2010年06月30日
6/27なんでや劇場レポート「日本人はいつ物を考え出すのか?」(3) 騙しの破綻→特権階級は追い詰められている
6/27なんでや劇場レポート「日本人はいつ物を考え出すのか?」(2) 学習観念が役に立たないのはなぜか? に続きます。

近代社会が金貸しによって支配されているという認識など、近代社会の騙しの構造が最近になって次々に表出してきています。こんなことは今までほとんどありませんでした。このようにボロが出はじめたのは、金貸しや特権階級(学者・官僚・マスコミ)がここに到ってかなり追い詰められているということではないでしょうか。
そのことに気がつくということ、そのような認識が登場するということは、この騙しの構造を突破する可能性がどこかに存在するということを意味するのではないでしょうか。
学習観念(近代思想)は役に立たない。学校教育で習ってきたことだけでなく、本で読んだ認識もほとんど役に立たない。また、マスコミの報道や情報は捏造だらけで、人々の判断を狂わせるだけ。
反復し定着していない認識が使えるわけがない。にも拘らず、認識を反復→定着させることなく、次々と新しい教科内容を詰め込んできた学校教育は愚民教育に等しいのではないか。しかも教えている中身は架空観念のオンパレードである。それが現実の役に立つはずがない。そして、学校に行く動機も己の利権のため。
これら教育の問題全体を総合的に捉えると、膨大な時間とエネルギーを費やしたにもかからわず、ほとんど役に立っていないわけであって、とすれば、近代以降、大掛かりな騙しの枠の中に我々ははめ込まれてきたのではないか。

こういう状況(構造)はどう捉えたらいいのか?
近代以降200年、学校教育が始まって100年余りが立つ。
その中で、全体が騙しであるという認識を得たのは最近1年くらいの話であり、それまでは気づかなかった。
もちろん、近代思想がペテンであるということは、共同体類グループ設立の前から発見していたが、近代社会が金貸しに支配されているという認識はこの2~3年のものである。そして、理解しようとして読むこと(理解主義)が洗脳の罠に嵌る構造は数ヶ月前に発見されたものである。ここに来て近代社会の騙し(罠)が続々と発見されるのはなぜか?
主体側の原因として、'70年貧困の消滅以来、私権原理から共認原理への転換が進行しており、私権収束力が衰弱し、それに代わって共認収束力に転換したので、新しい角度からの発見が可能になったという面は当然ある。
しかし、やはり大きいのは対象側(外部状況)の変化である。
ここに来て次々と騙しの構造が発見されるのは、近代社会の支配階級(金貸し)とその手先たる特権階級(学者・官僚・マスコミ)が追い詰められていることの現われではないか。今ままではボロが出なかったが、'00年以降、9・11事件の捏造をはじめとして、もはや彼らの策謀は大衆の目からはミエミエである。

特権階級が追い詰められている、その現れの一つが、日本における検察・官僚・マスコミの暴走である。
彼らは一般人にはない権力を持っている。例えば、無数の微罪・軽犯罪のどれを挙げてどれを見逃すか、その裁量権は検察・官僚が握っている。マスコミの編集権も同様。従って、権力を握る人間は公正でなければならない(そうでなければ不正の温床になる)というのが暗黙の共認(不文律)であったが、現在の検察も官僚もマスコミも公正さを投げ捨て、その暴走は止まる所を知らない。
特権階級たちがここまで暴走し、誰の目にも明らかなボロを出したのは、今回が初めてである。それは彼ら特権階級が追い詰められていることの証左である。彼らは背に腹は変えられないが故にミエミエの手段でも繰り出さざるを得ず、そしてその多くが大衆にバレてゆく。
こうした状況で、学校教育やペーパーテスト全体がおかしいのではないかという問題意識が生まれ、近代社会の全てが騙しなのではないかという認識が登場してきたのである。
こういう認識が登場したということは、騙しの構造を突破し得る可能性が現実のどこかに存在する、あるいは登場したということを意味する。 ∵人は可能性がないことは考えない。

そして、今や私権時代から共認時代へ大転換中→旧思想は役に立たない⇒新認識が必要とされている。
では、騙しの構造を突破する新認識の必要性は、どういう構造(条件下)で生まれるのか?
(4)に続きます。
- by cosmos at 11:00

コメント
大掛かりな、そして、何重にも塗り重ねられた騙しの構造。このことがはっきり感じ取れるようになったのは、ここ数年。るいネットやなんでや劇場での新しい認識に拠るところが大きい。
今までは、何となく“おかしい”と、感じていても、突破できずに、堂々巡りの思考の枠に閉じ込められていた。
私権圧力、私権観念が機能している時代においては、私権の強制圧力は、潜在思念では否定しながらも、自らが(私権を追い求めているので)作り出している立場(圧力=活力源)であった。
生涯固定の身分制度は、法制度上は現存していないことになっている。しかし、日本を動かすのは、一介の庶民では無く、特権階級である政治家たちであると、どこかで諦めていたところがある。
それが、ここ数年、特にここ数ヶ月の特権階級の暴走によって、「本当に彼らに任せておいていいのか?社会を動かすのは、彼ら特権階級だけの仕事なのか?」という疑問は高まるばかりである。
答えは、自ずと導き出される。彼らに任せておいては、ダメ。社会を創っていくのは、“現実を生きている=現実を直視している”庶民である私たちではないのか?!
じゃあ、どうする?
という危機感・当事者意識は、多くの国民の意識の中で高まっているハズである。
そこから先の実現イメージをどう創り出していくかが早急に求められている期待ではないだろうか?!
あなたのサイトとあなたが提供する詳細情報に入れ、時間とエネルギーを鑑賞。それは、一度の日付再ハッシュされた材料の同じ外ではないたまにはブログに遭遇して良いことだ。ファンタスティックリード!私はブックマークをあなたのサイトにいると私は私のGoogleアカウントにRSSフィードを追加しています。
あなたのウェブサイトは、接触のページを持っていますか?私はあなたにメールを撮影したいのですが、それを見つけるのに苦労を有するがいます。私はあなたが聞くことに興味を持つかもしれないあなたのブログのためにいくつかのアイデアを持っている。いずれにせよ、偉大なウェブサイトと私はそれが時間の経過とともに改善することを楽しみにしています。
こんにちは!私は前にこのウェブサイトにしてきた宣誓かもしれないが、ポストのいくつかを閲覧した後、私はそれが私にとっての新機能を実現。それにもかかわらず、私は間違いなく私がそれを見つけ喜んでいると私はブックマークなりますので、こまめにチェック!