2010年07月28日

’10年マスコミは洗脳力を喪失し、崩壊過程へ入った

検察・官僚と並ぶ最大の反動勢力がマスコミである。彼らは、自らの特権維持のために従米路線に固執し、国民大衆を騙し続けてきた。従って、脱米を実現し、新秩序を構築するためにはマスコミ規制が不可欠である。
その実現基盤が開かれつつあるように思う。
現在、マスコミは如何なる状況にあるのか?
’07年から始まったマスコミ叩きに続いて、’10年マスコミは崩壊過程へ入ったのではないだろうか。
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「官房機密費問題追及に、既存メディア側からも心ある「援軍」が続出!」(週刊・上杉隆)から引用。
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画像はこちらからお借りしました。

●日本において、官房機密費問題がこれほどまでに「タブー」であるとは正直、想像の範囲を超えていた。政治側の問題のことを言っているのではない、普通の国ならば当然に、官房機密費の使途をチェックする側のはずのマスコミ、その不作為とごまかしのことを言っているのだ。
それは、この問題の根深さの象徴であると同時に、優秀だとされた日本の新聞・テレビが、実際は一流でもなんでもなく、三流以下の、さらにその下の最低の「犯罪機関」に成り下がっている証左でもある。
春から「週刊ポスト」誌上においてキャンペーンを続けている「マスコミ人に渡った官房機密費」の問題は、きわめて大きな反響を呼んでいる。
●「週刊ポスト」誌には女性からも声援が多数
「週刊ポスト」編集部には、例のないほどの好意的な声が多数寄せられている。しかも、セックスを売り物にした、上品とはいえないこの週刊誌に対して、女性読者からの電話も少なくない。これは創刊以来初のことだという。
それほどまでに、この問題に対する一般国民の怒りは深いのだろう。だが、記者クラブメディアはまだこの問題の大きさに気づいていない。いや実際は気づいているのかもしれないが、どのように対処していいのか、わからないのかもしれない。
記者クラブ問題を追及した時のように、筆者である私の存在を無視してしまうような手段はもはや通用しなくなっている。仮に、うまい具合に私を「抹消」できたとしても、それでは済まない事態が進行し始めている。
この問題に気づいた少なくない良心、とりわけ既存の記者クラブメディアで活躍している人々が声を上げ始めたのだ。
それは世代交代を伴った「革命」のようなうねりをこの国のメディアに及ぼしている。
フジテレビの「とくダネ!」にレギュラー出演している岩上安身氏は、「上杉殿、助太刀いたす」というユニークな表現でもって、早い段階から独自取材によってこの問題を追及しているジャーナリストの一人である。
岩上氏は「週刊大衆」やニッポン放送の番組の中で度々この問題を取り上げているが、何より自らユーストリーム上に設置した「岩上チャンネル」で独自の無料中継を行っているところが大きい。
一銭にもならない完全なボランティアだが、そのためだけに日本全国を飛び回り、マスコミに渡った機密費問題の取材を始めている。まもなく孫の誕生するフリーのジャーナリストが、生活を賭してまでこの問題を追うのは、これが日本という国家、さらには将来の国民にとって、放置できない重要課題だという認識があるからだという。
●ツイッター、ユーストリーム、BS放送、CS放送、ケーブルTVで広がる包囲網
評論家の宮崎哲弥氏も、この「マスコミ機密費問題」に敏感に反応したひとりだ。政治問題から距離を置いていたここ数年だが、やはり岩上氏と同様、これこそが日本の民主主義の根幹に関わる問題だとして発言を続けている。
自らのトーク番組「宮崎哲弥のトーキングヘッズ」(朝日ニュースター)では、ゲストに私を招いて、一時間、自由に話をさせるという冒険を犯し、さらに地上波のレギュラー番組にも、私(上杉)を出演させようと、粘り強い交渉を行っている。もちろん、こうした行為は宮崎氏にとって何一つ得はない。むしろ、現在の仕事をすべて失う可能性のある危険な行為ですらある。
こうした「冒険家」はまだまだいる。
ジャーナリストの小西克哉氏は、自身がMCを務める「インサイドアウト」(BS11)に筆者を呼び、毎日新聞の政治部編集委員と生放送での直接対決の場を作った。
同じく江川紹子氏も、地上波のいくつかのレギュラー番組の中で「記者クラブ」に触れたり、ラジオ番組の中では、このマスコミ機密費問題を批判したりしている。
とりわけ、彼女自身のツイッター上で、この問題に関する意見をつぶやき続けていることの影響は小さくない。
ツイッターといえば同じく水道橋博士も同様だ。立場的にはもっとも既存メディアからの圧力を受ける芸能界に身を置きながら、臆することなく、この問題について語っている。
作家の室井佑月氏も、彼女自身の連載やメディアの中で繰り返しこの問題について言及し、国民の「洗脳」を解くために、危険ではあるが、まっとうな評論を続けている。
著名人の中でこのマスコミ機密費問題をもっとも粘り強く追っているのが、ラジオ界のカリスマでもある吉田照美氏だ。
●ラジオもまた心強い味方 7月31日には久米宏氏と生放送
吉田氏は、自身の番組「吉田照美のソコダイジナ」(文化放送)で、私(上杉)がレギュラー出演している水曜日、この件については私以上に熱く追及している。それだけではない。他の曜日も繰り返しこの件について言及している。さらに趣味の領域を超えた趣味ともいえる絵画の分野でも、「マスコミ官房機密費」をテーマに、「3部作」を仕上げ、次回の個展で発表するほどの熱の入れようである。
それもこれもメディアを知り抜いているからこそこの問題の重要性に気づき、敢えて「冒険」を冒しているといえよう。
ラジオといえば、久米宏氏も自身の番組「久米宏のラジオなんですけど」(TBS)でこの問題を取り上げている。しかも、今月末(7月31日)には、私をスタジオに呼んで、生放送しようという試みに挑む。
「いいんですよ、ぼくはね、そのためにこの番組がなくなっても――」
先日、久米氏は放送中にこう言ってのけた。「ニュースステーション」の司会者としてテレビジャーナリズムの一時代を築いた「テレビ界の天才」にこうまで言わせるのはなにか。 
だが、こうしたビッグネームの発言にも関わらず、テレビ・新聞の「一流メディア」は、この「マスコミ官房機密費」問題についてほとんど完璧に沈黙を貫いている。仮に、海外のメディアだったら、税金の一部が「賄賂」としてそれを追及するはずのマスコミに流れていたとわかったら「大キャンペーン」となっていることは間違いない。だが、記者クラブのある日本では、記事や番組で真正面から取り上げているのは皆無であることが不思議だ。
●大新聞・テレビはごく一部を除き、相変わらずの狸寝入り
例外は、TBSの「ニュース23 クロス」で、マスコミの問題を微妙に避けながらも、松原耕二キャスターが最初に、そして執拗にこの問題を追及している。また、「東京新聞」の特報部は、5月21日に一度だけ記事にしている。ただし、わずかにこれだけである。

