである。ただ、制度の世界のしがらみが捨てられないことには少々むずかしい。頭の中をカラッポにして、なにもかも捨てて自然体になることが必要だ。</blockquote>

彼の言う波動とは、カタカムナ文献の言う電子の伝達。それが伝わることがチャネリング。
またセックスで宇宙を見るというのも、相手に「アマ」「カム」を見、その結果一体化するということなのだろう。 

代々忠は、チャネリングするためには、頭をカラッポにして、自然体になることと言っている。でもそう言われても、なかなか出来そうにもない。


カタカムナの教えでは、以下のように言っている。
＞「カシコミ」の対象を、人間的なスケールにおかず、ひたすら「カムミ」に向かはせ、「カムミ」について考へる（カムカヘル）事
＞夫は妻に「アマ」を見、妻は夫に「カム」を見る気持


つまり畏敬の対象を目に見えない生命の代謝物「カムミ」に向かわせ、そして相手の背後に宇宙の根源：アマーカムを見る気持ちが、自然な姿としている。・・・カタカムナは、男女は、根源的な宇宙を構成するアマーカムの相事象であることを教えてくれている。・・・そう思ったらチャネリングも自然にできるのではないだろうか？


また、カタカムナの文献では、男女の異性のマツリ（集ること）が、アマウツシの方法であると言っている。それはチャネリングとどういう関係にあるのだろうか？1対1ではないのだろうか？ 

<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=100&c=1&t=7">『実現論』「前史ト.人類の雌雄分化と人類の弱点」</a>には、次のようにある。
<blockquote>樹上機能を失い、絶望的な状況下に置かれたカタワのサル＝人類が、その極限時代五〇〇万年間を生き延びることが出来たのは、性と踊りをはじめとする強力な解脱充足回路を形成し得たからであり、もしそれがなければ、人類は生きる希望を失って早々に絶滅していたであろう。</blockquote>
このように、<span style="color:#CC6600;">人類にとって性とは充足源（活力源）であり、文字通り、みんなの生きる希望の源</span>である。カタカムナ文献からも、そのことが伺える。<span style="color:#CC6600;">男と女は充たし合うためにあるのだ。</span>


また、るいネットに次のような投稿があった。
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=259625">人類の婚姻制もみんなの最大期待（⇒統合軸）によって規定される</a>より

<blockquote><span style="color:#CC6600;">つまり、人類集団のみんなの最大期待は精霊信仰であり、それは宇宙や自然の声を感じ取り、宇宙と一体化する行為である。・・・・</span>

<span style="color:#CC6600;">そこでの婚姻制度は、チャネリング能力を前提とした全員婚（共時婚）であっただろう。
∵チャネリングSEXでは意識の持ち様で何にでも同化することが可能である。極限時代は、チャネリングSEXによる性的エクスタシーを媒介にして全員が宇宙に意識を向け、宇宙との交信を試みたのではないだろうか。</span>
採集部族の群婚もグループごとの全員婚であり、極限時代の全員婚の名残だと考えられる。</blockquote>

つまり、カタカムナの時代も全員婚でチャネリングを行い、それによって異性と同化しお互いに、エネルギーを分かち合うと共に、宇宙との交信を試みていたのだ。そしてそのチャネリング回路は、採集部族の末裔である我々日本人にも残っている。
バブル・金融崩壊や原発事故で旧価値観がどんどん崩壊していく今日、この極めて鋭く、かつ原始的な感性・活力源が、旧価値の崩壊と同時進行的に、日本人の中に甦りつつあるのではないだろうか。


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   <title>共同体社会の実現に向けて－１７　～実現論序５．破局後の経済は？その時、秩序は維持できるのか？(その２) ～ 国債暴落→リセット後の世界経済</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002194.html" />
   <id>tag:www.sayuu.net,2012:/blog//1.2194</id>
   
   <published>2012-01-20T10:29:44Z</published>
   <updated>2012-01-20T11:29:01Z</updated>
   
   <summary>みなさん、こんばんは。 前回は、実物経済をあらかじめ押さえておいたうえで日本国債を含む全世界の国債暴落を企て、貨幣経済を故意に破綻させて、自分たちをのぞく全人類を貧困に陥れようとしている金貸しの思惑を見てきました。 金貸し自ら、散々甘い汁を吸ってきた貨幣経済＝賭場ですが、これが膨張しすぎて手に負えなくなってきたので、元手はキープしておいて店じまいし、新たな博打場を開こうぜ、ということですね。 そんなにうまく行くのでしょうか？ 今回は、具体的に・かつ詳細に予測しながら、金貸しの思惑が実現するのかどうかを検証してゆきます。 まずは、いつものように応援よろしくお願いします。    ありがとうございます :P    第１回ビルダーバーグ会議。主要な金貸しが出席し、今も密かに行われるこの会議。何が議論されているのか？...</summary>
   <author>
      <name>ohmori</name>
      
   </author>
         <category term="06.経済破局の行方" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sayuu.net/blog/">
      <![CDATA[みなさん、こんばんは。
前回は、実物経済をあらかじめ押さえておいたうえで日本国債を含む全世界の国債暴落を企て、貨幣経済を故意に破綻させて、自分たちをのぞく全人類を貧困に陥れようとしている金貸しの思惑を見てきました。
金貸し自ら、散々甘い汁を吸ってきた貨幣経済＝賭場ですが、これが膨張しすぎて手に負えなくなってきたので、元手はキープしておいて店じまいし、新たな博打場を開こうぜ、ということですね。
そんなにうまく行くのでしょうか？
今回は、具体的に・かつ詳細に予測しながら、金貸しの思惑が実現するのかどうかを検証してゆきます。

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ありがとうございます :P 

<center><img alt="%E3%83%93%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B0.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E3%83%93%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B0.jpg" width="450" height="298" /> </center>
<center><span style="font-size:70%;">第１回ビルダーバーグ会議。主要な金貸しが出席し、今も密かに行われるこの会議。何が議論されているのか？</span></center>]]>
      <![CDATA[<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=100&c=0&t=5">【国債暴落→リセット後の世界経済】</a>より引用してゆきます。

<blockquote>
<b>では、その場合、世界経済はどうなるのか？大胆に予測して見よう。米国債のデフォルトを皮切りに、世界中の国債が暴落すると、まずパニック買いや銀行取付騒ぎが始まり、デフォルトから１～２週間で預金封鎖が強行される(但し、ex月50万円までは引き出し可)。</b>

<b>国債暴落とは貨幣価値の暴落と同義であり、あらゆる物価が２倍→３倍→５倍と跳ね上がっていく。この超インフレ状態が、１～２ヶ月続くだろう。
この期間、旧貨幣価値の崩壊を目論む金貸しにとって重要なのは、紙幣が紙屑化すると人々に思わせることである。そのために物価が日毎に上昇してゆく超インフレが演出される。預金封鎖も紙幣を紙屑化するための一手段であり、それによって人々の貯金は霞のように消えてしまったも同然となる。</b>
</blockquote>

 <center><img alt="%E5%8F%96%E4%BB%98%E9%A8%92%E3%81%8E.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E5%8F%96%E4%BB%98%E9%A8%92%E3%81%8E.jpg" width="400" height="283" />　</center><center><span style="font-size:70%;">取り付け騒ぎで大混乱</span></center>

金貸し達が狙っているのは、現状の金融経済の崩壊。
そのために世界中の国債を暴落させ、紙幣を紙屑化しようとしているようです。

国債が暴落すると、その国の経済的信用は失墜するため、通貨もつられて暴落します。
日ごろ使用している通貨価値が見る見るうちに下落していくのを目の当たりにした国民や企業は、所有しているお金を少しでも早く実物に替えたくなります。
<span style="color:#ff3300;"><span style="color:#ff3300;">こうして銀行の預金引き出しが集中＝取り付け騒ぎが起こるのです。</span></span>また、取り付け騒ぎによる大混乱を抑止するため、金融機関や政府が預金封鎖することも大いに考えられます。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

<span style="color:#ff3300;">ここで『預金封鎖も紙幣を紙屑化する一手段』とありますが、どういうことでしょうか？</span>
実は、過去にも<b>預金封鎖→通貨の無効化</b>が行われたことがありました。それも、なんと日本でです。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%90%E9%87%91%E5%B0%81%E9%8E%96#.E6.94.BF.E5.BA.9C.E3.81.AB.E3.82.88.E3.82.8B.E9.A0.90.E9.87.91.E5.B0.81.E9.8E.96">政府による預金封鎖</a>（Wikipediaより）
<b>政府において、財政が破綻寸前になった場合、銀行預金などの国民の資産を把握して、資産に対して税金を掛けて政府収入にあてることで、破綻から免れようとすることがある。その際には、通貨切替などをした上で、旧通貨を無効にして旧通貨を金融機関に回収させる方法がとられることがあり、この場合にも預金封鎖が行われる。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　


日本では1946年の新円切替の際にこの方法が実施された。この預金封鎖においては第一封鎖預金と第二封鎖預金に分けられ、最終的に第二封鎖預金は切り捨てられる形となった。</b>
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
<span style="color:#ff3300;">なんと、新円への切替のために預金封鎖が行われていたのですね。</span>今回の作戦にもこの手法が採られると考えられます。
また、こちらのサイトでは、戦後日本のハイパーインフレについて分析されていますので参考にしてください。

<a href="http://www.financial-j.net/blog/2011/09/001687.html">『経済が破綻したらどうなる？』１．～戦後日本のハイパーインフレ時はどうだったの？～</a>
<a href="http://www.financial-j.net/blog/2011/09/001691.html">『経済が破綻したらどうなる？』２．～預金封鎖と新円切替：金融緊急措置の失敗～</a>

