2010年04月06日

私権原理から共認原理への大転換~中高年層、さあどうする!

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頭の中にあるのは何?
画像はこちらからお借りしました
2/28(日)のなんでや劇場「私権時代に求められた能力と、共認時代に求められる能力」()
を受け、「るいネット」のお題「私権原理から共認原理への大転換(自分発からみんな初へ)」 より、皆の役に立つ投稿を紹介するシリーズの第5回です。
○第1回:「潮流1:共認原理と私権原理」)
○第2回:「共認力だけが制覇力と統合力を兼ね備えている」 
○第3回:「’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束」 
○第4回:「社会貢献が売れるわけ」
前回は、「消費」と「仕事」における「自分発からみんな発へ」の意識潮流変化の最新事例についてみてきました。
しかし、現在大半の企業は、人々の意識が共認収束しつつあるにも関わらず、生存圧力⇒私権圧力を前提に作られた「力の序列原理」のままであり、そこで長年過ごす中で身に染み付いた「自分発」の仕事スタイルから脱却できないでいる中高年層も多いと思われます。
そこで、どうしたらそこから脱却⇒「みんな発」の新たな活力を創出していけるか?の可能性を与えてくれる投稿を紹介したいと思います。
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■中高年層、さあどうする!
中身に入り創意工夫を怠らず、高い成果を出す人もいれば、他人の成果を右から左に流すだけの人もいる。後者はその結果、成果不良でトラブルを招き、その解決も人任せになる。なぜならば、ここでも中身に入らないので、解決できる状況に無いのだ。
特に、序列原理の時代を若い時代に体験した、中高年の中に後者の人材は多い。この人たちの仕事観は、突き詰めれば楽をして(=人に押し付けて)給与だけをもらうということだろう。言い換えれば、自分の(私権の)ための仕事なのである。
それゆえ、私権原理から共認原理へ移行した現在大きな問題が起きる。
まず、序列原理の中では、上司に取り入り出世すれば給料も上がる。その結果、人を勝手にこき使う権力を与えられ、中身が無くても、部下にやらせた仕事の成果を右から左に流すだけで自分の成果になり、さらに私権を獲得できた。それに必要な能力が関係力だったのである。
このように、関係力で人をだまして成果をあげることが活力源という異常な構造だが、当人たちはハッキリ自覚してないのか普通だ。まずこの事実を捨象しないことだ。そして、いまだにこの手法から抜け出せず、中身に入らないのはサボりだという認識もだ。
そして、共認原理に移行した現在、求められるのは追求力と、その中身を基にした共認形成力だ。当然、共認形成のための発信力も含まれる。
ここでは、中身なしの指示では、誰も納得できないし、評価もされない。要するに共認が得られないのである。その結果、成果も評価も上がらず、活力ダウンしていく。それでも私権のためだけに会社にしがみつく、哀れな状態だ。

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特に中間管理職においては、「手を動かすのは仕事ができない証拠」といったことまで堂々と言われているようです。
しかし、中身の無い理不尽な上司の指示に対して部下達が反乱を起こし、集団で仕事をボイコット・・・あわてて上司の方から泣きが入る・・・あるいは、病状に対し、ちゃんと容態を確認せずいつもズレた治療方針を出す医師に対し、看護師達がみんなで改善要望を出すと共に、新たな患者を回さないよう上層部に直訴するなど、今や中身を考えずに関係力だけで下を従わせようとしても共認が得られず上手くいかないばかりか、下からの共認圧力によって追い込まれる・・・こうした序列原理崩壊現象も、珍しいことではなくなってきているようです。
つづく

つまり、共認原理では、皆の評価こそが全てだから、これに沿って行動することによって、自分も含めた組織の活力や充足が得られる。だから、徹底的に考え、皆にスッキリしたという評価を得られるまで成果を高めていくことが必要になる。
そうすると、創意工夫する活力源は、皆の期待を捉え、それに応えようと本気で思えるかどうかにかかっていることになる。そうなれば、中身の追求をして成果を出すことができる。まさに、自分のための仕事からみんなのための仕事へ転換だ。
だから、いまや中身の追求ができないのは、自分のことしか考えてないからだということになる。つまり、『自己中』だから追求力が上昇しないのだ!これは、衝撃的な結論だが実感ともあっている。
ところで、中高年は中間管理職というポジションが多くなる。これがまた大きな問題をはらむ。かつての中間管理職は、部下にやらせることが仕事だった。つまり、自分のやる具体作業が無いのである。このイメージで現在の指導者の仕事を捉えると大きな間違いが起きる。
なぜならば、共認原理の時代では、かつてのような高圧的な指示(=強制)は受け入れられない。だから、表面的には共認原理を装ったやわらかい指示になる。ただし、染み付いた口先だけという習性から、中身がなくみんなの共認が得られないのである。
ここでは、相手が自ら考えることのできるようになる、状況認識や判断基準や具体的方針そのものを文書にまとめるなど、みんながスッキリ理解できるのに役に立つ成果品を作るという、『指導者の実作業』が必要なのである。
(後略)

