2011年03月29日

『白人の源流~ギリシア・ローマ編~7』 古代ローマは、山賊の寄せ集めだから、略奪を拡大し続けるしかなかった

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いよいよこのシリーズも残り2回になりました。

【シリーズの過去記事】
『白人の源流~ギリシア・ローマ編~1』プロローグ:大転換の予感⇒人類史を追求する意義
『白人の源流~ギリシア・ローマ編~2』 オリエントの文明の発祥である 『エーゲ文明~クレタ文明』 
『白人の源流~ギリシア・ローマ編~3』クレタ文明を滅ぼした『ミケーネ文明』
『白人の源流~ギリシア・ローマ編~4』ミケーネ文明を滅ぼした、傭兵と奴隷集団『海の民』 
『白人の源流~ギリシア・ローマ編~5』ギリシアの『ポリス社会』 
『白人の源流~ギリシア・ローマ編~6』 ギリシャとエトルリアに挟まれたローマの起源 

前回の記事では『ローマの起源、ローマ人の出自』を明らかにしました。

★ローマ人の出自は、地中海西岸での戦争の敗者の落人か、集団からのはぐれ流れ者が、エトルリアとギリシアの影響の少ないイタリア半島の中部ラティウム地方に逃げ込み定住し、山賊になった集団。

このような山賊集団が、なぜ、あれほどの大帝国を築けたのでしょうか?
今回の第7弾は、この疑問に迫ります。

まずはローマ史の概略を押さえておきましょう。
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では、いよいよ本題です。
■古代ローマは、古代ギリシアのポリスに似た都市国家から出発しながら、なぜ、全地中海世界を征服し、大帝国を建設しえたのか?

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古代ローマには大きく二つの特徴が抽出できる。

★ひとつは、《奴隷制》
これはギリシアも同じだが、古代ギリシア・ローマ文明は奴隷制度の典型的な体制として知られている。
紀元前5世紀のアテネでは、総人口30万人のうち奴隷が10万人、また前1世紀のイタリア(ローマ)では、総人口750万人のうち奴隷が300万人に達したと推定されている。

奴隷は、狩猟採集社会にはいなかったが、農耕と牧畜が始まり、定住して、人口が増大し、分業が進むと、農作業に従事させるとか、牛の乳搾りをやらせるなど、捕獲した捕虜の使い道の基盤が生じてくる。
特に古代の征服集団は、「戦利品」として敗れた集団を殺戮することも、自分たちの奴隷にすることも、さらに、奴隷として売り飛ばすこともできた。むしろ、奴隷こそ、古代から最も重要な「商品」のひとつであったから、奴隷貿易も盛んであった。
つまり、商品としての奴隷を獲得するために戦争を仕掛け、捕虜とした成人男女・子供を大量に奴隷市場へと投入したのである。

戦争捕虜が奴隷になった事例として、ローマ時代に第二次ポエニ戦争(前218-前201)で8万2千人、前167エピルスでの戦争で15万人、前105年にゲルマン人16万人などにみられるように、多数の住民が戦争によって奴隷とされた。

★もうひとつの特徴は、《政治体制》
古代ローマは、「王政」→「共和制(貴族共和制→民主共和制)」→「帝政(元首制→五賢帝時代→軍人皇帝時代→専制皇帝時代)」と国家体制がめまぐるしく変わっていった。
また、ローマは共和制時になってから拡大するわけだが、その共和制ローマの政治体制は、王政(執政官)+貴族制(元老院)+民主制(市民集会)が混合した特殊な政治体制で、この各勢力間の権力闘争が繰り広げられるのと軌を一にして、ローマは拡大していった。
このような国家体制と政治体制の変化は、当時の他の国にはない。

■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 
Q.では、なぜ、奴隷を大量に捕獲する戦争と内部権力闘争に明け暮れたのか?

◆山賊集団を統合するには、略奪戦争をし続けなければならない
ローマは、建国以来、毎日、対外的な戦争と対内的な権力闘争に明け暮れた状態であった。
これは、根本的には、5500年前のイラン高原で人類史上初めての戦争勃発を皮切りに、4200年前のコーカサス戦争からオリエント世界に玉突きに起こった略奪闘争が背景にある。
その略奪闘争に敗れた生き残りや、部族のはみ出し者の男達が集まった、集団性・共同体を持たないバラバラの山賊の寄せ集め集団であるがゆえに、略奪し続け拡大することで、その戦利品を分配することなしには集団を維持できない。
つまり、『略奪によって私益を拡大する』ことへの収束が、ローマの統合原理の紐帯になっている。
そのため、国民(奴隷を除く)全員が私益の権利を求めた内部権力闘争をエネルギー源にし、それを止揚するためにも、国外との戦争が不可欠で、明け暮れた。