<blockquote>

<b>そういう状況に追い込んでおいて、１～３ヶ月後に世界中で一斉に新紙幣が発行される。ここで、旧紙幣は新紙幣とは交換不可とすることで、旧紙幣は完全に紙クズになる。
(※新１：旧100といった低い交換比率でも、交換される限りは通貨単位が変わるだけ、つまり単なるデノミと同じで、それでは何も変わらない。)
交換不可とすることで、国債をはじめCDS債権etcあらゆる貸借関係は消滅する。
旧紙幣や旧国債の価値はゼロとなるが、企業の銀行借入や家計のローンetc全ての借金もゼロとなる。
同時に、新紙幣を配給する。たとえば、国民１人当たり100万円程度、企業には時価総額の１割相当が配給される。(この場合、国債価格が０になっただけではなく、株価も簿価／時価の比率まで下落するので、金融市場＝博打場の住人たちはその金融資産のほとんどを失うことになる。)</b>　
</blockquote>

<center><img alt="%EF%BC%95%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%8D%E3%82%87.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%EF%BC%95%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%8D%E3%82%87.jpg" width="441" height="155" /></center>
<center><span style="font-size:70%;">にぎやかな繁華街がこのような廃墟になってゆく？</span></center>


紙幣が紙屑になるとは尋常ではありません。
金貸し達はどのような世界にしようとしているのでしょうか。

まず、デノミを採用した場合ですが、若干のタイムラグを伴いつつも貨幣価値と物の価値がほぼ平行して下がります。よって貧富の差は基本的には拡大しません。
先進国では既に物的豊かさが実現されているため、デノミを実行しても私権欠乏は衰弱したままとなり、消費は加速されず市場の再拡大は期待できないのです。　　　　　　　　　　　　　

これでは金貸し達の望みは叶えられません。
<span style="color:#ff3300;">そこで彼らは、自らを除く万人を貧困化させ、市場全体をリセットする必要があると考えたのです。</span><span style="color:#ff3300;">換言するなら『貧困の再生』ということです。</span> :twisted: 

この<span style="color:#ff3300;">『貧困の再生』</span>によって、ヒエラルキーを喪失した人々による私権闘争を再開させ、これを梃子にした市場の拡大を目論んでいるのでしょう。
現物を確保している金貸しが私権闘争を再開した大衆の上位に君臨する、暗黒の時代がやってくるということになります。 :twisted: 


<blockquote>

<b>これは、新紙幣によって金融経済(＝国債経済)をリセットして、実物経済に再転換させ、それによって市場を延命させようとする計画だろう。
(18世紀初頭の実物経済の拡大から今日の金融経済の崩壊まで、概ね200年間かかっているので、金貸したちも新興国を足場に概ね200年くらいの延命は可能と読んでいるのだろう。)
この仕組みは、一見、金貸しもその資産を放棄したかのように見えるし、国民にも企業にもほぼ均等にお金を配るので、ある意味では共産主義的な政策のようにも見える。
しかし、旧紙幣資産や国債資産がリセットされても、土地や現物資産の所有権は従来のままであり、また株式価格は簿価レベルに低下するものの各企業における株式保有比率は変わらないので、金貸しは企業支配権をそのまま保持し続ける。つまり、土地や企業の所有権はそのまま存続する。
これは、あい変わらず持てるものが圧倒的に有利な仕組みである。</b>
　　　　
</blockquote>

世界で最初の民営中央銀行であるイングランド銀行が設立されたのは1694年でした。
中央銀行はいわば『無から有（紙幣）を生み出す打ち出の小槌』であり、金貸しがこの様な重大な仕組みを作り出して以降、市場経済は実物の流通を主役にして、加速度的に全世界に拡大していきます。
<span style="color:#ff3300;">今回の金貸しの作戦は、その頃の市場構造に戻そうという企てなのです。</span>
ではここで、１８世紀初頭の世界各地で実物経済が花開いた状況を概観してみましょう。

<center><img alt="%EF%BC%95%E4%B8%96%E7%95%8C%E4%B8%AD%E3%81%A7%E8%8A%B1%E9%96%8B%E3%81%84%E3%81%9F%E5%AE%9F%E7%89%A9%E7%B5%8C%E6%B8%88.JPG" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%EF%BC%95%E4%B8%96%E7%95%8C%E4%B8%AD%E3%81%A7%E8%8A%B1%E9%96%8B%E3%81%84%E3%81%9F%E5%AE%9F%E7%89%A9%E7%B5%8C%E6%B8%88.JPG" width="468" height="132" />
</center>
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

<span style="color:#6666ff;"><em>●イギリス：相次ぐ戦争（1600年代は「対オランダ」1700年代は「対フランス」で、天文学的な国家借金を負った事を背景として、世界最初の民営中央銀行が成立。（この間ロスチャイルドが勢力拡大）。
「産業革命」は1760年代から1830年代までといわれるが、もともと盛んであった毛織物産業の技術革新が1730年代から繰り返され、その後「産業革命」として拡大し、貿易の拡大をはじめ、国際分業体制とも云える物財の供給体制を整えていった。</em>


 <em>●フランス：全欧州に影響を与えたとされるフランス革命は1787年。その革命前夜の状況は、対外戦争出費、宮廷の浪費、先代からの累積債務などがかさみ、国家破産状態に至るほどで、金貸し連中がその存在基盤を確立した時期とも云える。そして、革命後は王政・旧体制が崩壊、封建的諸特権は撤廃され、中産階級（商人）中心の市場社会が花開くことになる。</em> 
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　                                                                                               

<em>●アメリカ：16世紀後半から1776年独立宣言まで、アメリカはイングランドを始めとした欧州諸国が北米大陸東部周辺を支配する植民地時代で、18世紀初頭まで「大西洋三角貿易」が活性化していた。『欧州から［繊維製品・ラム酒・武器］が西アフリカへ。西アフリカから［奴隷］が英領北米や西インド諸島へ。そこから［砂糖・綿］が欧州へ』と、海流に乗って物品が還流し、なかでも奴隷の一部は米大陸南部に輸出され、綿花のプランテーションで苦役を被るが、これが英国産業革命の基盤にもなった。</em> 
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
  　　                                                                                                                              

 

<em>●日本：1603年江戸開府以来、幕藩体制が安定、耕地開発の大事業を通じて食糧増産と人口増加をもたらし、全国的な流通経済を発展させた。1600年代終盤には経済が急成長し元禄文化が花開く。この急成長は、農魚村に貨幣経済をも浸透させ、商品作物の栽培や上方漁法、瀬戸内の塩の量産体制などを整える。手工業では高級絹織物も作られるようになり、酒造業や有田や瀬戸の窯業も発展。18世紀には農村工業として問屋制家内工業が各地に勃興する様になる。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

人と物の流れが活発になる中で、城下町・港町・宿場町など、様々な性格の都市が各地に生まれ、18世紀初頭の京都と大坂はともに40万人に近い人口を抱え、同時期の江戸は、人口100万人前後に達して世界最大の都市に成長した。
この様な経済の発展はまた、鉱山開発を推進し、金・銀・銅を大量に生産し、それと引き替えに海外から物資が大量に日本に入り込み、実物経済の活況を生む事になる。</em></span>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
金貸しは、このような18世紀初頭の実物経済の拡大を再開させようとしているのです。
さらに当時と今回が決定的に違うのは、『金貸し側の準備状況』にあります。
当時は成長してゆく実物経済と併走するように金貸しの勢力が増していったのに対して、今回は最初から資源や主要企業などが金貸しの手に落ちているところです。
<span style="color:#ff3300;">１８世紀に比べると、搾取効率は桁違いに高いってことですね。</span> :twisted: 


金貸しの思惑、いかがでしたか？<span style="color:#ff3300;">恐ろしい企み </span>:m252: ですね。
実現したとすると、僕達大衆が貧困層に叩き落されるだけでなく、世界中が大変な事態になりそうです。
<span style="color:#ff3300;">たとえば、貨幣経済はリセットできても環境破壊や精神破壊はリセットされません。それどころか、これまでのこのような問題はそっくり残したまま、再開する市場と一緒に再拡大してゆくのです。</span>
たまったもんではありませんね。

これはなんとかしないといけません。
何か穴はないのでしょうか？
次回はこのあたりを追及し、金貸しに一泡吹かせてみたいと思います :lol: 
お楽しみに。ではさようなら。
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>近代科学の成立過程１５～科学技術者たちは侵略航海による私権の可能性に収束し、国家プロジェクトに組み込まれていった～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002192.html" />
   <id>tag:www.sayuu.net,2012:/blog//1.2192</id>
   
   <published>2012-01-19T12:38:40Z</published>
   <updated>2012-01-19T13:36:12Z</updated>
   
   <summary>　前回（近代科学の成立過程１４～国家ぐるみの海賊行為のために天文学・地理学は発展した）は、山本義隆氏の『十六世紀文化革命』から「第７章　天文学・地理学と研究の組織化」の要約を引用しながら、天文学・地理学の発達によって大航海時代を迎えたのではなく、実は略奪とその後の貿易（一方的な搾取と奴隷貿易）を目論む国家権力や商人の後押しによって発展したということを見てきました。 　引き続き山本義隆氏の『十六世紀文化革命』から「第７章　天文学・地理学と研究の組織化」後半部分の要約を引用しながら、近代科学の発展過程を見て行きたいと思います。　 　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　国家プロジェクト：壁面四分儀で観測するチコ・ブラーエ 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　画像はこちらからお借りしました 興味を持たれた方は応援もお願いします。     　 　...</summary>
   <author>
      <name>pandaman</name>
      
