2011年08月19日

潮流予測2 国家紙幣によるゼロ成長の経済運営

 8月5日、米格付け機関S&Pが、米国債を最優良格から史上初めて格下げしました。米国債格下げで、米国債、米国金融資産の地位は低下し、ついに、米国の覇権喪失の過程が始まったと思われます。いづれ、米だけでなく、欧、中の崩壊は歴史的には不可避の事象なのだと思われます。では、今後、世の中はどうなっていくのか?今後の潮流を参考投稿を引用しながら大胆予測してみます。
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   (これらの写真(国家紙幣)はこちらからお借りしました。)

潮流予測2 国家紙幣によるゼロ成長の経済運営
今回の経済リセットと米・欧・中の崩壊も、私権社会から共認社会への大転換という歴史の必然の中で起きた、不可避の事象である。
従って、『共認社会の実現』が、リセット後の全ての社会運営の大目標となり、経済運営の大前提となる。
まず最初に断行する必要があるのは、中央銀行の廃止と国家紙幣の発行である。
そして経済運営としては、自然に適応した循環型社会に転換するために、ゼロ成長を基本としつつも、農と新エネルギーの振興に重点を置く必要がある。
ゼロ成長とは、簡単に言えば、売り上げUPゼロ、従って給与UPゼロ、預金UPもゼロということであり、何がしかの余裕蓄積(企業の利益蓄積や家計の貯蓄)が必要になるが、その必要分は、国家が企業と国民に新紙幣を配給すれば足りる。ただし、インフレを沈静化させる必要があるので、最初は最低限度分のみ支給し、インフレが治まるのを見ながら追加支給をしてゆくことになる。
また、マイナス1%成長とは、売り上げマイナス1%、給与もマイナス1%ということであり、これは物価がマイナス1%になる(or物価が同じなら物量がマイナス1%になる)のと同じである。従って、もしゼロ成長に戻す必要があるのなら、その場合は、その1%分の国家紙幣を国民に支給すれば足りる。

【参考投稿】国家紙幣について
「政府紙幣発行を」~国家紙幣発行策を掲げる岩國哲人議員(2/2)
(中央銀行だけが紙幣発行を独占できるというのは錯覚でしかなく、国家紙幣の可能性が書かれています。)
国家紙幣の本当の意味~新しい社会的活動(仕事)の創出
 ここでは、国家紙幣の必要性を、『新たな活動の創出』という視点で書かれています。序文を一部引用します。

なぜ、国家紙幣が必要なのか?
それは政治家や学者の間で議論されているような、単に国家の借金や利払いをなくすといった消極的な意味だけではない。
市場原理下ではできなかった新たな社会的活動、つまり新しい仕事と活力源を創出し、社会を再生するための切り札である。

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同時に、市場ではペイしないが、社会に絶対必要な生産活動、すなわち農業や介護や新エネルギー開発etcに対する大型の助成が必要になる。(ただし、助成金を一律にばら撒くのは愚策であり、農業や介護については、例えば売上高の50%~150%を助成する生産高方式をとる必要がある。)
当然、財源が問題になるが、初めの一年間で市場の回転に必要な国家紙幣を支給して以降は(=2年目からは)、国家支出=税収を厳格に守る必要がある。そうでなければ、国家紙幣が水膨れしてゆき、インフレになってしまう。
従って、税の取り方が重要な課題となるが、税制の基本は、所有税(土地や株式の所有税や相続税)を重くし、次に消費税(売り上げのex3%という形の売上税が望ましい)、そして生産税(所得税や法人税)を軽くすることである。
これは、何も生産していない単なる所有者の税負担を重くし、生産者の税負担を軽くすることによって、経済の活性化を促そうとする政策である。
例えば、土地所有税を3%に引き上げ、相続税を65%に引き上げるだけでも、相当の税収と、地価下落による投資需要の増大が期待できるが、国家紙幣体制の下では、もっと別の財源が新たに生まれる。
それは、国家が銀行に貸し出す資金に1%の金利をつけることである。それだけでも、6兆円ほどの金利収入が得られる。
これまでは、逆に国家が銀行etcに1%以上の国債利息を支払ってきたのが、まったく逆になるわけである(但し、日本の場合は、日銀から政府に一部返還されている)。
特にリセット後2~3年は、誰も銀行に預金しようとはしないので、銀行は企業に貸す資金の大半を、国家からの借り入れに頼るしかない。
従って、農業や介護や新エネルギー開発に対する大型の助成を実施しつつ、国家支出=税収を守ることは十分に可能である。(続く)

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   (上図はここからお借りしました。)
【参考投稿】税の本質とは?
「消費の原資」税金の本質を問う
また、新認識が可能性を開いてくれた
(この2つの投稿は、今までの税金の使い方を単に受け入れるのではなく、税の本質を考えることが重要であるとわからせてくれる投稿だと思う。)
■共認社会における金融制度はどのようなものになるのか?
共認社会においても全てが自給自足というのは不可能で、分業社会にしかならない。従って、交換手段としてのお金がなくなることはない。
また、製造業や農業をはじめとして設備投資や土地の購入に多額の資金が必要であることも今後とも変わりがなく、その投資金額を全て自己資金で調達することは不可能で、借入金で賄うしかない。従って、金融という機能は共認社会においても残り続ける。
そこで、国家が末端にまで直接融資する制度だと、旧社会主義国の計画経済(中央統制経済)と同じで、競争圧力が存在せず、官僚主義に陥って非効率極まりない。競争圧力を維持するためには民間銀行の方が適している。
但し、金融業務は半減することになる。’70年以降の市場縮小過程では、市場を無理矢理拡大させるために、国債の発行をはじめとして過剰に資金需要を生み出してきた。つまり、現在の金融業務は大幅に水ぶくれしているわけであって、共認社会においてはゼロ成長を維持するための本当に必要な業務にまで金融業務は絞り込まれることになる。
ちなみに、利息もなくなることはない。
∵もし無利息・無制限で借りることができるのであれば、いくらでも資金を調達することができ、集積されたお金の力が権力化しかねないからである。
但し、民間企業も共同体化しているのであって、利息もそこで働く人々の給与と若干の企業蓄積を賄うのに必要なだけの利率に設定されることになる。
従って、利息が残っても、ゼロ成長が維持できず市場が拡大してゆくということにはならないだろう。

List    投稿者 hoop200 | 2011-08-19 | Posted in 07.新政治勢力の結集に向けて1 Comment » 

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コメント1件

 ireland hermes | 2014.02.02 19:38

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