◆戦争こそが主な生産手段
古代ローマの奴隷制(二層構造の国家体制)とその奴隷の数は、古代ローマにとって、戦争こそが主な生産手段であり、商品としての奴隷獲得のためにも戦争に明け暮れていたことを物語っている。
そしてそれは、自らの土地を追われ豊かな土地を獲得できずに山賊になったが故に、略奪以外に飯を食う道がなかったからである。

◆武力の制覇力だけでは拡大・持続は限界。共認すべき国家の統合観念が必要
そうはいっても、武力の制覇力と戦利品の分配だけでは集団は統合しきれず、拡大も持続も限界を迎える。
また、地縁的・血縁的な共同体的基盤の無い山賊の集まりゆえに、集団を統合する不文律の規範も無く、常にローマ人は強固な警戒心を孕んだ状態にあるため、ゼロから人為的な正当化観念と法(ルール)で統合する以外ない。
それが、古代ギリシア以来の「平等、自由、民主主義」の観念であり、古代ローマはこの観念を取り入れ、これを理念として統合した。
そして、(貴族だけでなく市民階級の私益要求により成立した)共和制に移行すると、直ちに“私有の権利”を法文化した「ローマ法」を整備する必要に迫られたのである。
略奪を正当化し私有闘争を秩序化する「理念」と「ローマ法」の制定により、山賊集団を秩序化したことがローマ拡大に大きく寄与する。

◆地政学的に、当時の先進地域である西アジアからの圧力を受けなかった
例えばマケドニアのアレキサンダーは、拡大の方向を西(イタリア、西ヨーロッパ)には求めず東に求めたことが当時の状況を示しており、当時の先進文明の中心は地中海にあり、そこにはギリシアと西アジア(ここではペルシア)の対峙が存在した。
イタリア半島もギリシアなどの植民地が存在したが、それは軍事的な国家ではなく、東からの圧力を逃れた地方の交易商業植民地に過ぎない。
つまり、ギリシア都市国家が東(西アジア)からの圧力と対峙していたのに対し、ローマは、当時では先進文明の枠外にあったという地理的要因の影響も大きい。そしてその間に、アテネやスパルタのギリシアから先進文明(観念、制度)を学び、イタリア半島を統一し大帝国になっていった。
また、古代ギリシアのポリスは、略奪国家が乱立し近接して拮抗していたのに対して、古代ローマは、北にエトルリア(セム系部族)、南にギリシア植民地(海洋交易の植民地)があったが、それらは交易都市であり、ギリシアのポリス社会に比べ近隣からの同類圧力が低かった

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つまり、ギリシアのポリス国家は都市を越えて拡大することなしに滅亡したのに対して、ローマはギリシアのポリスに似た都市国家から出発しながらも全地中海世界を征服し大帝国を建設しえたのは、以下の点にあると考えられる。

①【内部権力闘争を止揚するにも、略奪・拡大し続けるしかなく、それが唯一の統合原理】
②【戦争こそが主な生産手段で、商品としての奴隷獲得のための戦争】
③【略奪・私有を正当化する理念とローマ法の制定と共認】
④【地政学的に当時の先進地域である圧力を受けなかった地理的要因】

古代ギリシアは、ペルシアの外圧を受けて連合を組むことはあったが、基本は部族単位の都市国家が拮抗した状態で、混ざり合う度合いは低い(ローマに比べ、閉鎖的で部族の残存度がある)。
それに対し、ローマは、部族すら残っていない(起源は、略奪闘争に敗れた生き残りや、部族のはみ出し者の男達)バラバラの山賊ゆえに、始めから略奪を通じて混ざり合い拡大していく

結局、集団を破壊されたローマの文化・文明とは、『略奪性』に尽きる。

しかしながら、(中身はともかく)集団の収束力が強ければ集団は強くなる(※集団の強さとは収束力)。
古代ローマが大帝国になったのは、山賊の寄せ集めだから、略奪を拡大し続けるしかなかったのであり、他の集団よりも『略奪によって私益を拡大する』ことへの集団の収束力が強固であったためである

List    投稿者 kirin | 2011-03-29 | Posted in 未分類 | 3 Comments » 

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コメント3件

 匿名 | 2012.01.02 18:17

お疲れ様です。
>しかし現在、ベネズエラを初めとする反米左派政権の台頭と脱米政策に対してはほとんど手を打てていない。
こりゃ、CIA職員の官僚化の弊害。
プロが居なくなった。日本と同様戦前派が抜けたため。
自分達で現場をやらず、下請けに偉そうに命令していただけだが、その下請けも同様に戦前派が居なくなり、プロ不在になった。保身と自分の懐のためだけの人間どもになにができるのか?できるわけない。しかも組織時代に「志」が皆無となりゃ、もう動きようが無いわなwwww
結果、他の似たようなモノと手を組む、という愚策しかなくなる。
さて、どこと手を組むのか、もしくは組んでいるのか?

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