   </author>
         <category term="13.認識論・科学論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sayuu.net/blog/">
      <![CDATA[　前回（<a href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002186.html">近代科学の成立過程１４～国家ぐるみの海賊行為のために天文学・地理学は発展した</a>）は、山本義隆氏の『十六世紀文化革命』から「第７章　天文学・地理学と研究の組織化」の要約を引用しながら、天文学・地理学の発達によって大航海時代を迎えたのではなく、<span style="color:#ff3300;">実は略奪とその後の貿易（一方的な搾取と奴隷貿易）を目論む国家権力や商人の後押しによって発展した</span>ということを見てきました。

　引き続き山本義隆氏の『十六世紀文化革命』から「第７章　天文学・地理学と研究の組織化」後半部分の要約を引用しながら、近代科学の発展過程を見て行きたいと思います。　
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<img alt="%E3%83%81%E3%82%B3%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%A8.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E3%83%81%E3%82%B3%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%A8.jpg" width="240" height="354" />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　国家プロジェクト：壁面四分儀で観測するチコ・ブラーエ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<a href="http://ameblo.jp/code135/entry-10492607347.html">画像はこちらからお借りしました</a>

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　]]>
      <![CDATA[<blockquote><span style="font-size:130%;"><span style="color:#ff3300;">５．南ドイツの数理技能者たち</span></span>

　もちろんニュールンベルクの影響は近隣の諸都市にもおよび、ニュールンベルクの100キロほど南のアウクスブルクは天体観測機器や天球儀の製作にすぐれた腕をもつシスラーを生んでいる。

　メランヒトンは、コペルニクス理論を受け入れることはなかったものの、天文学をふくむ数学を重視した教育改革を声高に主張し、強力に推進した。その影響は、彼の弟子たちがドイツ各地の大学で教鞭をとるようになったこともあり、ドイツ全域の大学のみならず、さらにはネーデルラントやデンマークにまでおよんでいる。こうしてレギオモンタヌスとメランヒトンの働きで、16世紀のドイツは天文学の先進国になり、17世紀にはヨハネス・ケプラーを生み出すことになる。

　聖職者をめざして1589年からチュービンゲン大学に学んでいたケプラーを天文学に誘ったのは、その大学の天文学の教授でルター派のメステリン（1550-1631）がコペルニクス理論を説いたからであった。16世紀後半にコペルニクスの太陽中心説の信奉者は10人を越えなかったと言われる。

　またヴィッテッベルク大学で1530年代にメランヒトンに学んだのが、後にポーランドに赴いてコペルニクスに自著の出版を促すことになるレティクス（1514-74）であった。ポーランドでレティクスは、コペルニクスに著書の出版を熱心に勧めただけではなく、コペルニクスの理論を説いた『第一解説』をみずから執筆し、1540年にそれを出版することでコペルニクスの背中を押した。コペルニクスにとっては、レティクスの『第一解説』は、自説がキリスト教社会にどのように受け入れられるのかを見極めるための観測気球の役割を果たした。
こうしてコペルニクスの最初にして最後の弟子レティクスは、コペルニクスに自著の出版を決意させ、その草稿を持ち帰り、1543年にコペルニクス畢生の書『天球の回転について』が誕生したのである。
　
　　　　　　　　　　　　　　　<img alt="%E3%82%B3%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%82%B9.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E3%82%B3%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%82%B9.jpg" width="310" height="225" />
　　　　　　　　　　　　　　　コペルニクス
　　　　　　　　　　　　　　　<a href="http://www.google.co.jp/imgres?q=%E3%82%B3%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%82%B9&hl=ja&gbv=2&biw=1104&bih=534&tbm=isch&tbnid=CTo9jIQdd1TG_M:&imgrefurl=http://sanmarie.me/clair-39&docid=y7INd_P9CGI8WM&imgurl=http://sanmarie.me/wp-content/uploads/1999/09/cop.jpg&w=310&h=225&ei=_SIMT8jiOO2emQW76PGkBg&zoom=1&iact=hc&vpx=811&vpy=198&dur=968&hovh=180&hovw=248&tx=182&ty=117&sig=107210246947426840587&page=3&tbnh=138&tbnw=186&start=23&ndsp=11&ved=1t:429,r:4,s:23">画像はこちらからお借りしました。</a>

　<span style="color:#ff3300;">プトレマイオスの再発見によって天文学とともに復活した地理学と地図学もまた、15・16世紀における遠洋航海の拡大によって飛躍的に発展をとげることになる。</span>とくに地図製作は、ハード面での印刷地図の進歩に支えられ、コロンブスによる新世界の発見とその後急速に進められた新大陸への探検航海の拡大、そしてヴァスコ・ダ・ガマによるインド航路開通以後の東アジア各地へのヨーロッパ人の進出により、内容的にも急速に手直しされていった。

　こうしてみると、ニュールンベルクそしてその近隣の南ドイツの都市のアクティヴィティが天文学の改革と地理学の発展にどれほど大きく寄与したかがわかるであろう。それは観測機器を設計・改良し、みずから観測し、ときには印刷や出版までこなす「なかば応用科学者、なかば道具製作者」としての数理技能者が作り出した伝統のうえに生み出された。15・16世紀のニュールンベルクにおいては、<span style="color:#ff3300;">一方でデューラーのような大芸術家が数学者に接近していったのにたいして、他方では、レギオモンタヌスのような大数学者が職人に接近していったのである。</span>
　
<span style="font-size:130%;"><span style="color:#ff3300;">６．ネーデルランドの数理技能者たち</span></span>　
 
　『宇宙地誌』の1533年の版に付された付録「二点間の距離をいかにして測定するのかの、これまでに知られていなかったノウハウを教示する、すべての地理学者にとってきわめて有益で有用な小冊子」においてヘマがはじめて地図製作のための三角測量の技法を印刷出版したことは特筆されるべきである。

　<span style="color:#ff3300;">近代国民国家の形成にともなって、版図の全域をくまなく見渡し正確に表現する陸上地図の製作は、支配権力にとって喫緊の事項であった。それに封建領主の力の低下により土地所有形態が変化し、領地の再配分の必要性が生じ、土地の正確な測量にたいする需要が高まっていたこともある。</span>そしてアピアヌスやヘマ・フリシウスのような数学者たちによって、これまで天体観測に使用されていた装置―四分儀、アストロラーベ、十字桿など―が改良され測量技士たちに推奨されていた。<span style="color:#ff3300;">この時代に航海術とならんで測量術もまた数理技能者が関心をよせる技術に変貌を遂げていたのである。</span>
　
　かくしてフランドルは16世紀後半に二人の傑出した地図製作者を生み出すことになった。ひとりはアントウェルペンでドイツ人の両親から生まれたオルテリウス（1527-98）、いまひとりは、メルカトール（1512-94）である。

　メルカトールの名を成さしめたのは、新しい投影法にもとづく航海用の世界地図『航海での使用に正しく適合させられた新しく拡大した地球の記述』であり、1569年に発表された。赤道で地球と接する円筒に地球表面を射影するこの投影法では、すべての子午線（経線）は平行でつねに緯線に直交する。当然それだけでは極に近づけば緯度一度の間隔が広がってゆくが、その広がる割合をうまくとると、等角航法の軌跡である航程線をつねにきまった角度で子午線と交わる直線にすることができる。以前にペドロ・ヌーネスが提起した問題を解決するもので、これがいわゆる「メルカトール図法」である。

<img alt="%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AB%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%9C%B0%E5%9B%B3.png" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AB%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%9C%B0%E5%9B%B3.png" width="540" height="343" />
メルカトルの世界地図
<a href="http://en.wikipedia.org/wiki/File:Mercator_1569.png">画像はこちらからお借りしました</a>

　16世紀中期のフランドルは世界貿易の中心地アントウェルペンやブリュッヘを擁し、また海洋国家スペインの支配下にあり、スペインの宮廷や商業に関係が深く、スペインによって精力的に進められていた地理学上の発見の情報が比較的速く伝わり、そんなこんなで遠洋航海にたいして高い関心を有していた。<span style="color:#ff3300;">そのことはメルカトールが遠距離航海にとってきわめて有用なその図法を考案した背景として考えられる。</span>
　ところで当時の遠洋航海にとって重要な問題は、海上での位置決定（緯度と経度の決定）であった。緯度は原理的には極高度の測定により求めることができ、一度の四分の一　（約27キロメートル）以内の誤差で決定することができた。しかし経度の決定は精度の期待できない航行距離の推測に頼らざるをえず、より困難な問題を提供していた。とくにスペインとポルトガルは、両国の海外領土の境界をベルデ岬西方370レグア（約1850キロメートル）を通る子午線と定めた1494年のトルデシラス条約の施行のために、正確な経度測定を必要としていた。

　この問題に思いもかけない面から光をあてたのが、磁針の偏り（磁針の指す方向が子午線から東西に逸れる現象）であり、かつ、磁針が指している点が地球上の一点―地理上の北極とは別の位置にある「磁極」―であるとはじめて考えたのが、1546年のメルカトールであったが、磁気偏角への関心が高まり、計測値が得られるにつれ明確な関係性が無いことが明らかになった。