どうしたら皆がより仕事がしやすくなるか?=どうしたら周りの活力⇒成果を上げることができるか?を絶えず考えて自ら手を動かす・・・そして、その評価を皆に委ねていくことで「自分発からみんな発へ」と転換していけると思います。
そして、この「相手発」の意識こそが、真の「主体性」=「当事者意識」を形成してゆく・・・

■『主体性も相手発』・・・言われたことだけやる=言われたこともできないという構造 
トラブルが起きても、なかなか収束できない場合がある。それは、クライアントからのクレーム(=要望)に、そのつど応えていくだけで、体系的な対応になっていない場合だ。そうすると、次から次へでてくるクレームに、もぐら叩きのような対応を迫られ、いつまでたっても収束せず不信感のみが増幅される。
なぜか?それは、打合せの経過の中で、当初から共認形成ができていない成果予定が、納品されて初めて現物確認できるようになる。その結果、クライアントは自分の望んだものと異なるものとわかり、クレームになるというものだ。企画書と実際のイベントや設計図と現実の建物の関係などがこれに当たる。
このような場合、担当者は一見正しく聞こえる『最初に確認しておけば、こんなことにならなかった』という反省をする。しかし、この思考法がトラブルに原因なのだ。ここを理解するには、まず、相手の要望を『全て』事前に確認するということは不可能であるという認識が必要だ。
もし、それを全て事前に正確に出してくるクライアントがいるならば、彼らは自分で企画などを作るだろう。そうなれば、プロは要らないから仕事もなくなる。現実場面は、どんなに気を使って説明しようとも、企画書や設計図の内容のうち、クライアントが理解しているのは30%くらいだと思う。
それでもトラブルならないのはなぜか?それは、クライアントが当初理解していなかった部分が、時を経て現実のものとなっても、彼らの当初からある潜在思念と一致しているからである。平たく言うと、『こういうものを求めていたんだ』という意識になるからだ。
こうなるためには、相手が何を感じ何を求めているのか?という視点で徹底的に同化して行く必要がある。そこができれば、企画段階の打合せ内容と現物とが違うというクレームにはならない。そうすれば、相手の期待以上に相手に応えることが出来るということになる。
また、主体性とは、外圧に立ち向かっていく能力といわれるが、現在は、その外圧のほとんどが相手の期待圧力になった。そうなれば、相手の期待に応える能力は同化能力に規定される。つまり、主体性とは突き詰めれば同化能力になる。
だから、トラブルが起きるのは主体性が無いからということになる。相手の言ったことに一つ一つ反応して、言われたとおりにやるのは、一見期待に応えていると見えても、実は言いなりでなんの主体性も無いのだ。結果、言われたことだけやる=言われたこともできない、ということになる。
ここを超えるためにも、徹底的に相手に同化し、相手の発信以上に相手の期待に応えていく必要がある。これこそが主体性なのだ。つまり主体性も相手発なのだ。

「主体性」と言えば、自らの内側から湧き出てくるものと考えがちですが、それは「自分以外は敵」の私権時代の話し・・・共認原理に転換した現在、「主体性」=「当事者意識」はいかに相手の期待に応えられるか?期待に応えたい!といった相手発の想いから生じてくる・・・この認識の大転換が必要だということです。
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【参考投稿】
「今日一日、何人の人の活力をあげられただろう?」と問い続ける
共認充足が無ければ成果なし
充足が活力を生み、活力が成果を生む
 
次回は、こうした「自分発からみんな発へ」の転換を阻むものの正体について考えてみたいと思います。

List    投稿者 kota | 2010-04-06 | Posted in 12.現代意識潮流8 Comments » 

