2010年04月27日

統合機運の基盤⇒イスラム教(遊牧共同体国家による市場の制御)

歴史上の社会統合観念である古代宗教(儒教・仏教・ユダヤ教→キリスト教、イスラム教)が登場した基盤、その時代背景を明らかにする。
前回までに、儒教(力の原理の追共認⇒序列規範)と仏教(自我私権の捨象→宇宙の摂理)を取り上げた。
今回は、イスラム教を取り上げる。
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「アラビア砂漠」
画像はこちらからお借りしました。

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『がじゅの教材倉庫へ』「イスラム世界の形成と発展」より引用。

イスラム教の成立したアラビア半島は、大部分を砂漠に覆われ、セム語族のアラブ人がオアシスを中心に遊牧や農耕、隊商による商業によって細々と生計を立てている程度であった。しかし、ビザンツ(東ローマ)帝国とササン朝ペルシア帝国の長い戦争状態が続くことによってシリア近辺の交通が危険になった。「絹の道」や「海の道」で運ばれた商品も、アラビア半島経由を経由するようになった。こうしてメッカやなどの諸都市が繁栄し、アラブ人は交易の民として莫大な利益を得るに至った。
しかし、商業活動の活発化による貧富の差の拡大や、有力部族による都市の政治的支配、多神教や偶像崇拝などの宗教的混乱に加え、司祭による寄付の強制など、様々な弊害があらわれてきた。このような中で、メッカの有力部族であったクライシュ族ハーシム家の中からムハンマドという預言者が現れた。
ムハンマドは若い頃、隊商活動に従事していたが、その中で一神教であるユダヤ教やキリスト教の影響を受け、610年に預言者として自覚したと言われている。ムハンマドは預言者として唯一神アッラーの啓示を伝え、多神教と偶像崇拝を排除して堕落した社会に新しいモラルを訴えかけた。彼が説いた教えは最後の審判や人の平等など、ユダヤ教やキリスト教に共通する部分が多く、これらの創始者である「モーゼ」や「イエス」に伝えきれなかった真実をムハンマドに神が託したとされている。その結果、ムハンマドは最後にして最高の預言者としてイスラム世界では考えられている。
しかし、メッカの人々は彼の考えには無理解で、迫害をしたためムハンマドは622年にメディナへ移動した。これをヒジュラ(聖遷)言い、この時がイスラム暦(ヒジュラ暦)の紀元となっている。彼の教えはメディナで受け入れられ、イスラム教団を建設。630年にはそのイスラム教団を率いてメッカとの戦いに勝利、多神教のカーバ神殿の偶像を破壊し、カーバ神殿をイスラム教の聖殿とした。。その後アラビア半島の広い地域にわたり、メディナの指導のもとに、アラブ諸部族のゆるやかな連合体が成立していく。
イスラムとは、唯一神アッラーへの絶対帰依を意味する語句で、イスラム教徒はムスリムと呼ばれる。ムスリムは平等と相互扶助の精神に基づいて行動する。また、イスラム教の経典はコーランと言われ、神からムハンマドに下された啓示の記録で、教義と律法の書である。コーランには政治や社会、文化的活動など生活全般に関わる事柄が規定されており、六信五行という形でまとめられている。
イスラム教団はウンマというイスラム教団国家を形成した。神は究極の主権者として位置づけられたが、実際に宗教や政治を指導するのはムハンマド(預言者)で、その下でムスリムは万人平等の民として存在していた。
ムハンマドは632年に死去し、その後教団は分裂の危機を迎えたが、結果的に、信者の合議によってカリフ(後継者)を選出することで政治権力を継承するという方法で決着した。カリフは初代がアブー・バクル。2代目がウマル1世、3代目がウスマーン、4代目がアリーと続く。ここまでの4カリフを「正統カリフ」と呼び、この時代にイスラム世界は大きく広がった。領土拡張の戦いはジハード(聖戦)と呼ばれる。

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「メッカのカーバ神殿の巡礼」
画像はこちらからお借りしました。
『詳説世界史研究』(山川出版社)より引用。