　それでもメルカトールが語った地球上の磁極という観念は生き残り、やがて地球自身が一個の巨大な磁石であるというイギリス人ウィリアムーギルバートの発見へとつながっていった。地球が一個の磁石である、すなわち地球が自己運動の原理と他に働きかける能力を有した活性的な存在であるという認識は、地球が不活性な土塊として宇宙の中心に静止しているというアリストテレスープトレマイオスの宇宙像からの離脱を自然学的に可能とするものであった。この点については、次章で立ち戻る機会があるだろう。</blockquote>
　
　
　この１６世紀にアメリカから大量に略奪されてきた金銀が欧州にインフレを起こす（価格革命）。１６世紀の約百年間に、欧州の物価は数倍に跳ね上がり、このインフレによって、額面固定の地代に依存する封建領主・貴族は没落し、金貸しからの借金で首が回らなくなった。<span style="color:#ff3300;">金融勢力が繁殖してゆく過程であり、この状況を目の当たりにした者たちが南米やアフリカ大陸への大航海（略奪）に私権拡大の可能性を見いだした時代とも言える。</span>


<span style="color:#ff3300;">金貸しや商人だけではなく、国家（王侯貴族）や学者・技術者・職人に至るまでもが、侵略航海に可能性収束したのである。これが１５～１６世紀の西欧を包んでいた空気（期待）である。だからこそ、侵略航海を目的とした天文学・地理学の国家プロジェクト化が成立したのである。</span>
これは単に金貸しの思惑だけでは実現しなかったであろうし、<span style="color:#ff3300;">科学者や技術者たちが侵略航海による私権の拡大可能性に強く収束していたからこそ、彼らは金貸しの手先となっていったのである。</span>
<a href="http://www.sayuu.net/blog/2011/10/002128.html">「近代の科学者は金貸しの手先だった」</a>

　
　この時代から遠洋航海に必要な航海用地図・測量技法など様々な分野で飛躍的発展を遂げてゆくが、数理技能者と呼ばれる人々は、手作業を含めた技術的分野等、様々な分野と繋がることができたからだと考えられる。

　個人の知識や技術では不可能なことも集まれば実現出来るというのは普通の事かもしれないが、その背景には、やはりそれだけの人材を集められる権力と財力があったから、そして科学技術を発達させることでさらなる旨みを得られたからに他ならない。<span style="color:#ff3300;">この時代これらの研究課題を担った職人に至るまで、大航海による私権の獲得が明確な目的となっていたのである。</span>
　
　そして、その研究規模はさらに大きくなってゆくことになる。次章からその流れを見てゆく。
　
　
<blockquote><span style="font-size:130%;"><span style="color:#ff3300;">７．チコ・ブラーエ</span></span>
 
　近代天体力学ひいては近代物理学の出発点である太陽を中心とした惑星運動の正しい法則を見出しだのはドイツ人ケプラーであるが、それはデンマークの貴族チコ・ブラーエ（1546-1601）が蒐集し蓄積した観測データにもとづいてはじめて可能となった。

　チコは、25年を超える注意深い天体観測によって確定された数値で表された新しい正確な表を作成し、これまでの天体表の不正確さを明らかにすることが可能であると語り、そしてこの天体表の完成は弟子ケプラーに委ねられた。

　チコの死後、ケプラーはチコの777個の恒星目録を1005個にまで増やし、みずから印刷を指揮し、1627年にこれを『ルドルフ表』として出版した。それはその後一世紀以上にわたって天文学研究の不可欠の道具となった。のみならずケプラーは、チコのデータから惑星運動についての有名な「ケプラーの三法則」を導き出し、それがのちにニュートンによる万有引力の法則の確立に決定的な役割を果たすことになる。<span style="color:#ff3300;">ケプラーはチコの集めた高い精度のデータをもとにしてはじめて、惑星の楕円軌道や惑星運動にたいする面積定理を見出すことができたのである。そしてまた『ルドルフ表』の精度が抜群に優れていたことがチコとケプラーの権威を高め、ケプラーの法則の受け入れを後押しすることになった。</span>
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<img alt="Kepler.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/Kepler.jpg" width="150" height="200" />　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ケプラー
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<a href="http://www.google.co.jp/imgres?q=%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%BC&hl=ja&gbv=2&biw=1104&bih=534&tbm=isch&tbnid=Vs7EO9rPA29KVM:&imgrefurl=http://creatorslounge.blog11.fc2.com/blog-date-201001.html&docid=sX4auP0jjGjbjM&imgurl=http://blog-imgs-38.fc2.com/c/r/e/creatorslounge/Kepler_6.jpg&w=313&h=400&ei=tiIMT8aBJIPImAWU-c2KBg&zoom=1&iact=hc&vpx=342&vpy=131&dur=2328&hovh=254&hovw=199&tx=146&ty=170&sig=107210246947426840587&page=1&tbnh=161&tbnw=128&start=0&ndsp=10&ved=1t:429,r:1,s:0">画像はこちらからお借りしました</a>

　チコは、観測精度の極限的向上という近代精密自然科学の前提的課題をはじめて現実の課題として引き受け、そのため一方では観測機器の不断の改良に努め、他方では地道な日々の観測を三〇年余に
わたって継続するという、それまで誰もおこなわなかったことをやってのけた。
彼の原点は、このようにそれまでの観測の不正確さの認識であり、そこから天文学者としてのチコを一躍有名にしたのが1572年11月の新星（チコ・ブラーエ新星）の出現であった。

　占星術を信じていたチコ・ブラーエ自身、新星の出現を占星術的予言に結びつけて考えていたため1573年のチコの著書『新星について』は大きな関心をよび、国王の目にもとまり、チコは国王の後押しで1574年から75年にかけてコペンハーゲン大学で講義をしている。<span style="color:#ff3300;">国王はチコをデンマークに留め置くために、通常の貴族には要求される公務をいっさい課さず、フヴェーン島を封土として授け、そこにチコの希望する天体観測施設を建設し、終身年金を与え、天体観測に専念することを認め、そのための財政的支援をも約束したのである。1576年、チコ29歳であった。</span>
　
　この島にチコは天体観測のためのウラニボルク（天の城）を建設し、1597年まで助手たちを使って観測を継続した。しかしウラニボルクでは天体観測だけがおこなわれていたのではない。それまでの観測機器にあきたらないチコはその改良や開発に取り組み、そのための製作工房を設置し専属の職人たちを集めて製作にあたらせた。そして地下に設けられた実験室では錬金術の研究も進められ、さらには気象観測からフヴェーン島の三角測量までおこなわれていた。ウラニボルクにはそのうえ1584年には印刷所も設けられ、のちには製紙工場さえも設置された。<span style="color:#ff3300;">チコの観測基地ウラニボルクは、今でいうならば、超大型加速器とスーパー・コンピューターを備え、出版部も設けて独自の年報を発行し、多数の研究者と大学院生と技術者が働いている大規模先端研究機関に匹敵する。</span>　
　
<img alt="%E6%96%BD%E8%A8%AD.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E6%96%BD%E8%A8%AD.jpg" width="250" height="226" />　<img alt="%E5%A4%A9%E6%96%87%E5%8F%B0.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/%E5%A4%A9%E6%96%87%E5%8F%B0.jpg" width="270" height="216" />
　　　　　　　　ウラニボルク（天の城）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ステルンボルグ（星の城）
　　　　　　　　<a href="http://ameblo.jp/code135/entry-10492607347.html">画像はこちらからお借りしました</a>

　チコの測定機器開発を伴った観測精度は驚異的であり、肉眼の精度の極限と言われ、そしてそれだけの精度があっだからこそケプラーによる楕円軌道の発見が可能となり、ひいてはニュートンによる万有引力発見への道が拓かれることになった。実際、ケプラーが楕円軌道に辿りつけたのは、それまでの理論とチコの観測が八分ずれていたからであった。

　製作工房と印刷機を備えた恒常的天体観測施設とその成功は、それまで知識人のあいだで低く見られていた技術的なもの機械的なものの重要性を十二分に理解し認識していたチコ・ブラーエが、みずから観測機器の設計と製作、そして不断の改良に取り組み、また職人や技術者の潜在力を最大限に発揮せしめたことに負っているが、一世紀にわたる技術者と数理技能者の働きが築き上げ押し上げた土台のうえに開花したのである。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　
　16世紀に復活した数理天文学と数理地理学は、航海術への応用や地図製作という実際的な問題と密接なかかわりをもっていた。これらはたんに数学や天文学の理論だけではなく、観測機器の操作や改良や製作、あるいは地図の投影法の研究や地図の実際的な作製という多方面の知識と技能を要求する。つまり理論的研究だけではなく、手仕事・機械的作業を必要とする。

　いずれにせよ、16世紀の新しい地理学と天文学は、理論的な研究や著述から長期にわたる日々の観測、ひいては観測機器の開発や製作にいたるまでをカバーするものであり、もっぱら文献のみを相手にする大学アカデミズム内部で個人的に営まれたそれまでの研究とはまったく異質のもので、科学研究の目的意識的な組織化を促すものであった。実際にもそれは、ポルトガルにおけるように国家的事業として、または国王の全面的な後援を受けたチコ・ブラーエのような特異な人物の手によって、あるいはレギオモンタヌスとそれを引き継いだニュールンベルクをはじめ南ドイツやネーデルラントの数理技能者の手で、言うならば地域的な自然発生的協働によって、進められた。

　<span style="color:#ff3300;">しかし、遠洋航海のための数学者委員会を設けたポルトガルのジョアン二世は「国家の問題の解決にとって科学的知識の有する潜在的な力」を認識していたし、チコ・ブラーエにフヴェーン島を授けたデンマークの国王も、占星術に囚われていたとはいえ、同時に「科学が国家に威信をもたらし、国の防備を強化することを知悉していた」のである。チコ・ブラーエを生み出してゆく過程は、新しい科学のヘゲモニーが国家ないし支配エリートに移行してゆく過程でもあった。それは職人たちによる16世紀文化革命の成果が支配階級に属する知的エリートに簒奪されてゆく過程でもあった。</span>そのことが典型的に見られるイングランドの例を次章に見てゆくことにしよう。</blockquote>　
　

