ランキングに参加しています
ブログランキング・人気ブログランキングへ にほんブログ村 政治ブログへ
最新の記事
CATEGORIES
PROFILE
ARCHIVES

2010年03月15日

2010年代はどういう時代か?第5話~もはや遊びどころではない!?~


①2010年代はどういう時代か?第1話 ~イントロダクション~


②2010年代はどういう時代か?第2話~市場は絶体絶命の限界を向かえた


③2010年代はどういう時代か?第3話 ~ミスが多発する原因~


④2010年代はどういう時代か?第4話~いかに成員の活力を上げられるか~

シリーズ投稿で第4話まで取り上げてきましたが、
第5話では、視点を切り替えて、もう一段掘り下げながら、再整理していきたいと思います。

若者は、授業に真面目に参加し、毎週のスケジュールは、びっしり埋まるようにしている。
「クリスマスイブに一人でいるのは情けない・・・」「週末は街に繰り出さなくちゃ! 」というような、
私権時代特有の原動力(=遊び)は、今や終息の時代に入った。


%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%8A%EF%BC%92.jpg

▲1980年代後半~1990年代初頭の【バブル経済時の若者の遊び】・・・By ジュリアナ東京


本文に入る前に、ポちっと宜しくお願いします。 Very Happy
ブログランキング・人気ブログランキングへ
にほんブログ村 政治ブログへ

劇場会議でも取り扱われたこの原動力の終息はは、『秩序崩壊の予感』から、来ているものだ。

1/31なんでや劇場レポート3 より以下引用。

正月にも「正月だから出かけなければ」という気分でなくなり、マジ話をするように変った。 そして、秩序崩壊の予感から、若者も中高年も「女や遊びどころではない」と性や遊びを棚上げしている。遊びは敬遠気味になってきたのはそのためである。この変化を「遊びの失速」と呼ぶ。これは決定的変化である。

この『もはや、女や遊びどころではない』という秩序崩壊の予感は、一部の私権強者や、暴走する特権階級を除きどの世代もが感じ始めた。これが、'09年の大きな変化である。

◆この秩序崩壊の予感を感じ始めたのは何故か?その背景を以下に取上げる。


収束不全発の適応可能性の探索、その深くて強い引力 より以下引用。

現在、最も注目すべき意識潮流の変化は、’02年頃に顕在化した、<遊び収束から答え収束>への転換であるが、いったい、遊び第一(=解脱収束)を無力化し、性を封鎖(=セックスレス化)するほどの答え探索の収束力は、どこから生じているのか?
<中略>
これらの根っこには、これまで最大の活力源(充足源)であった私権活力が衰弱し、活力が出てこないという活力不全(充足不全)が、実在している。
この活力不全を突破する可能性の収束先が、遊び収束であり、あるいは仲間収束であり、それら全体が充足基調を形成してきたと見てよいだろう。

しかし、’02年頃、その遊び収束(=解脱収束)さえ、急速に衰弱し始めた。これは、どういうことなのか?いったい、意識下で何が起きているのか?

これまで共認動物が活力不全に陥った場合、それが絶望的な外圧による場合(初期原猿や初期人類)も、逆に外圧が低下した場合(採取時代)も、常に解脱収束(人類は性収束)することによって充足=活力を維持し、活力不全は突破されてきた。
それに対して、今回の活力不全は、単なる外圧低下(生存圧力が低下し、共認圧力も低下した状態)だけに留まらず、社会共認の収束先=統合軸が見つからないという文字通りの『収束不全』である。
<中略>
収束不全発のみんな共認充足の可能性探索こそ、仲間収束⇒充足探索基調の正体である。この可能性探索は、最基底の適応可能性への収束であり、その初期には残存自我と相乗して「いじめ」へと収束したが、どれだけいじめられてもみんな共認(⇒仲間)への可能性収束は、既に不動の底流となっており、仲間を捨象することは出来ない。それほどに、収束不全発の共認収束(=仲間収束)は、絶対的とも云える強い引力を持って実在している。(彼ら「いじめ世代」は、その後成人になっても、「どうする?」「どう思う?」という弱い探索(待機)≒原猿状態を続けている。)

又、この活力不全は社会共認の収束不全に起因しており、単なる解脱収束(性収束)では答えにならないことも明らかである。従って、必然的に(解脱収束とは逆ベクトルの)探索・追求に収束してゆかざるを得ない。

この収束不全発の適応可能性への収束=探索基調こそ、遊びを無為化し、性を封印(セックスレス化)する程の探求収束力の正体である。

‘02年の収束不全⇒探索基調という意識潮流の変化は、潜在思念が豊かな若者層を筆頭として始まり、’08年の金融危機を皮切りに、‘09年に一気に全世代にまで秩序崩壊を予感させるに到った。


▽現代の若者の【意識潮流】!☆・・・課題 探索中の若者達

%E8%A9%B1%E3%81%97%E5%90%88%E3%81%84%EF%BC%92.jpg

‘70年代以降の探索基調への背景をさらに詳しく知りたい方は、下記リンク先へ、
るいネットの『充足基調から探索基調への転換』を参照してください。

コメント

90年代と現代の若者の写真、ものすごい落差ですねw
最近の若者は真面目だが、小粒になった、もっと豪快にやってほしいとおっしゃる年配の方が多いですが、記事にあるように、全く時代状況が違うのだから、当然です。
むしろコチラの方が可能性なんだ、という点に共感です。
ただし、探索基調もいずれはなにがしかに収束する。その収束先を提示することが今後は必要ですね。

  • KOOOOL! 2010年03月18日 18:55

遊びどころではない感覚を実感します。
私権を獲得するエネルギーは湧かないので、それを得られない不全感はありませんね。
それどころか、社会の統合軸が欲しい、その探索に必死です。この探索に応える活動が、今一番求められているのではないでしょうか。

  • barista 2010年03月18日 19:49

ジュリアナですか・・・・写真を見て懐かしくなってきます。
でも、もうあの頃のギラギラとした活力は出てこないと思います。ドーパミンを出しまくった後は疲れますから。

バブル崩壊の反動?としての癒し欠乏の時代が去った現代では、追求や探索を通して得られる(or得られそうな)充足を最優先に位置づけているのでしょう。

即時的な充足よりも持続的な充足可能性の常態化を志向しているように思います。そう考えると、一見停滞しているように見えて、実は新たな人類の進化過程の真っ只中にいるのかも知れませんね。

  • KENT CITRIC1 2010年03月18日 19:59

コメント有難うございます。

KOOOOL!さん
>探索基調もいずれはなにがしかに収束する。その収束先を提示することが今後は必要ですね。

新しい可能性を提示をどう切り出せていけるかが、今後の日本の占う上で重要となります!
今後の展開に好ご期待。

barista 2010さん
>私権を獲得するエネルギーは湧かないので、それを得られない不全感はありませんね。
それどころか、社会の統合軸が欲しい、その探索に必死です。この探索に応える活動が、今一番求められているのではないでしょうか。

これ、半答えですね。
このような意識潮流が社会を統合させる原動力となります。

>即時的な充足よりも持続的な充足可能性の常態化を志向しているように思います。そう考えると、一見停滞しているように見えて、実は新たな人類の進化過程の真っ只中


ドーパミンをフルに活用した発散系よりも、エンドルフィンをベースにした安定した充足基盤(統合軸)を誰もが求めるようになりました。


今後は、企業集団との兼ね合いも踏まえながら、次なる社会統合のあり方を展開していきます。


  • kyuibekamu 2010年03月18日 22:55

コメントする

comment form

この記事のトラックバックURL

trackbackURL:

トラックバック