2011年06月11日

地震・原発を契機に人々の意識はどう変わるか?【6】:脱自由市場化が進む?

地震・原発を契機に人々の意識はどう変わるか?シリーズ第6弾!
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<節電で暗くなったコンビニの風景:画像はこちらからお借りしました>
これまでのエントリーです。
【1】:原発問題の本質は特権階級の無能と暴走 
【2】:次々と明るみに出る特権階級の暴走ぶり 
【3】:試験エリートの無能とえげつなさ 
【4】:特権階級の暴走は今後も続くか否か?(マスコミ支配との綱引き)
【5】:充足基調(女原理)から実現思考(肯定発の男原理)へ
前回のポイントは、地震・原発を契機に、実現思考(肯定発の男原理)の登場が早まったのではないかということでした。
今回は、地震・原発を契機に人々の意識はどうなる?というテーマをいろんな角度から掘り下げるため、経済問題を考えてみます。
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先ずは、3.11以降の経済をめぐる人々の意識の変化を探ってみます。
■「レジャー減少」の影響を考察する―震災後の消費マインドの変化
>経済産業省の調査によれば、小売・サービス25社の3月売上実績は、食品・日用品、災害用品で10%前後のプラスとなった一方、それらを除いた消費関連では10~20%前後のマイナスで、とくに旅行業やホテル、ゴルフ場などの売上減少が目立った。
■震災をきっかけに高まった「電気や資源は無限ではない」という強い意識
>「こまめに電気を消す」が1位で92.3%。2位は「エネルギーに過度な依存をしない生活を意識」で74.6%。以下、「不必要なコンセントは抜いておく」(72.7%)、「燃費に気を使った運転をする」(65.4%)、「水を出しっぱなしにしない」(65.0%)など
※以下はなんでや露店で作成した電力需要と供給のグラフです。
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このグラフ見ると、原発がなくても火力や水力等で電力消費はまかなえることがわかります。(電力会社による原発がないと電力が足りなくなるといった説明はウソです。)
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<節電で暗くなった駅の風景:画像はこちらからお借りしました>
地震・原発対策として計画停電や節電計画が打ち出され、実際に東京周辺をはじめ節電が進んでいます。まちのネオンや電車の照明等が消え、暗くなりましたが、それでも人々はたいして文句も言わずに協力しています。慣れてしまえば、暗くてもどうってことない。今までが明るすぎたのでは?との意識も普通になってきています。電力消費という面を見ても、節約意識は高まっていくと考えられます。
■東日本大震災で寄せられる義捐金は阪神大震災の3倍ペース
>1995年の阪神大震災では発生2週間で日本赤十字社に義捐金約164億円が寄せられた。今回の大震災では同じ期間で約466億円である(総額は3月30日現在で約594億円)。
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<若者による募金風景:画像はこちらからお借りしました>
■3.11後のお金の使い方
>今回ほどお金が『労働の対価』や『支払い手段』だけでなく、『人を助けられる物』だということをこんなにも強く感じたことはありませんでした。
■生活者の購買行動への変化「社会や環境に貢献できるものを」
>最も大きな変化だったのは「積極的に社会に貢献したい」(40.0%から69.3%に増加)となった。買い物ひとつでも何か今の社会のためにできることがあれば、という意識が伺える。そのほか、「環境に配慮したものを選びたい」(52.0%から70.3%に増加)、「無駄遣いせず、必要なものだけを購入したい」(53.7%から72.7%に増加))などが大きな変化となっている。

★これらの現象は、3.11以降、人々の経済に対する意識が変化してきていることを示していると思われますが、これらは、今回の地震・原発による一過性のものなのでしょうか?
その問題を、以下の投稿を参考に考えてみます。
潮流4:輸血経済(自由市場の終焉)

>自由市場は、豊かさが実現された’70年以降、縮小過程に入ったのである。現在の市場は、国家による資金注入という輸血装置によって生き延びている人工市場なのであって、決して自然な需要と供給に委ねられた自由市場なのではない。従って、当然、大きな歪みが発生してくる。

潮流5:失われた40年

>問題は、国債投入なしには市場を維持できないという事実、つまり自由市場など絵空事であって、現実には、国家市場(国家によって支えられた市場)しか存在しないのだという事実から目を背らし、「自由競争・自由市場」という幻想を捨てようとしなかった点にある。
>物的需要(の喚起)から類的供給(の喚起)へと舵を切っておれば、日本経済はバブルにも経済危機にも陥らず、次代をリードする国家市場を実現し、世界にそのモデルを提示し得た筈である。

「自由競争・自由市場」というのは、私権闘争(自分のためのお金儲け)をする自由ということを大前提にした考え方ですが、国家による国債投入なしには「自由競争・自由市場」を維持できないという事実は、人々の私権意識の衰弱を物語っています。豊かさが実現された’70年以降、人々の意識は、お金第一、経済成長第一という私権意識が衰弱し、私権に替わる充足可能性を探索する潮流にあります。
私権意識の衰弱の潮流は、’08年のリーマンショックを契機に決定的となり、人を騙してバクチで金儲けをするのはどうなん?という意識が強くなっています。「もったいない」という言葉が注目されたり、実際に節約意識が高まったりするなど、人々は本当に必要なものは何か?を考えるようになっていきました。
今回の地震・原発を契機に、必要か否かという土俵に立って、新たな経済の可能性を探索する意識はさらに強まっていると考えられます。復興支援のために、従来にも増して大量の支援物資やたくさんの義援金が寄せられており、みんなが必要としているものにお金を使うという意識が高まっているのはその顕れでしょう。新たな可能性探索の収束先は、「自分の金儲けのための経済からみんなを充足させるための経済」へと向かっていると言えるのではないでしょうか?
このように見てくると、人々の経済意識の変化は、今回の地震・原発による一過性のものではなく、経済のパラダイム転換による構造的なものであり、今回の地震・原発によって拍車がかかったものと考えられます。
この構造変化は、もはや「自由競争・自由市場」に人々が収束しなくなったという意味において「脱自由市場化」への意識潮流であると言っていいでしょう。おそらく、「みんなを充足させる」という意識が強まっていけば、教育、医療・福祉、環境・農業、まちづくり(震災復興)等、さまざまな分野でみんなの協力・協働による類的供給が喚起され、次代をリードする国家市場が実現されていくことになるでしょう。
次回は、「遊びの失速」という観点で、人々の経済をめぐる意識潮流の変化をさらに深く掘り下げます。お楽しみに。

List    投稿者 yukitake | 2011-06-11 | Posted in 12.現代意識潮流2 Comments » 

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コメント2件

 通りがけ | 2012.04.26 16:51

小沢国策(売国奴非国民官僚の国策ワロタ)裁判は地位協定温存のためのユダ金の内政撹乱戦術の一つに過ぎない。奇形司法風情が偉そうに無罪判決など出しているが、本来小沢無罪よりも検察最高裁の有罪を公開裁判で問うていく必要があるのだ。
しかしそんな些末なことよりももっと根源的な売国政治のおおもとを断つ方が遙かに重要である。すなわち奇形司法やスパイ霞ヶ関記者クラブマスゴミ違憲政党公明党を操って日本に露骨に内政干渉するアメリカの人種差別支配条項地位協定を直ちに破棄することが日本国民の付託を受けた国会の最大の急務である。
国会がやらぬなら国民が直接主権行使してやるけどね、「地位協定破棄と福一石棺桶化」。

 hermes polska | 2014.02.01 18:44

hermes uk funds 日本を守るのに右も左もない | 共同体企業ネットワーク理論勉強会テキスト(9)~新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった~

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