　<span style="color:#ff3300;">チコ・ブラーエやケプラーはそろってルドルフ2世（ハプスブルグ家、ルドルフ表の起原）の元に出入りをしており、パトロンとして養われていた。デンマークの国王やこのルドルフ2世など複数の権力者・金貸しの元で私権獲得の為の研究・開発を行っていたといっても過言ではないだろう。

　そしてチコ・ブラーエの事例に代表される科学研究の目的意識的な組織化は、後々の現代に繋がる戦略的国家プロジェクトとして代々引き継がれてゆく事になる。</span>　現代の原爆・原発開発プロジェクトの原点は、侵略航海を目的とした天文学・地理学の国家プロジェクトにあったのだ。　
　
　その末路が<a href="http://www.sayuu.net/blog/2011/12/002168.html#more">『科学はどこで道を誤ったのか？』（９）「Blog：自然の摂理から環境を考える」</a>でも扱われている。

<blockquote><span style="color:#6666ff;"><span style="font-size:130%;">◆大量に組織化された国家プロジェクトが作られてゆく</span></span>　

<span style="color:#6666ff;">【マンハッタン計画のこの「成功」をうけて、戦後アメリカ政府は科学技術振興に積極的に介入していった。実際、第二次大戦後（２０世紀後半）の宇宙開発競争のような科学技術は、このような官軍産の強力な指導のもとに大量の学者と技術者が計画的に動員されることで可能となったのであり、当然それは、大国における政治的・軍事的目的、あるいは金融資本と大企業にとっての経済的目的に従属したものであった。 
戦後、原子力開発が民間企業に負わされることになっても、国家の後ろ盾のもとにいくつかの大企業にまたがって担われるプロジェクトとしての原子力開発において、マンハッタン計画と同様の状態が出現することになった。】</span>※山本義隆氏「福島の原発事故をめぐって　いくつか学び考えたこと」より引用

　戦争圧力によってマンハッタン計画が推進され、第二次世界大戦は原爆の製造に成功した連合国が勝利をおさめました。
その成功を受けて、その後も国家プロジェクトによる科学技術開発は、米ソ冷戦による「宇宙開発競争」へと発展してゆきます。また、資本主義が蔓延する中でより儲けの多い「エネルギー開発（核エネルギー）」が国家プロジェクトとして推進されてゆきます。
　
　<span style="color:#ff3300;">これらの背後にある「市場拡大」という原動力に導かれ、数々の巨大な国家プロジェクトが生まれ、科学者たちはその中に根こそぎ取り込まれてゆきます。
そして、それは科学技術が経済的目的（市場拡大）に従属してゆくことに他ならないのです。</span>　
　
　
<span style="font-size:130%;"><span style="color:#6666ff;">◆科学者も技術者も、視野狭窄→無能化してゆく</span></span>　
　 
　国家体制に組み込まれることによって科学者や技術者には、どのような影響があったのでしょうか？マンハッタン計画において、既に科学者の視野が狭められていることがわかります。

<span style="color:#6666ff;">【もちろん秘密の軍事研究であり、情報管理は徹底されていて、個々の学者の大部分は、全体としての目標への疑問は許されず、というか、そもそも原爆製造という最終目標すら教えられずに、与えられた問題の解決にひたむきに取り組んだ。】</span>※山本義隆氏「福島の原発事故をめぐって　いくつか学び考えたこと」より引用

　科学者たちは、市場拡大を目的とした国家体制に組み込まれる中でプロジェクト全体の目的すら対象化しなくなります。そして、社会に与える影響、自然世界全体を統合するという視点を持たないまま、限られた自らの専門領域の中でしか頭を使わなくなり、ひたすら与えられた課題だけに向かいます。

<span style="color:#6666ff;">【生産規模の巨大化と生産能率の向上のみがひたすら追及されるが、そのこと自体が意味のあることなのかどうかは問われることはない。そのことに疑問を呈した人間はただ脱落してゆくだけとされる。こうして”怪物”化した組織のなかで、技術者や科学者は主体性を喪失してゆく。】</span>※山本義隆氏「福島の原発事故をめぐって　いくつか学び考えたこと」より引用

技術者や科学者たちは、権威のみ与えられた特権階級となり、社会の当事者であるという主体性を失い、無能化してゆきます。</blockquote>

　<span style="color:#ff3300;">要するに、マンハッタン計画や原発開発そして環境破壊に至るまで、様々な破壊や弊害を生み出したのは、権力や金貸しによって研究開発だけの為に集められた技術者や科学者が視野狭窄→無能化してしまっているからに他ならない。その起原がこの16世紀文化革命の時代、やはり権力者や金貸しに因って生み出されていたのである。</span>　


<span style="color:#ff3300;">１５世紀以降、侵略航海による私権の拡大に可能性収束した科学者・技術者たちは、国家プロジェクトに組み込まれて天文学や地理学を発達させ、それが力学と並んで近代物理学の土台となる。それを結実させたのがケプラーやニュートンである。</span>


<span style="color:#ff3300;">彼らが金貸しの手先となっていった理由もそこにある。つまり、科学者や技術者たちが侵略航海をはじめとする私権の拡大可能性に強く収束する自我・私権主体であったからこそ、彼らは金貸しの手先となっていったのである。実際、その後も科学者たちは金貸しが主導した戦争→国家プロジェクトに従事していったが、それも彼らが自我・私権主体であったからに他ならない。</span>
<a href="http://www.sayuu.net/blog/2011/09/002072.html">「金貸し主導の戦争→国家プロジェクトの手先となり、アホ化した科学者たち」</a>


　次回は、引き続き16世紀文化革命の成果が支配階級に属する知的エリートに簒奪されてゆく過程が典型的に見られるイングランドの例に迫っていきたいと思います。
　
　
]]>
   </content>
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   <title>11/27なんでや劇場レポート(４)～共同体的企業の中身とその構造化⇒その本命は？～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002200.html" />
   <id>tag:www.sayuu.net,2012:/blog//1.2200</id>
   
   <published>2012-01-18T13:59:08Z</published>
   <updated>2012-01-20T16:32:55Z</updated>
   
   <summary> 　 「11/27なんでや劇場レポート」シリーズ （１）集団は外圧に適応するためにあるが、その核を成すのは雌雄の性引力である （２）人類の婚姻制もみんなの最大期待(⇒統合軸)によって規定される （３）共同体とは何か？社員の充足を第一とするのが共同体である 　 今回は第四弾（最終回）です！ 　 前回の記事では、「共同体とは何か」という提起に対して、 　 「社員の充足を第一として、古い指揮系統や会議体制に代わる共認形成の場or自主活動をつくろうとしている企業群が共同体(的企業)である」 　 という認識を固定しました。 　 　 今回は、これまでの内容を踏まえ、共同体企業ネットワークの対象の絞込みに入り、最後にこれまでの議論の内容の図解と総まとめをしたいと思います。 　 　 いつも応援ありがとうございます :D   	 ...</summary>
   <author>
      <name>nisi-nor</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sayuu.net/blog/">
      <![CDATA[<img alt="jishukatudo.gif" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/jishukatudo.gif" width="511" height="260" />
　
「11/27なんでや劇場レポート」シリーズ
<a href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002184.html">（１）集団は外圧に適応するためにあるが、その核を成すのは雌雄の性引力である</a>
<a href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002185.html#more">（２）人類の婚姻制もみんなの最大期待(⇒統合軸)によって規定される</a>
<a href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002195.html">（３）共同体とは何か？社員の充足を第一とするのが共同体である</a>
　
今回は第四弾（最終回）です！
　
前回の記事では、「共同体とは何か」という提起に対して、
　
<strong><span style="color:#ff3300;">「社員の充足を第一として、古い指揮系統や会議体制に代わる共認形成の場or自主活動をつくろうとしている企業群が共同体(的企業)である」</span></strong>
　
という認識を固定しました。
　
　
今回は、これまでの内容を踏まえ、共同体企業ネットワークの対象の絞込みに入り、最後にこれまでの議論の内容の<span style="color:#ff3300;">図解と総まとめ</span>をしたいと思います。
　
　
いつも応援ありがとうございます :D 
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      <![CDATA[　
<blockquote>
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=259710">11/27なんでや劇場５　共同体企業ネットワークの対象の絞込み</a>より

これまでの議論で明らかになった共同体的企業群の中で、共同体企業ネットワークの対象として可能性があるのはどこか？そろそろ、絞込みの議論も必要になる。
<strong><u>どのような企業が、どのようなポイントが中心軸になるのか？</u></strong>

<span style="color:#ff3300;">集団（企業）の本分が外圧適応態である</span>という観点から切り口を設定する。
次代の共認社会のおける外圧は、同類圧力（みんな期待）であるが、そこでのみんな（社会）の最大の期待は何か？

それは、<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=100&c=4&t=2#07">実現論4_2_07</a>にもあるように、
<span style="color:#ff3300;">みんなの最大期待</span>は、状況認識や戦略・方針をはじめとする、<span style="color:#ff3300;">答えを出せる能力</span>になり、それを巡る社会的な評価競争の時代となるであろう。


建築営業も共同体企業ネットワーク営業も生産者を相手にしている。お互い生産者だからこそ協働関係は構築できる（それに対して、インターネットの世界は所詮、消費者の集まりに過ぎないから協働関係には距離が遠い）。

