2011年01月19日

西洋文明の基層を探る⇒2500年前までの西ヨーロッパの歴史年表

「モンゴロイドの移動→東洋人の基層」に続いて、「コーカソイド・印欧語族の移動→西洋人の基層」の解明に入ります。
「ヨーロッパのY染色体亜型分布」「ヨーロッパ最先端のY遺伝子分析より」など、既に『るいネット』では、Y染色体分析によるアプローチが始まっていますが、ここでは、主に遺跡の発掘事実からアプローチしてゆきます。
そして、発掘事実とY染色体分析をつき合わせて統合した仮説を提示する予定です。
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まず、基礎データとして、フランス・ブリテン島を中心とした西ヨーロッパの歴史年表(2500年前まで)を掲載します。
参考にしたのは『興亡の世界史7 ケルトの水脈』(原聖著 講談社刊)
plouezoch.jpg
「仏ブルターニュのケルン(石積塚)遺跡」
画像はこちらからお借りしました。
仏ブルターニュ地方では30万年前前後の遺跡は、30ヵ所ほど見つかっている。
 どれも沿岸ないしは大きな川のそばに位置。漁労、採取、狩猟生活を行い、定期的に移動。遺跡で見つかるのは握斧であり、伐採や獣肉の解体用に使われたと推定されている。
30万年前から35000年前までの旧石器時代中期には、ブルターニュ地方では遺跡が増え、70ヵ所以上にのぼる。
 特に北部沿岸地域に多い。マンモスや犀、野牛など大型動物や、熊、豹などの肉食動物も遺跡から出土。発掘された道具類は、握斧が中心だが、スクレーパー(掻器)やナイフ状石なども。
ヨーロッパにおいて、新人は9万年前から5万年前にかけて登場。
旧石器時代後期、35000年前から11000年前は最終氷期。
 スカンジナビア半島やブリテン島北部は氷河に覆われ、海面は現在より120メートルも低かった。ブリテン島と大陸は陸続きとなり、森林が消え、ツンドラとステップ地帯となっていた。この時期の人類はおそらくトナカイを追って移動。ブルターニュでの遺跡は、10ヵ所ほどしか確認されていない。
11000年前になると、気候が温暖化し、森林が復活。中石器時代の開始。
 中石器時代には墓地が形成され、集団的な埋葬が行われた。
9000年前 中東で金属の発見。)
9000~8000年前にかけて、ヨーロッパに印欧語が出現??(印欧祖語の起源がこの時代というのが定説になりつつあるらしい)。
ケルト系言語が属する印欧語の伝播が、定住農耕生活の広がりを軌を一にしたという説が有力。
★人類学者ペドロ・ボッシュギンペラの説では、9000年前~8000年前にかけて、アナトリア(古代トルコ)を原郷とする農耕文化が、徐々にヨーロッパを席巻し、それまでの狩猟採集文化を淘汰し、それとともに印欧語が広がったという。
★印欧祖語の欧州での出現は、かつては金属器文化の伝播が始まる5000年前頃と言われていた。この定説?によって、その起源が4000年も遡ることになったわけであるが、その根拠は不明??
8000年前頃、ブルターニュ地方で定住農耕開始(新石器時代)
 花粉分析によると、森林が切り開かれ、放牧地や畑が誕生。焼畑か? 石臼の出土からは、穀物栽培が伺える。磨製石器(斧)によって森林伐採。
7000~6000年前頃 バルカン半島やギリシアで銅器が登場。
5500年前以降、コルシカ島やアルプス地方で銅器出現。 
6700年前 アイルランド北部のキャロウモア遺跡の最古の墳墓が築造される。
6600年前 巨石文化が始まる。
 仏ブルターニュ地方の巨石墳墓(ケルン=石積塚)が最古で、共同墓地だった。
6000年前以降 巨石文化が拡大し始める。
 6000年前頃には、巨石文化はブルターニュとブリテン島、アイルランド島、デンマークなどの北欧の一部とポルトガルの一部に限られていたが、5000年前頃になると、オランダや仏中南部、スペインなどに拡大し、4000年前には、西ヨーロッパ全域に広がる(これが巨石文化全盛期)。
6000年前 ブリテン諸島など欧州大西洋地域で新石器時代が始まる。
 仏南部沿岸でシャセー文化(磨製石器・土器を持つ牧畜農耕文化)が始まり、フランス中部から東南部に広がる。
5500年前 ブルターニュなどの石積塚巨石文化が、仏中部から東南部のシャセー文化と接触し、シャセー文化に特徴的な土器がブルターニュでも出現。
 また、シャセー文化の影響で、石積塚に大規模な盛り土をした大墳墓群が建造されるようになる。同時期、ドルメンと呼ばれる様々な石室墓が作られる。
5500年前 仏ブルターニュ地方では、クロムレッヘ(環状列石)と呼ばれる遺跡が登場。
 長方形の遺跡で、対角線の延長が、夏至・冬至の日の出、日の入りの場所に一致するので、太陽信仰と関係するという説が有力。
5200年前 ブルターニュ地方では、冬至の日だけ墓室に光が差し込む墳墓。
 これも太陽信仰と関係するとされる。
5100年前エジプト第一王朝、5000年前エーゲ文明)
5000年前頃になると、巨石文化がオランダや仏中南部、スペインなどに拡大。
