2010年05月19日

私権原理から共認原理への大転換(自分発からみんな発へ)~対面会議の欠陥1・・・会議が眠いのなんで?

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眠ってます・・・国会ってなんのためにやってるの?
写真はこちらからお借りしました。
2/28(日)のなんでや劇場「私権時代に求められた能力と、共認時代に求められる能力」
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を受け、「るいネット」のお題「私権原理から共認原理への大転換(自分発からみんな初へ)」 より、皆の役に立つ投稿を紹介するシリーズの第9回です。
第1回は「潮流1:共認原理と私権原理」
第2回は「共認力だけが制覇力と統合力を兼ね備えている」
第3回は’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束
第4回は社会貢献が売れるわけ
第5回は中高年層、さあどうする!
第6回はあらゆる圧力を排除する個人主義
第7回は自分に自身があるのは、敗者のイデオロギーに染まってる証!
第8回は共同体だからこそ
でした。
前回は、圧力が末端まで浸透しないがために必然的に無圧力空間が内在し、“自由派”の繁殖を許さざるを得ない構造的欠陥を孕むゆえ、1970年来の私権圧力の衰弱に伴い崩壊寸前の私権企業と、それに代わり、「下からの圧力」によって自我原理を封印し、活力再生可能な共同体企業への転換の必要について追求しました。
今回は、企業を統合し、共認形成を図る場である「会議」について、その欠陥と突破口⇒「全てをネットへ」について追求したいと思います。
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企業における意思決定、あるいは情報伝達の昔ながらの場としての「会議」ですが、非常に退屈で、眠気をこらえるのが大変・・・というのが実態ではないかと思います。みなさんがお勤めの会社ではどうですか?
それは、特に貧困の消滅以降、未明課題の増加と共に、まともに機能しなくなる必然的な欠陥があるからです。
・・・これは、かなり画期的な認識転換です!
以下、「るいネット」より引用します。
■対面会議の欠陥 

対面(円形)会議の原型は、一日or半日後に迫った決戦を前にした臨戦会議だと考えられる。そこでは、成員の末端まで闘争課題が共認されており、その緊迫した空気の中では誰一人、ソッポを向いている者は居ないし、切迫した時間の中では、方針を決められないまま会議に(指揮官)がもたれかかりor(兵士が)ブラ下がっていることは許されない。
現在、これに近いのが、定型課題を処理する(報告し、決断し、指示する)臨戦会合=ミーティングである。注:現在は定型化された日常課題を処理する為に、定例化(定時化)されているケースが多いが、本来は臨戦会合も必要に応じて召集されるべきものである。
しかし、現在全ての企業は、序列社会から共認社会への大転換の渦中に存在しており、どの部門でも課題の未明度が数段階、高くなっている。従って、臨戦会合では答えを出すことのできない未明課題を扱う為の会議が、どんどん増えてきた。従って、現在の(臨戦会合を除く)会議は、未明度の高い課題を突破する為にあると云って良いだろう。
ところが、未明課題となると、何日までに答えを出せるという確信を持てないので、たいてい期限は在って無いようなものになり、臨戦性(切迫感や緊迫感)が大幅に後退してしまう。
もっと問題なのは、未明課題になればなるほど、成員の課題意識が低くなり、殆ど発言が出てこなくなるという事実である。これは、会議の生命とも大前提とも云うべき、末端までの課題共認が(極めて低いレベルでしか)成立していないということであり、会議としては致命的である。
課題共認(闘争共認)が充分に成立していない会議の場は、親和共認に支配される。闘争共認機能が形成された真猿以前の、原猿状態に後退すると云った方が良いかも知れない。
そして、親和空間では、仲間意識に基づく『排除のタブー』が強く働く。その結果、一人でも後ろ向きで重い成員が居ると、場全体が重くなり、場を活性化させることが困難になる。あるいは、最も課題意識の低い成員に合わせてゆくことになり、当初の課題(テーマ)がどんどん下方に劣化収束してゆく。こうなると、雑談と変わらなくなる。(注:但し、闘争共認は親和共認という土台の上に形成されるので、緊迫度の高い会議でも、時折、雑談的or親和的な間があった方が、全体として活性化する。)
もっとも、そんな状態にまで成るのは、無圧力に近い一部の共同体ぐらいのもので、一般には、会議に向けて全社からの強い課題圧力が働いており、雑談だけで終る訳にはいかない。ところが、未明課題なので、下はもちろん、指揮官さえも答えを出せないことが多い。しかし、未明課題を突破するべく、会議という場だけは与えられている。こうなると、上も下も必然的に会議にもたれかかりorぶら下がってゆくことになる。
あるいは、そもそも課題圧力は加えられていても課題共認が充分成立していないので、答えを出せない指揮官が何を云っても、笛吹けど踊らずで、結局、ただの説教会議にズリ落ち、ひたすら退屈で重苦しい場に成り果ててしまう。(それに比べたら、まだしも雑談で盛り上がっている「会議?」の方が、マシである。)

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写真はこちらからお借りしました。
引き続きもう1投稿引用します。
■民主主義=会議という固定観念 