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コメント8件

 スロウ忍ブログ | 2010.11.27 8:19

日本の多神教思想は一神教思想へ。もはや現代日本は西洋である。

以下は西洋と東洋の思想の思想の違いを生み出した背景である。 とても分かりやすく図にまとめてある。 世界が注目する日本人の可能性~歴史に見る東洋(日本)と…

 伸之助 | 2010.11.28 6:58

いつも広い視点からの記事、楽し
みにしております。明治維新で今
までの日本を否定する風潮が広
まったのは残念ですね。今大河
ドラマで龍馬伝をやっています。
いろは丸事件で幕府をやりこめた
龍馬ですがこの時に国内の問題を
解決するのに外国の力を借りると
言う悪しき前例が出来てしまった
と感じました。
これも龍馬伝からですが、土佐の
上士と下士のすさまじい差別の
実態を見ると、明治以降の身分
制度が表面上無くなった時代の
方が良いようにも思いますが、
実際あんな酷い状態だったので
しょうか?史観の否定視の影響が
あるのでしょうか。

 ななし | 2010.12.07 15:33

坂本竜馬の実家は裕福だったと思います。
屈辱を感じる事は無かったと推測します。
郷士でも江戸留学を許されていたようですし、百姓や町人に比べれば天国みたいなもんでしょうに。
竜馬や土佐藩の実情に関しては後の作家やマスコミのフィルターが掛り過ぎていて本当の所はどうだったのかはわからないと思います。

 うらら | 2010.12.07 20:07

伸之助さん、ななしさん、
コメントありがとうございます。
龍馬伝、わたしも観てました。
福山龍馬、カッコよかったですね。
さて、前々回のなんでや劇場で下記の内容が
提起されています。
>共同体性を最も色濃く残しているのは日本。実は日本人にとっては身分序列は居心地が良い。実際、縄文人たちも朝鮮からやってきた支配部族に対して抵抗せずに受け容れている。それは共同体体質故に、秩序収束⇒規範収束(身分序列や生活規範)が強いからである。日本人と同様にインド人もイスラム人も、規範秩序に守られているという感覚であって、だからこそ居心地が良いのである。(西洋人はそのことを批判するが、それは彼らが共同体性を失った自我民族だからに他ならない。)
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=239606
これって、なんとなくピンとくるように思います。
また、それを受けて、「日本人の身分意識とは職能意識であり、社会から与えられた役割意識」という投稿もされているので読んでみてください。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=239687
テレビドラマの内容をすべて正として受け止めるのも日本人の受け入れ体質ゆえなのかもしれませんね。

 やまと | 2010.12.18 23:10

東洋史観を見直す・・・。
たしかに西洋の技術は、当時の人たちには新鮮に写ったとおもいます。
わたしも皆さんがお書きになっているとおり、東洋は比較的に「まず受け入れる」、
体勢がありますよね。懐が深いんですよね。
ちょっと話は変わるんですが、私は冷え性です。
でも、西洋薬に冷え性の薬はなく、漢方には体質に応じていくつもあるんですよ。
東洋医学は、陰陽のバランスを取る事に重点を置いているんですよね。
だから、体のどこがアンバランスな状態になってるのか、バランスを崩している場所に
応じた処方があるんです。
西洋薬は腫れを抑える薬など、カナリの自覚症状が無いと薬が無く、その薬は
排除する方向の発想ですね。(病気の場合は必要なことも多々あります・・・。)
受け入れつつバランスを取る、という観点では、東洋史観を基にしたbirthday energyも
おもしろい。
http://www.birthday-energy.co.jp/
「運命2011」という本に詳しいですが、生年月日から干支を導出して、宿命を導き出すもの。
宿命と毎日・毎月・毎年・10年間の干支との関係を見て、バランスを取って生活する
方法を提示しています。
いろんな人がいていいんだ、あとはみんなで認め合いながらバランスを取って
生きていこう、となる日が来ることを・・・祈りたいですね。

 うらら | 2010.12.21 14:57

やまとさん
コメントありがとうございます。
>受け入れる=懐が深い。
まさに卓見だと思います。
たとえば、仕事や日常の場においても
いかにも「切れ者」的印象を与えるひとよりも、
茫洋としてたゆとうているように見えるひとの
方が、深い認識を示してくれたりします。
前者は対処療法に強い、後者は本質的解決に
目がいく、といったところでしょうか。
医薬についても同じような傾向があるのですね。
民族性とはあらゆることに深く関わっていると
いうことなのでしょうね。

 パルタ | 2010.12.31 1:46

日本には日本固有的な縄文・平安のような時代と
弥生・戦国のような大陸につながる時代があるように思う。
江戸時代の三大飢饉や昭和初期の時代を考えると、
東北にとって朝廷の支配に入ったのは
災難でしかなかったのではないかと思う。
大和とは西日本であり、東北があるべき生活スタイルは
本来縄文=蝦夷であったのだろう。

 hermes poland | 2014.02.03 0:18

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