5000年前 英のストーンヘンジの原型が建てられる。
 現在残るストーンサークルは3800年前のもの(月の観測施設と言われている)。
5000年前 地中海地域で青銅器時代が始まる。
5000~4000年前 アルプス以北で銅器時代が始まる。
 土の質も素焼き技術もそれ以前の壷と異なる鐘状壷が、ヨーロッパ全域に広がり、新しい文化の登場を示唆。
4500年前以降 ヨーロッパ中北部に縄文セラミック壷と戦闘斧の使用が広がる。
★このことからドナウ河中流域から印欧語族が侵入したという説がある。但し、この時代は平穏な時代で、印欧語族の侵入は、全面的な征服ではなく、穏やかな漸進的侵入・征服という説が支配的らしい。
4300~3800年前 アルプス以北で青銅器時代が始まる。
 ブリテン島とブルターニュ地方は青銅器文化の拠点となり、4000年前ブリテン島ではウェセックス文化、
3800年前ブルターニュ地方ではアルモリカ文化と呼ばれる。
 この時代に葬送形式が変わる。巨石文化時代の集団的埋葬から、木棺による個人的埋葬に変わる。ここにしばしば大規模な盛り土が施され墳墓が築かれた。ブリテン島でもブルターニュ地方でも、貴金属や象牙などが出土する墳墓があり、王の墓と推定されている。
 また、新石器時代から、デンマークやバルト海地方とブルターニュからイベリア半島、アイルランド島といった大西洋岸地方で交易が行われていたが、
★この時代の第一種墳墓は、こうした北からの征服者・植民者「青銅器時代のヴァイキング」のものだったという説もある。
4000年前には、巨石文化が西ヨーロッパ全域に広がる(これが巨石文化全盛期)。
4000年前インダス文明、3600年前殷王朝、ミケーネ文明)
3300年前以降、ギリシアでトロイヤ戦争など、地中海地方は動乱の時代へ
 同時に地中海地域は鉄器時代に入る。3300年前に滅んだ小アジアのヒッタイトから鉄製技術が流出? 
3200年前 アルプス以北は晩期青銅器時代。
 埋葬様式が火葬骨壷葬に変わる。「骨壷場文化」。東部ヨーロッパ(ドイツ、ポーランドの境界付近)から火葬骨壷葬の動きが始まり、徐々に西ヨーロッパに波及。ブルターニュとブリテン島、チャンネル諸島は同一の様式になり、フランス中北部からベルギー、オランダにかけてもそれに類似した様式が見られた。
★従来は民族的征服の結果とされてきたが、現在は征服を伴わないor多少の植民を伴う文化的波及説も有力とのこと。
 骨相学的には、ブルターニュ地方は地中海タイプの中型長頭型だが、北方系の大型長頭型が多少見られるようになる。 
 人口については、ブルターニュの青銅器時代の専門家ジオは、この時代のブルターニュの人口を10万~20万人(平方キロ当たり3~4人)と推定している。この数字は8000年前以降の新石器時代からそれほど変わっていない。但し、3200年前以降の晩期青銅器時代から徐々に増え始めたと推定されている。
3100年前 ギリシアのミュケナイ文明滅亡)
3000~2800年前 アルプス以北で鉄器時代が始まる。
 地中海地域とアルプス以北との関係が緊密化。ギリシア・エトルリア(伊中部)・ローマは、アルプス以北の「蛮族」から、鉱物・塩・琥珀・奴隷を輸入し、金属製orセラミック製の壷・武器・宝石・装身具・ワインなどを輸出。
(東地中海でフェニキア人の活動が活発化)
2800年前 北アフリカでカルタゴ、2750年前ローマが建国)
2800年前 ヨーロッパ中部でハルシュタット文化。
2700年前 フランス・ブリテン島一帯は第一鉄器時代に入る。
 但し、ブルターニュ地方だけは、鉄器の出土が100年以上遅れる(2600年前まで青銅器時代か?)
2700年前から中欧中心に大規模な王の墳丘が築かれる。
 2700年前からイタリア中部に出現しはじめ、2500年前までに欧州中部、西部に広がる。軍事的征服などによって富の蓄積が進み、同時に社会的な階級化も進展して支配者の権力が強まった結果。かなりの動乱の時代であったことを示唆する。
2550年前 中国で孔子が生まれる)
2450年前 ヨーロッパは第ニ鉄器時代に入る。
 欧州中部ではスイスのラテーヌ遺跡にちなんでラテーヌ文化と呼ばれる。
 ギリシアのヘロドトスの記述「ケルトイ」で、文献上にケルト人が初めて記述された。ヘロドトスの記述によれば、ケルト人は大西洋岸のイベリア方面から中東欧のドナウ河に至る大民族とのこと。
2350年頃のギリシアのエフォロスは、世界の四大民族を、西のケルト人、北のスキタイ人、東のインド人、西のエチオピア人と叙述。
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List    投稿者 staff | 2011-01-19 | Posted in 14.その他2 Comments » 

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コメント2件

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