マスコミ人の一部が、マスコミの官房機密費問題を追及し始めた。このことは何を意味するのか?
それを明らかにするためにも、これまでのマスコミ支配の確立→暴走過程を見ておく必要があるだろう。
『るいネット』「2007年、マスコミ叩きが顕在化する、画期的な時代へ突入」

「共認支配とその崩壊」より。

’70貧困が消滅して、共認原理に移行すると共認形成の場を牛耳っているマスコミが第一権力化→横暴化していく。
政治家叩きに始まり、’70年~’80年ごろには人権・福祉系の法案を成立させて以降は、叩くものがなくなり、捏造と異端叩きを始める。

(リクルート、幸福の科学、ヤマギシ、その他宗教団体等)
さらには問題現象を捏造して叩き始める!
(朝日珊瑚事件、南京大虐殺等)
一方人々の意識は?
’70貧困の消滅以降、旧観念は一気に輝きを失っていく。
これは、人々の意識が否定から実現へ変わったことを意味する。
→叩くしか能のないマスコミに対する反発が強くなる。
→捏造に対して「事実はどうなっているのか?」事実収束の流れが顕在化する。

2007年、その結果、マスコミに対する【反発】にとどまらず、マスコミ【叩き】がいたるところで噴出し始めた。
「安倍首相秘書が損賠提訴 週刊朝日の記事で 」
「TBS捏造疑惑 ついに国会で強制解明へ」
「徐々に狭まる朝日包囲網 直近の週刊朝日・AERAを巡る動き」
「裁判所の判例と最近の判決の傾向」
もはや、このマスコミ叩きはは大きな【新潮流】に成りつつある。!!
共認収束のなかで、期待を裏切り続けたマスコミ。
収束不全⇒事実収束が深まり、反マスコミの意識潮流は強まるばかりだろう。

1970年以降第一権力と化し、人々を断罪する一方であったマスコミが、2007年ついに叩かれ始めた。確かに2007年は大きな転換点であった。以降、大衆のマスコミ不信⇒反マスコミ潮流は広がり続け、その意識潮流を無視できないマスコミ人が一部に登場し、官房機密費問題を契機にマスコミを告発し始めた。業界で飯を食っているはずのマスコミ人がマスコミ叩きを始めたのである。
この現象は何を意味するのか?
これは、マスコミの内部分裂ではないだろうか。
つまり、2010年をもってマスコミは崩壊過程に入ったのではないだろうか。

その背後にあるのは、遊びの失速・終焉である。
大衆の遊び(娯楽)欠乏を刺激し、遊び・娯楽情報を提供してきたのがマスコミである。そしてマスコミは遊び(娯楽)情報を武器にして、大衆を支配観念一色に染脳し続けてきた。それは単にニュース解説だけではなく、娯楽作品そのものの中に支配観念が様々な形で美化されor正当化されて発信されることによって、大衆は染脳され続けてきた。つまり、遊び第一の価値観こそマスコミの洗脳力の最大の基盤だったのである。
逆に言うと、遊びの失速・終焉によってマスコミはその洗脳力を喪失することになる。
結果、大衆のマスコミ不信→マスコミ批判は広がる一方で、それを感じ取った一部のマスコミ人が、官房機密費問題を契機にマスコミを告発し始めた。つまり、遊びの失速→マスコミの洗脳力喪失こそ、’10年マスコミを崩壊過程に至らしめた、最も根底的な(意識潮流上の)要因である。
るいネット
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List    投稿者 staff | 2010-07-28 | Posted in 01.どうする?マスコミ支配2 Comments » 

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コメント2件

 hermes bags sale | 2014.02.02 14:03

hermes store k?ln 日本を守るのに右も左もない | 3/13なんでや劇場(3) 交易によって何が変わったのか?

 匿名 | 2014.06.13 0:04

下衆だ。下衆は下衆。上杉だ なんだ 下衆に変わりはない。下衆とはブンヤ記者を指す隠語だ。

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