ところが、未来社会では消費関係から協働関係に主流が移るとしても尚、消費者（消費関係）は残るだろう（物的生産だけではなく、意識生産においても）。

従って、対象分類すると、
<span style="color:#ff3300;">①観客（消費者）と②生産者同士の協働関係、③社会統合の協働関係</span>となり、当面は、生産者とどのように協働関係を構築するか？と観客（消費者）としてどうお客を集めるか？という２つの路線が残り続けることになる。

原点にあるのはみんなの充足、現在は<span style="color:#ff3300;">社員の充足、未来では社会の充足が第一</span>となり、そのために答えを出す能力が問われることになる。そして、先端では、<span style="color:#ff3300;">如何に協働者をつくるか、お客を集められるか</span>が勝敗を決することになる。


<span style="color:#ff3300;">共同体的企業は、社員の充足⇒共認形成（自主活動）⇒理念統合</span>という方向に向かっているが、理念の中身は大きく技術開発系と感謝・応合系の２つに分かれる。

このうち、技術開発系は可能性が小さいだろう。
というのは、物的生産の技術者は専門分化によるタコツボ化・職能主義の壁があり、販売にしても、その商品をどう売るかという所に思考の枠が限定される。

それに対して意識生産では、お客さんと全人的な関係を構築しないと仕事にならず、<span style="color:#ff3300;">お客さんの期待に応えるには大衆意識や経済構造をはじめとして対象や課題は無限に拡がってゆく。</span>

意識生産の業種としてはコンサル業や介護等が挙げられるが、地方の建築業なども可能性がある。
∵地方の建築主は一生一代の建物を建てるわけであり、そこでは狭い専門技術だけでは仕事にならず、全人的な関係と答えが求められるからである

このように共同体企業ネットワークの対象として、その企業が<span style="color:#ff3300;">意識生産的色彩をどの程度帯びているか</span>も重要なターゲットの選定基準となるだろう。</blockquote> 
　
共同体企業ネットワーク対象として、対象分類は、
　
　①観客（消費者）
　②生産者同士の協働関係
　③社会統合の協働関係
　
とあり、当面は、<strong>生産者とどのように協働関係を構築するか？と観客（消費者）としてどうお客を集めるか？</strong>という二つの路線での戦略となります。
　
その際、「<strong>意識生産的色彩をどの程度帯びているか</strong>」が企業選定での重要な基準となります。
　
　
最後に、これまでの議論の総まとめに入ります。
　
<span style="color:#ff3300;"><strong>●以上の議論をまとめた図解</strong></span>
　　<img alt="tekioujiku.gif" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/tekioujiku.gif" width="283" height="399" />
　
<blockquote><a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=259713">11/27なんでや劇場６　共同体的企業の中身とその構造化（共同体企業ネットワークの初期総括）</a>より

ここでは集団の本分は外圧適応態であることを踏まえて、<span style="color:#ff3300;">「統合軸」という言葉ではなく、「適応軸」</span>という言葉を使っている。
∵統合軸という言葉では社員の統合という内向きなイメージを与えるが、
多くの共同体的企業の理念は社内の統合軸に止まらず、外圧に適応するための戦略も含んでおり、対外的な戦略軸をも意味している。だから、適応軸という言葉で表すのがふさわしい。

・私権（給与と身分が全て）の終焉で、指揮系統だけでは持たなくなってきた。
・<span style="color:#ff3300;">指揮系統だけでは動かない領域（⇒会議）が増大</span>してきた。
・会議でも補えない領域＝理念の浸透と社員の活性化の必要が一貫して上昇中。⇒補完体制と自主活動が増大。
（指揮系統や会議から、共認形成を中心にした組織に転換過程にある）
<span style="color:#ff3300;"><b>☆理念の浸透と活力の上昇を同時に果たすのが、社内ネット。</b></span>
（社員の充足＝活力を第一義とする理念or理論であること）

<span style="color:#ff3300;">☆物的生産・販売は分業タコツボ化の壁⇒☆意識生産！</span>

〔自主活動〕指揮系統では欠落する領域を補うもので、一貫して拡張。
〔補完体制〕同上。欠落領域≒理念・共認系がメイン。
　　　　　　私権序列では持たなくなり、共認系の体制が拡充中。
〔制度体制〕会議が増大。但し、打合せの過半はメールに移行。

<span style="color:#ff3300;"><b>☆昔は給料を払うこと＝社員の充足で、それ以上は殆ど考えなかった。</b></span>

☆理念の浸透と活力の上昇を同時に果たすのが社内ネットであるが、中小企業では社内ネットは皆無に近い。（大企業は社内ネットを完備しているが、ほぼメールのみ）
これをどうするか？が今後の課題。

☆以上の共同体企業ネットワークの初期総括から出てくる<span style="color:#ff3300;">共同体的企業の選択基準</span>としては、この図解の中心軸、即ち、次のような企業が本命となるだろう。

<strong>意識生産系の現業をしている企業。
　　　　↑
現業(技術・営業)の改善だけでなく、社会貢献の志向が高い。
　　　　↑
共認形成(ex.社内新聞・社長ブログ)に力を入れている。
　　　　↑
社員の活力＝充足第一。</strong></blockquote>
　
　
このシリーズを通じて、以下の内容が明らかになりました。
　
<span style="color:#ff3300;">・共同体社会をつくる母胎は外圧適応態である闘争集団＝企業であること
・社員の充足を第一としているのが共同体企業であること
・その上で、共認形成⇒社会貢献志向⇒意識生産系の企業が本命となる</span>
　
今後は、この認識を基に、共同体企業ネットワークの構築を考えていくことになります。
　
　
*****
次回から始まるなんでや劇場レポート新シリーズでは、共同体企業ネットワークの紐帯となる、そして共認社会実現のための概念装置となる<span style="color:#ff3300;"><strong>「新理論」構築の可能性</strong></span>について、数回にわたって扱っていく予定です :m049: ご期待ください :m044: 
　
　
　
いつも応援ありがとうございます :D 
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   </content>
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<entry>
   <title>カタカムナに学ぶ～電子を与える太陽・イヤシロチ、電子を奪う放射線・ケカレチ</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002198.html" />
   <id>tag:www.sayuu.net,2012:/blog//1.2198</id>
   
   <published>2012-01-17T11:50:32Z</published>
   <updated>2012-01-17T16:42:59Z</updated>
   
   <summary>「カタカムナに学ぶ～食や性の本来性は宇宙の輻射エネルギーとのバランス」では、次のことを提起しました。 宇宙は陰（電子）と陽（電子）から成っている。人間の体も食物も同様である。 陰電子（あるいは陽電子）が不足している場合は陰電子（あるいは陽電子）を含む食物を摂取し、陰陽のバランスを取ることが、食物を摂ることの目的である。 ところが、それは人間の体と食物だけでは決まらない。 宇宙も陰陽から成り立っているということは、外界にも陰陽の電子分布がある。 それと調和するように陰電子と陽電子を含む食物を摂ることによって、外界の陰陽電子分布と適応できるということだ。 引き続き、カタカムナ人が観た本能の背後にある本来のナリ（本性）とは一体何なのか？ それに迫ってゆきます。 まず、相似象学会誌『相似象』五号(１９７３年３月　シーエムシー技術開発㈱発行)から引用します。   ...</summary>
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   </author>
         <category term="13.認識論・科学論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sayuu.net/blog/">
      <![CDATA[<a href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002176.html">「カタカムナに学ぶ～食や性の本来性は宇宙の輻射エネルギーとのバランス」</a>では、次のことを提起しました。

<blockquote>宇宙は陰（電子）と陽（電子）から成っている。人間の体も食物も同様である。
陰電子（あるいは陽電子）が不足している場合は陰電子（あるいは陽電子）を含む食物を摂取し、陰陽のバランスを取ることが、食物を摂ることの目的である。
ところが、それは人間の体と食物だけでは決まらない。
宇宙も陰陽から成り立っているということは、外界にも陰陽の電子分布がある。
それと調和するように陰電子と陽電子を含む食物を摂ることによって、外界の陰陽電子分布と適応できるということだ。</blockquote>

引き続き、カタカムナ人が観た本能の背後にある本来のナリ（本性）とは一体何なのか？
それに迫ってゆきます。


まず、<a href="http://www.narasaki-inst.com/soujishougakkaishi.htm">相似象学会誌『相似象』五号(１９７３年３月　シーエムシー技術開発㈱発行)</a>から引用します。


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      <![CDATA[<blockquote>第五章　（健康保持の法）

<span style="font-size:130%;">●第三十三句</span>

<span style="font-size:130%;">カムナガラ　　ヲスヒナリウケ
カムミマギ　　カムミイヤマヒ
イツキノリ　　アマウツシミチ
イヤミソギ</span>

第五章は、前章のヲスヒナリのサトリをうけ、健康を保持する上に基本となる〈アマウツシミチ〉をとりあげて居る。ここでは、ミソギ　イツキ　マツリ　カシコミ、等の古い和語が出でくるが、屡々述べたように、これらの言葉を、ノリトなどの、所謂神道的用語と決めてしまはず、そのような先入見にとらわれる事なく、神道発生よりはるか以前の、カタカムナの上古代に、既にこれらの和語をつくり出して居た人々の心情を思念し、原初の意味を、アリノママに復元する気特になって、改めて把へてみる姿勢が、何よりも優先すべき基本要件であることを、強調しておく。

要するに、「カムナガラ……」としか言ひようのない「カムミ」を、畏れ、敬ひ、まつることを教へて居るこれらの「サトシ」は、心理的には、後世の宗教思想と相似象であるが、その根底にある、カタカムナ人の物の観方（直観のしかた）の違ひを、ハッキリとつかむ必要があるのである。

