2009年12月31日
統合階級ほど無能になっている(社会は、真のリーダーを求めている)
今、NHKのテレビドラマで司馬遼太郎の「坂の上の雲」を放映しています。日本が欧米諸国に追いつく為に、エリートと呼ばれる人達が、各分野で、純粋に民衆(国家)の為に戦っている様を描いたものである。まさに明治は、次代を築きあげる活気のある時期であった。

30数年前、私を始め多くの若者は、「坂の上の雲」を読み、明治の指導者達の生き様に感動して、できればそのような生き方をしたいと心の奥で思ったものである。
しかし、その後30年数年経ち、日本の指導者達(政治家・官僚・財界トップ・マスコミ)は、どうなっているのか?無能そのものではないかと疑いたくなる事ばかりしている。
この現象・原因等を端的に記述した物があります。
以下を読んでください。
>国を動かす仕事、それもかなり上の役職・・・・彼ら統合階級は、素人でも分かるバブルを5年にわたって放置し(銀行トップに至っては土地漁りに狂奔し)、挙句の果てにバブルを崩壊させ、日本経済をどん底に突き落としてしまいました。
しかも、その渦中の株式戦争では日本勢は百戦百敗、巨額の利益を外資に持っていかれてしまいました。
政治家も、官僚も、財界トップも、そして学者も、マスコミ人も、無能の極みだったと見るべきでしょう。さらに、今や国の借金は800兆に達し、環境破壊と精神破壊も進む一方なのに、彼らは未だに何の答えも出せずにいます。無駄メシ食いと言うしかありません。
彼らは、いったいどうなってしまったのでしょうか?いや、どうしたら、ここまで阿呆になれるのでしょうか?それは、人類が、これまでに獲得してきた認識群ではどうにもならないような大転換期を迎えたからなのです。1970年ごろに貧困を克服した先進国は、過去3千年の人類史を覆すほどの大転換期を迎えました。それは一言で言えば、自分第一の社会から、みんなで作ってゆく社会への転換です。そこでは、自分第一の時代を導いてきた認識群はまったく役に立ちません。みんなの時代を導く新しい認識群(新理論)が必要になります。
しかし、彼ら国を動かす地位にある人たちは、旧認識を売り物にしてその地位を得ています。旧認識を捨てれば、たちまちその地位を失ってしまうので捨てることができません。
例えば、貧困を克服してしまった以上、市場は縮小してゆくしかありませんが、彼らは未だに市場拡大第一という古い観念にしがみついて莫大な財政投資をやり続けてきました。その結果が、借金800兆であり、止まることを知らない環境破壊であり、精神破壊なのです。
もはや、彼らには国を動かす資格はありません。これからの時代は、旧認識にしがみつく必要のない素人が、みんなで答えを考え、社会を変え、国を動かしてゆく時代です。このるいネットも、みんなで答えを追求し、社会を変えてゆく場のひとつなのだと、私は思います。
今の統合階級では、次代を任されないと言う雰囲気があって、「坂の上の雲」が大河ドラマとして登場して来たのであろう。そして大きく時代が変わりつつある現代は、素人集団(明治の青年達も素人であったように)が社会を変え、国を動かしていくしかないと思う。
- by ryou at 12:00


コメント
いやー、あまり過大評価するものではないと思いますよ。
小説は小説、エンターテイメント以上の物ではありません。
明治人が立派だったなんて神話です。
何時の時代でも立派な人は立派だし、そうでない人はそうでない。
同じ日露戦争でも、八甲田山での人体実験や樺太での捕虜大量虐殺など、坂の上の雲と同時代に育ったはずのお偉いさん、中堅さんたち、けっこう人でなしなことをやってますよ。
日本近代化の理想は日清、日露両戦争によって狂ってしまったと言う人がいますけど、それなら「坂の上の雲」の世代が狂わせた中心になりますね。
こういうのは取り上げる事例を変えることで、どうとでも言えるんですよ。
あまり意味のある態度じゃないですね。
いやー、あまり過大評価するものではないと思いますよ。