メッカの征服後、ムハンマドの権威はアラビア半島の全域に高まり、アラブの諸部族は次々とメディナに使節を送ってムハンマドと盟約を結ぶようになった。こうしてムハンマドが没するころまでには、その権威のもとにアラビア半島のゆるやかな統一が実現し、メディナの共同体を中心にしてイスラム国家の原初形態が生み出された。
『コーラン』には、神の唯一性がきわめて明確に表明され、信者には主人であるアッラーに対し、僕として絶対的に服従すること(イスラム)が要求される。したがって、ムハンマドは神からつかわされた使徒であるが、キリスト教とは対照的に預言者に神性はなく、ムハンマドも「市場を歩くただの人間」にすぎないとされる。
イスラム教は、すべてのムスリムは同胞としてひとつの共同体(ウンマ)を形成するとした。ここにイスラム教が世界宗教として発展していくための基本的な原理を見出すことができる。
『コーラン』には、1日5回の礼拝や断食・喜捨・巡礼などの信仰にかかわる事柄ばかりでなく、結婚や離婚、遺産相続、豚肉を食べることの禁止など、社会生活のすべてにわたる規制が述べられている。イスラム教がせまい意味での宗教にとどまらず、政治・経済・社会・文化など、あらゆる分野の活動にかかわる「生活の体系」として機能するようになったのはそのためである。日常生活の規範とされたイスラム法(シャーリア)は、『コーラン』と預言者の言行(スンナ)にもとづいて9世紀ころまでに整えられた。

イスラム教が登場した1400~1300年前のアラブ世界には、特異性がある。
遊牧部族の共同体集団がいくつも並存していた。武力支配国家はまだ登場していない。そこに急激な市場拡大の波が押し寄せる。
6000年前、世界の共同体集団は掠奪闘争⇒戦争によって蹂躙され、武力支配国家によって制圧されたわけだが、アラビア半島の大部分は砂漠という極限環境であったがために掠奪闘争にさらされず、遊牧部族の共同体集団が残存した。結果、アラビア半島の遊牧集団たちは、武力支配国家という段階を経ずに、いきなり市場の拡大圧力にさらされることになったことが伺える。
市場の拡大は私権意識を増大させ、貧富の格差を拡大させる。かつ、自我を封鎖する力の序列原理⇒武力支配国家も存在していない。アラブの遊牧集団の部族間闘争が激化するのは必然である。このように市場の拡大は遊牧部族の共同体社会を破壊してゆくことになる。彼らが大混乱に陥ったことは想像に難くない。「この混乱をどうする?」これがイスラム教が登場した当時の、アラブにおける社会統合機運の中身ではないだろうか。
ムハンマドの課題意識も、アラブの遊牧共同体社会と市場競争→部族間闘争をどう統合するか(折り合いをつけるか)というものだったのではないか。
イスラム教では商売は肯定されている。しかし、それは皆のために肯定されているのであって、だからこそ金利収入は禁止し、喜捨という富めるものが貧しいものに財産を分け与えることが規範化されている。これがイスラム教における共同体集団と市場の折り合いの付け方だったのではないだろうか。
そのためにムハンマドはまず、ウンマという部族を超えた共同体(教団)を形成した。ウンマの成員はみな部族の絆を断ちきってムハンマドについてきた者たちだった。各部族の守護神信仰では、部族を超えた共認(共同体)は形成できない。だから、ムハンマドが提起した統合観念が唯一神アッラーである。そして、この共同体ウンマに各部族を服属させていった。これがアラビア半島の諸部族を統合してゆく。これがイスラム国家の原初形態である。
ムハンマドの目指したものは、集団の破壊ベクトルをもつ市場を遊牧部族の共同体連合国家によって制御することだったのではないだろうか。集団を超えた市場を制御するためには、集団を超えた規範観念の共認が不可欠である。『コーラン』をはじめとするイスラム法が、人々のあらゆる活動を律する規範体系となっているのは、そのためであろう。
「掠奪闘争⇒力の序列によって統合された武力支配国家→私権の拡大可能性が閉ざされるので⇒私権の抜け道として市場拡大」。つまり、武力支配国家⇒市場拡大というのが通常コースだが、極限環境のアラビア半島では武力支配国家は登場せず、遊牧集団がいきなり市場化の波に晒されることになった。ここでは、通常コースとは逆に、市場化による秩序破壊を食い止める⇒市場を制御するために形成されたのが、イスラムの遊牧共同体国家だと考えられる。
これは現代的視点でみても注目すべき構造である。
今や市場の行き詰まりと暴走が誰の目にも明らかになり、市場をどう制御するかが今後の課題となっていくからである。また、島国ゆえに1700年前まで掠奪闘争に巻き込まれることなく共認体質を残存させてきた日本人と、砂漠という極限環境に置かれたアラブ人とは、その意識構造の根っ子の部分で重なるものがあることは、もっと注目されて然るべきである。
(本郷猛)
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List    投稿者 hongou | 2010-04-27 | Posted in 12.現代意識潮流4 Comments » 

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コメント4件

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