カタカムナ人は、現代人が「能力」や「本能」とよんで居るものには、より起元的な「カミ」のある事を直観し、段階的に存在するその「カミ」を追究してその根源をサトリ、そこからすべての「ミチ」が分化し、分化したすべてのミチは又そこへ収斂される、といふ観方で一貫して居る。

たとへば、現在一般に謂はれる食本能、性本能なるものも、カタカムナ人の直観によれば、終末的な本性（ナリ）ではなく、「食本能」のカミ（起元）には「食の本性」があり、「性本能」のカミに「性の本性」がある。則ち、食べられる物自体、めいめいの「異性」の親和（雌雄和合のムツミサチ、三十句）の所産であり、その「性」のカミは、カムとアマの異種異性の親和（モトツアマカム、三十二句）の本性に在る。

したがって、そのような「食」と「性」の本来性が、人間に、「食」と「性」に対する神聖な欲求念をあたへ、それが、人間の「本能」となり、至烈な願望（イツキノリ）をもつ事になる、といふ関係で、以下のサトシが示されて居るのである。

（イヤミソギ）
「イヤ」とは、「イ」の「ヤ」（極限的飽和安定）まで、イヨイヨ、ますます、活性に、の意。〈ミソギ〉とは、一般に、海水中で身の穢れを清浄にする「楔祓の行」と思はれて居るが、カタカムナの原語の意味は、「ミ」を「ソグ」こと、則ち、サヌキ　アワを「身に収着させる」ことであり、それによって、身内（内実のミ）の密度が濃縮され、外見は、ソゲた形になる事であって、本来は、水を条件として居ない。

むしろ<span style="color:#ff3300;">山の頂きや、後代、神社の境内となったところなどが、上古代人のミソギの場であったと考へられる。そこは、楢崎の実測調査の結果例外なく「還元電圧」をもつ地帯であり、電子正孔（サヌキ　アワ）の濃度の高い（イヤシロチ）である事が確められて居る。</span>

<span style="color:#ff3300;">地球上は、電気の分布状態が一様ではなく、そこに行けば電気を奪はれる「酸化電圧」の地帯もある。カタカムナ人は体覚（カン）によってこの事をサトリ、前者を（イヤシロチ）、後者を（ケカレチ）と称して居る。</span>「ケカレ」とは、イヤシロに至る途上の思念で、穢れ汚れという直接の意味は無い。
<span style="color:#ff3300;">（ケカレチ）は、人間ばかりでなく、そこに存在する動植物鉱物等から電気を奪ふ傾向性を、あるひは有つ、則ち、電気の分布密度の低い酸化電圧地である。</span>


▼私達は、人体をはじめ動植物等を対象とする多くの実験データによって、大地の正反電気（サヌキアワ）の反応が、極めて迅速に、被験者に及ぶことを、測定器を用ひて確める事が出来た。（はじめは、ミソギを意識して行ったわけではなく、修養のつもりでもなく、ただ山が好きで、気持が良いので出かけて居たが、カタカムナのサトリを知ってから興味をもって測定してみたところ、イヤシロチでは、たしかに体内の電流値がふえ、頭の冴えを実感した。そこで各地の神域といはれるところを、電気的に調査してみようと思い立ったのである。）
それにより、<span style="color:#ff3300;">人々の住んで居る家屋の位置や作業の場が、ケカレチである為に、不健康や災害をうけて居る事が、案外多いこと（反対に、イヤシロチの場合は長寿者が多く、農作物の出来がよい等といふ実例）が判明した。</span>

このような問題に関して、現代人は、体覚（カン）が劣化してしまった為に、生理学や医学の研究者も、無視あるいは等閑視し、一般人も、病人や災害の続くのを家相のせいにしたり、神社（イヤシロチ）に詣でてセイセイするのも「神様のおかげ」ぐらいに思って居るが、<span style="color:#ff3300;">カタカムナ人は、大地表層の電気構造が、生命の保全や人間性や機能などに、重要な作用を及ぼす因子である事を知り、自分たちの生存の上に支配的なチカラをもつ、このような「環境の条件」や「電気生理」の物理を、人々にサトして居たのである。</span>

彼らのミソギの場の設定は、極めて、物理的な理由に依拠して居た。人間の知性（サトリの性）や智能（理智の能力）の、マトモな進化を促進する為の、極めて有効な、合理的な生活技法として、イヤシロチに於ける「ミソギ」のスペ（方法）を、具体的に、以下の歌詞によって人々に体得させて居たと想はれる。

（カムミ　マギ）
「カムミ」とは、カムの「ミ」、則ち目に見えぬ（カム）生命の代謝物（ミ）、ここでは、サヌキ　アワの「ミ」をさして居る。「マギ」とはまねき、求める意、

〈イツキ　ノリ〉
「イツキ」とは、「イ」の個々（ツ）の発生（キ）の思念、「イ」の個々とは「カムミ」のことである。「ノリ」とは乗る思念、それを欲しいと切望する至烈な願いにより、それが、自分の身体に乗りかかってくる、と感じるのがイノリの姿である。祈りの内容は人によって異なるが、ここでは、人間の最も根源的なイノリの心構へを教へ、イノリの根本はミソギであり、ミソギの本質は、カムミの収着であることを示して居る。

▼則ち、人々が、「食」と「性」の本性をサトれば、異性の親和を求める生物的な気持がスナホに発動され、互ひの人間性の向上、人体の美化を願う念が生じる。そのようにナホ（ナホビ）されるチカラのもとを希求して（カムミマギ）、カムミを貴ぶ気特になる。そのことが、「アマウツシ」により「イヤミソギ」する「イツキノリ」の実感となるわけである。

（アマウツシ）とは、「アマ始元量から変遷した（ウツされた）もの」の意であり、（アマウツシミチ）とは、そのサヌキアワのカムミを、身にウツす方法のことである。

従ってこの句の概要の意味は、『カタチは見えぬものであるけれども（カムナガラ）、食と性の本来性（ヲスヒナリ）のサトリをうけて、目に見えないカムミを求める気持が強くなり、カムミを尊重して（イヤマヒ）至烈な願望を祈りつづけることは（イツキノリ）、カムミ（サヌキアワ）を身体に収着させる（イヤミソギ）、アマウツシの有効な方法（ミチ）である。』

▼なほ、このような彼らの教へを伝へるウタは他にも数多く残って居る。たとへば、ウツクシノ　イツキノイノリ　イナシコメ　ミソギ　ハラヒ　ナホビヒコヒメ（ウツクシノ）とは、<span style="color:#ff3300;">イヤシロチの中でも、特に景観の優れて美しくみえる場所がある。そこは「カンダ」ともよばれ、私達は「美観電圧地」といって居る。則ち、ヨモのタカミを結んだ、高電位の地である。彼らは、本能的に、そのようなところをイツキのイノリの場とし、そこに行ってアマウツシを得れば、異性相互が美化され、向上するといふ事を、当時の社会常識としてわきまへ、実行して居たのである。この習慣が、後世のヤシロ－神社－祭礼の伝統に、変遷したものと考へられる。</span></blockquote>

ここで、酸化とは原子（または原子団）から電子を取り去ることであり、還元とは原子（または原子団）に電子を付け加えることである。


楢崎皐月氏らの調査によれば、
生体に電子を与える還元電圧の環境を「イヤシロチ」と云い、そのような土地では動植物の生育が良好であり、病人は少なく、長生きする人が多い。日本の古い神社などはイヤシロチに建てられているとのことである。
逆に生体から電子を奪う酸化電圧の環境を「ケカレチ」と云い、そのような土地では動植物の生育が悪く、病人も多く、また建物の破損も多いとのことである。


ということは、食の目的とは、外界から身体に電子を取り入れることだと云える。放っておくと電子が身体から外界に出てゆくので、食べることによって電子を外界から取り入れてバランスさせているのであろう。


従って、電子を外界から大量に与えられる超優良のイヤシロチでは、極論すれば、何も食べなくても外界から電子が与えられるので、生きてゆくことも可能になる。


例えば、『るいネット』<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=260163">「不食が可能である根拠を示した二人の不食者」</a>で、１日１個、銅貨の大きさの聖餅だけで命をつないでいる聖女テレーザの話が紹介されているが、これもカタカムナ人のイヤシロチの認識から考えれば、決して有り得ない話ではない。
彼女が住む教会の場所が超優良なイヤシロチで、常に外界から身体に電子が与えられてるという環境条件が前提にあって、１日１個、銅貨の大きさの聖餅だけで命をつなぐことが可能になっているのではないだろうか。
<blockquote>●不食の聖女テレーゼの奇蹟
テレーゼは１８９８年に生まれた。２０歳のとき不慮の災難に遭い、そのため失明し、全身不随になった。熱烈な祈りを捧げた結果、奇跡的に視力を回復し、その後手足も一瞬にして癒された。１９２３年以来、テレーゼは毎日、祭壇に供えた聖餅の小さな一片をのみ込む以外は、食べ物を完全に断ってしまった。

『あるヨギの自叙伝』の著者であるヨガナンダは、彼女を訪ね、そのときの様子を書き残した。

「あなたは何も召し上がらないそうですね？」私はこの答えを彼女自身の口から聞きたかった。
「はい、毎朝６時に祭壇に供えた聖餅をいただくほかは何も食べません」
「その聖餅はどれくらいの大きさなのですか？」
「銅貨くらいの大きさで、紙のように薄いものです」彼女はこう答えると付け加えた。「私はそれを聖餐の意味でいただくのでございます。祭壇に供えたものでなければ、のみ込むことができないのです」
「もちろんあなたは、１２年もの間、それで命をつないできたわけではありませんね？」
「はい、私は神様の光で生きているのでございます」