小説は小説、エンターテイメント以上の物ではありません。
明治人が立派だったなんて神話です。
何時の時代でも立派な人は立派だし、そうでない人はそうでない。
同じ日露戦争でも、八甲田山での人体実験や樺太での捕虜大量虐殺など、坂の上の雲と同時代に育ったはずのお偉いさん、中堅さんたち、けっこう人でなしなことをやってますよ。
日本近代化の理想は日清、日露両戦争によって狂ってしまったと言う人がいますけど、それなら「坂の上の雲」の世代が狂わせた中心になりますね。
こういうのは取り上げる事例を変えることで、どうとでも言えるんですよ。
あまり意味のある態度じゃないですね。
横レス失礼します。
何処の国だろう(比率はあるが)良いもの悪いもの、立派なもんそうでないもんは居ます。
そんなのカメムシだって知っている当たり前のこと。
波乱の多い時代はその高低の差が大きい傾向は大昔から何処にでも見られる傾向。これだってだって知っていることでしょう。
いくつかの悪い例を取り上げてすべてが悪いような言い方をすると、
「人類は存在してはいけない」
という結論以外にならない。
糞やろうはどこにでも出没する。
悪党のほうがよほど分かりやすく、分かりやすいという分だけでもまだ正直だ。
世を腐らせていくのは、「糞やろう」どもが存在するから。
『龍馬がゆく』でも同じだけど司馬遼太郎のファンタジーをノンフィクションかのように捉えてしまう人って結構多いんだよね。
バブルの中でも有能な金持ちは煽るだけ煽って勝ち逃げしてたでしょう。トップの能力は高く大衆の能力が低いからトップは自分だけ儲けているのが実態で、指導者が無能だなんてとんでもない間違い。
>司馬遼太郎のファンタジーをノンフィクションかのように捉えてしまう人って結構多いんだよね。
何でなんですかね?
エンターテイメントはエンターテイメントなんですけど、わかんないのかな?
良い悪いは事実を追求してからで良いと思います。坂の上の雲では書けなかった事実や作られた事実があるはず。それは小説なんだから当たり前ですが。
司馬遼太郎が書きたかったのはその時代の人々の意識。
それが全てとは思いませんが、素直にその時代の人の意識という対象に同化したほうが時代を感じ取れるのではないでしょうか。
その前に良い悪いと選択するのは、その価値感が邪魔をしてしまいます。
その中で見えてくるものこそが重要なのでは、歴史小説はそういう読み方をしたらおもしろいと思います。
今は支配層ほど躍起になって売国反日に勤しんでますからねw
しかも真のエリートと呼ぶにはあまりにも能力が低い連中が外国、特に米国をバックに支配層になってます。
マスメディアや御用学者、政治家etc
一方で国益擁護派は潰されて来ました。
明治期よりよっぽど状況は悪いでしょうね。
自分の国は自分達が血を流してでも守ると言う気概もありませんし。
日本人は独立心や自立心をなくしてしまったように思いますね。
まずは対米でも対中でも従属関係からの脱却が必要でしょうね。
対立する必要はありませんが、植民地になる必要もありません。
>司馬遼太郎が書きたかったのはその時代の人々の意識。
そうでしょうか。現代ビジネんマンの啓発本みたいな浅薄さを感じますが。
明治に活躍した人たちはみんな若いですよね。。。
それにも驚きますが、年寄り連中が割とおとなしく身を引いていったのも、今とは対象的です。
少なくとも「バブル」について言えば、
その最大の責任者は斎藤次郎で、それとつるんでいたのが小沢一郎です。
(この二人は湾岸戦争での90億ドル供与の実行責任者でもあります。これが小泉に至る対米従属の流れを作りました。)
そしてそれに媚びているのが亀井静香なのです。
(亀井については、佐高信氏が「日本をダメにした経済戦犯」の9人のうちの1人に挙げています)
これで国益が守れるとはとても思えません。
自己批判からスタートしているなら別ですが、彼らは自分たちの責任を他者になすりつけているだけです。
司馬遼太郎の小説が幻想であるように、
小鳩政権への皆さんの期待も幻想に過ぎないと思います。