とりわけ、最悪なのは、未明課題を突破すべき長時間会議が、定例化されているケースである。そうなると、答えを出せない大半の指揮官の下で、もたれ合いorぶら下がりが常態化する。それどころか、もっと恐ろしいことに、(何であれ対面会議は、何らかの共認を形成するので)当初の課題からズリ落ち、劣化した方針の共認が形成されてしまう。
要するに、各部門ごとに定例化された長時間会議を設けると、(本来は、皆に開かれた場である筈の)会議の場それ自体が、全社or他部門に対する密室空間そのものとなる。そして、全社課題に背反するorズレた共認集団が形成される。これは、営業的にも体制的にも、企業(全社)統合にとって、致命的な問題を発生させることになる。
冒頭に述べたように、会議の生命は課題の臨戦性にあり未明課題を扱う会議もあくまで必要に応じて召集されるべきものである。従って、未明課題を扱う会議は、決して定例化してはならない。(注:その課題を充分に共認しており、発言もできるトップ級の会議なら、可だが。)
最後に、(上記の例もそうだが)対面共認は、必然的に私的共認を発生させる、という事実も、対面共認が孕む重大な欠陥として、認識しておく必要がある。会議とは少し異なるが、例えば、3~5人の集団面接という場がある。そこには、不安(or警戒心)を抱えた応募者が集まる。もちろん、彼らはその日はじめて顔を合わせた訳だが、それでも会社の雰囲気とか、社員の態度とか、面接官の言葉とかで、少しでも彼らの不安(or警戒心)が刺激されるようなことがあると、帰りには忽ち私的共認が形成される。これは、原猿と同じで、不安を抱えているが故に、少しでも安心(相手もそう思っているんだという安心)を得たいからであり、同じ原理で、未だ闘争共認に同化できず不安を抱えた新入社員たちは、しばしば集まっては私的共認を形成する。
これは、対面共認の必然であり、(集団を超えた)社会空間での対面共認が孕む、構造的欠陥である。もっとも、原猿レベルの安心充足なので、その充足度は極めて低い。従って、闘争課題を共認し、もっと高度な充足と広い視野を獲得している真っ当な応募者や社員は、そんな低劣な私的共認の場には、加わらない。
これまで、人々は、ホームルームから国会に至るまで、民主主義といえば「会議」と思い込んできた。ところが、どの会社でも、対面会議は上からも下からも嫌われ、厄介物となっているのが現実である。それも当然で、これまで述べてきたように、対面会議には様々な構造的欠陥が刻印されており、そろそろ民主主義=会議という固定観念を見直すべき時がきたように思う。

要点のみ抽出すると・・・
序列原理から共認原理への転換に伴い、「未明課題」が激増

・臨戦性の大幅な低下+成員の課題共認未成立

・親和共認に流れ『排除のタブー』   「劣化収束」
また、未明課題ゆえ下から上まで答えが出せない

・指揮官は会議に「もたれかかり」、部下は会議に「ぶらさがる」
更に「定例化」により会議の場は「密室空間化」(全社からの共認圧力▼)

・もたれかかり・ぶらさがりが常態化

・ズレた共認集団の形成+「私的共認」の形成
つまり、会議によって会社全体が統合されるどころか、バラバラに分解すると共に、成員に傍観者意識が形成されるということです。
つづく~
「対面会議の欠陥2・・・突破口は⇒全てをネットへ!」

List    投稿者 kota | 2010-05-19 | Posted in 12.現代意識潮流8 Comments » 

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コメント8件

 ドラドラ | 2012.02.17 23:57

どうでもいいけど、考古学的証拠ぐらいは見つけて来いよ。
そんなら、C・J・ball著「Chinese and Sumerian」ぐらい和訳してよ。

 名無し | 2013.11.01 23:17

東夷とスメルが繋がると、大変なことになりますね。
流石だねーーーーーーーーーーーー
うわーーーー、凄いねーーーーーー!!!!!!!!
ありがとーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!

 このひら | 2013.11.06 16:50

『後漢書』や『通典』などの後代の書物の記述をそのまま鵜呑みにして、周代の出来事として捉えるのは歴史学的に論理が破綻しています。周王朝の時代を正確に捉えるには周代であるなら金文や周原甲骨などの同時代資料を用いて考察するべきでしょう。また、「九夷」などというこれまた周代よりも後の文献である『竹書紀年』に拠って話を進めている点も、論の破綻としか言いようがありません。夏王朝については、京大などの関西の研究者は実在を認めていない人が大半です。

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紀元前18世紀
紀元前18世紀は紀元前1800年から紀元前1701年までの100年間を指す。
できごと
紀元前1787年 – 1784年 – アモリ人、ウルクとイシンを征服。
紀元前1786年 – エジプトで第12王朝の終わり、第13王朝と第14王朝の始まり。
紀元前1766年頃 – 中国で殷(商)王朝興り、夏王朝を滅ぼす。
紀元前1764年 – メソポタミアでアモリ人のハンムラビ王による戦争( – 紀元前1750年頃)
紀元前1759年 – ハンムラビがマリ王国を攻略。
紀元前1757年頃 – エシュヌンナ市の攻略。バビロン第1王朝のハンムラビによる全メソポタミアの統一。イシン・ラルサ時代の終わり。
紀元前1750年 – ヒクソス、北エジプト王国を占領。
紀元前1750年 – アラスカ州、ヴェニアミノフ山が噴火。
紀元前1749年 – 1712年 メソポタミアで反乱。
紀元前1700年 – ミノア内乱。
中央ヨーロッパで青銅器時代始まる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
=コメント=
アモリ人(バビロニア)による、シュメールのイシン、ラルサへの攻撃と滅亡。
それによるシュメール人の民族大移動が、殷の成立させる原動力と思われます。
地理的にシュメール人の、北方向に敵のアモリ人がおり、陸路での移動は困難だったように思われます。
初期シュメール人の出現も、大変海と関係が深く、
滅亡時は海路で移動が安全と思われます。
海路でシナ東方に出現した為、東夷と同種のように思われます。

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