なんと明快な答えであろう！　なんとアインシュタイン的言葉であろう！
「あなたは、生命のエネルギーが、エーテルや太陽や空気からからだの中に注ぎ込まれていることを知っておられるのですね？」

ほほえみが彼女の顔をほころばせた。「私がどうして生きているのかわかってくださって、ほんとうにうれしうございます」
「あなたの神にささげられたご生涯は、キリストがおっしゃった『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つのコトバによって生きるのである』という真理を毎日実証するものですね」

この説明に、彼女は再び大きな喜びを表した。「ほんとうにそのとおりでございます。私が今日この世にこうして生きている理由の一つは、食べ物によらず見えない神の光によって生きられることを証明するためでございます」
（パラマハンサ・ヨガナンダ『あるヨギの自叙伝』森北出版）</blockquote>

<a href="http://medaka-yoko.seesaa.net/article/235611281.html">『メダカの学校：中村陽子のコラム』「放射能汚染と向きあうメダカのがっこうの姿勢」</a>では、
陰陽論では、放射能は極陰であり、それを中和させるには極陽の海水、塩、味噌、梅干、炭が有効であると言っている。
これは、長崎に原爆が落とされた時に、秋月辰一郎博士が玄米飯と塩と塩からい味噌汁を患者に食べさせて命を救ったこと<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=247376">『るいネット』「放射能汚染から身を守る為の知恵～塩、味噌が身を守る！」</a>や、<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=252486">「炭で放射性物質を除去する」</a>と符合している。


また、若杉友子氏<a href="http://www.chichi.co.jp/book/book932.html">『体温を上げる料理教室』（到知出版社）</a>によれば紫外線や電子レンジは陰で、赤外線や太陽（可視光線や赤外線）は陽とのこと。
つまり、<span style="color:#ff3300;">放射線をはじめとして波長の短い電磁波は陰であり、波長の長い電磁波は陽である</span>ということになるだろう（但し、可視光線より波長の長い電磁波は、それはそれで人体に害があるかもしれない）。


これとカタカムナの「イヤシロチ」「ケカレチ」の認識を重ね合わせると、
<span style="color:#ff3300;">イヤシロチ（還元電圧の環境）は陽の土地であり、波長の長い電磁波に満ちている環境であり、
ケカレチ（酸化電圧の環境）は陰の土地であり、波長の短い電磁波に満ちている環境であるということになるだろう。</span>


実際、楢崎皐月氏はケカレチの土壌改良の方法として、<a href="http://www.narasaki-inst.com/index.htm">「炭素埋設法」</a>を提起している。これも陰陽論的に捉えれば、（極）陰の土地に極陽である炭素を埋設することで土壌を中和するということであろう。


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   </content>
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   <title>福島原発4号機・核燃料プールの現状　いつ何時倒壊するか分からないという危険</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.sayuu.net/blog/2012/01/002197.html" />
   <id>tag:www.sayuu.net,2012:/blog//1.2197</id>
   
   <published>2012-01-14T14:31:43Z</published>
   <updated>2012-01-14T14:55:18Z</updated>
   
   <summary>福島原発事故に関して、1/2に放射性物質（セシウム）の福祉までの降下量が跳ね上がるという事態が起こった。これは、元旦に発生した地震（震度４）の影響だとする説が有力のようだ。（既に田畑や山に飛散していたセシウムが、再び飛散し凝縮されたとする説もある） 　 　 　http://nekohamiteiru.blog50.fc2.com/blog-date-20120106.html 　 実態は、どうなっているのか？ 　...</summary>
   <author>
      <name>tnaito</name>
      
   </author>
         <category term="10.日本の時事問題" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sayuu.net/blog/">
      <![CDATA[福島原発事故に関して、1/2に放射性物質（セシウム）の福祉までの降下量が跳ね上がるという事態が起こった。これは、元旦に発生した地震（震度４）の影響だとする説が有力のようだ。（既に田畑や山に飛散していたセシウムが、再び飛散し凝縮されたとする説もある）
　
<a href="http://www.sayuu.net/blog/img2011/fuku-glaph.html" onclick="window.open('http://www.sayuu.net/blog/img2011/fuku-glaph.html','popup','width=1012,height=519,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/fuku-glaph-thumb.jpg" width="500" height="256" alt="" /></a>　
　http://nekohamiteiru.blog50.fc2.com/blog-date-20120106.html
　
<strong>実態は、どうなっているのか？</strong>
　]]>
      <![CDATA[　
福島でのセシウム降下量のデータは、1/3以降は落ち着いており再び上がる様子もない。また東京でのセシウム降下量データでも未検出とされているので、現在のところは今すぐ避難しなければならない、という事態ではないらしい。
　
1/2にセシウムの降下量が上昇した理由としては、やはり<strong>元旦の地震</strong>の影響が強いだろう。その場合、最も可能性が高いのが<span style="color:#ff3300;"><strong>『４号機の使用済み核燃料プール』</strong></span>だということになる。
　
<a href="http://www.sayuu.net/blog/img2011/fuku-1.html" onclick="window.open('http://www.sayuu.net/blog/img2011/fuku-1.html','popup','width=580,height=348,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/fuku-1-thumb.gif" width="500" height="300" alt="" /></a>　
　http://www.stop-hamaoka.com/kaisetu/pool.html
　
使用済み核燃料プールは、使用し終わった核燃料をプールに入れて冷却している場所だが、原子炉の上の方にある。つまり、<span style="color:#ff3300;"><strong>放射能を閉じ込める防壁が何もない場所にある</strong></span>。
そして、４号機の核燃料プールには、原子炉に通常入っている燃料の２～３倍の燃料が貯まっている。
　
　
<a href="http://www.sayuu.net/blog/img2011/fuku-2.html" onclick="window.open('http://www.sayuu.net/blog/img2011/fuku-2.html','popup','width=1350,height=900,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/fuku-2-thumb.jpg" width="500" height="333" alt="" /></a>
ところで、４号機は水素爆発を起こしたことで知られているが、現在はこんな状態になっている。建屋が壊れて見えている部分の下の方に青いフェンスが張り巡らされていて、その上の緑色の小さい機械類があって、その上にあるのが核燃料プール。<strong>プールは外気に対してむき出し状態</strong>になっている。
　
　
<a href="http://www.sayuu.net/blog/img2011/fuku-3.jpg"><img alt="fuku-3.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/fuku-3-thumb.jpg" width="500" height="375" /></a>
この核燃料プールでは高温の使用済み核燃料を冷却しているため、<strong>常時湯気が立っている</strong>ようだ。
　
　
ところで、４号機の水素爆発では、原子炉建屋の外側が吹っ飛んだだけでなく、<span style="color:#ff3300;"><strong>使用済み燃料プールを支えていた建屋の部分まで吹っ飛んでいる</strong></span>。もちろん鉄骨で補強する工事を行われているが、余りにも酷い作業環境で、十分な補強工事はまだ行われていないと言われている。
 
<a href="http://www.sayuu.net/blog/img2011/fuku-4.html" onclick="window.open('http://www.sayuu.net/blog/img2011/fuku-4.html','popup','width=600,height=450,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/fuku-4-thumb.jpg" width="500" height="375" alt="" /></a>
 
　
　
<strong>元旦の地震によって、使用済み核燃料プールが傾いて、（放射性物質を含んだ）冷却水の一部がこぼれた</strong>結果、1/2にセシウムの降下量が上がった可能性が高い。
但し、一旦福島のセシウム降下量が落ち着いているところから見て、今すぐの避難は必要ないと思われる。だから、４号機が急激に危険な状態になった訳ではなさそうだ。
　
但し、震度５以上の地震が起こった場合には、核燃料プールが崩落し、核燃料ごと落下することになる。この場合、<strong>核燃料は冷却されないまま剥き出しの状態のまま「燃料溶融」が進み、放射性物質が拡散し続けることになる</strong>。
　
核燃料プールの崩壊が起こらなくても、<strong>地震によって冷却系統の配管が破損し、循環冷却システムが機能しなくなると</strong>、プール内の燃料棒が溶け出して、プールの底を溶け落とし、核燃料ごと下に落ちることになる。
　
<span style="color:#6666ff;">※実は海外では３１１直後から、原子炉内の核燃料よりも、使用済み核燃料プールの危険性が指摘され続けていた。</span>
　
※建屋が吹っ飛んでいるので、水素が蓄積することによって起こる水素爆発は起こらないだろう。
　
　
　
４号機の使用済み燃料プールの核燃料が溶けるという事態は、奇しくも政府が「最悪シナリオ」として想定していたものだ。
　
 
<img alt="fuku-tizu.jpg" src="http://www.sayuu.net/blog/img2011/fuku-tizu.jpg" width="270" height="500" />
この場合、<strong>同原発から170km圏内は強制移住、250km圏内は避難対象</strong>となる。
　
元旦の地震での被害は大したことが無かったようだが、
<span style="color:#6666ff;"><span style="font-size:130%;"><strong>日本人は、このいつ起きるとも分からない地震によって、放射性物質が東日本全域から関西まで拡散する危険と、今後、何十年も直面し続けることになる。</strong></span></span>
　
※4号機の核燃料プールからの使用済み核燃料の引き揚げは2013年に着手予定とされている。
　
※4号機から引き上げられた使用済み核燃料は、共用プールに入れられるだけなので、大地震による放射性物質拡散の危険は、ましになるというだけで無くなる訳ではない。
　
　
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=260408">フクイチ４号機、もしもの緊急避難時の手引書</a>　
　
＜画像及び現状分析は、こちらから引用させて頂きました＞
<a href="http://togetter.com/li/240902">福島第一原発4号機燃料プールの現状について、ド素人にもわかること</a> 
　
　
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