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2009年12月04日

11/29なんでや劇場レポート(1)性欲が出てこないのはなんで?⇒秩序崩壊の不安と焦り

11月29日になんでや劇場が行われました。
テーマは『性欲が出てこないのはなんで?』

どうでしょう?
みなさんの意識にピッタリくるテーマではないでしょうか?

では、3回に分けてレポートしていきたいと思います。

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かなり深いところでの秩序の崩壊は誰もが感じている。

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では行ってみましょう。

今回のテーマは

性欲の衰弱から出発して、意識の深い所で人々を突き動かしているのは何か? 
人々の意識の深層にあるのは何か?を解明する。

です。

●性欲が出てこないのは、なんで?

sexless_illust.gif
仲は良いのにセックスレス。画像はこちらよりお借りしました。

性の衰弱についての現象事例や実感を集約した。
性欲の衰弱は世代を問わず普遍的な現象である。
そして、その特徴をまとめると次の2点になる。

①若者では、仲間関係的な男女関係だと何の問題もないが、そこから性関係に発展しようとするとブレーキがかかる。
②男には、女やセックスどころではないという感覚がある。


特徴①性関係になるとブレーキがかかるのはなぜか? 
肉体的関係を持てば責任(象徴的には結婚)が生じる。結婚しない人が増えているのも同じ理由で、結婚生活・性生活にエネルギーをかける余裕がないから。
これは特徴②「それどころではない」という感覚と完全に重なる。
逆に言うと、「それどころではない」ということは、女・セックスよりも大事な(必要な)ものが他にあるということになる。


●哺乳類にとって性欲は最強の引力をもつ。その性欲さえ脇に押しやるほどの強い引力を持つものは何か?(理論的に難問)
photo15.jpg
メスをめぐるオス同士の争い。画像はこちらからお借りしました。


従来の仮説では、私権時代の性は自我・私権の性であり、性幻想という引力で性回路を作動させてきたが、根本にある私権欠乏が衰弱したので性回路を作動させるエネルギーが衰弱し、性欲が衰弱したという説。
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自我の性。画像はこちらからお借りしました。

この説でも論理は整合するが、性欲の元は本能なのだから、私権の衰弱説だけでは不十分。

もう一つの仮説は収束不全説。
確かに哺乳類にとって雌雄の引力は最強の引力だが、雌雄に分化する以前の生物には雌雄の引力は存在しない。収束不全は性よりも深い所にある適応本能を直撃する不全なので、適応本能が作動し探索に向かった結果、性が脇に押しやられているのではないか?


●では、収束不全の中身は?

最強の引力を持つ性欲さえ脇に押しやるほど強い引力を持った、何か得体の知れない不安と焦りがある。この、全てに優先する、得体の知れない気懸かりなもの(不安・焦り⇒先行き探索に向かわせるもの)の正体は何か?

これと近い歴史事実はないかと遡って考えてみても、極限時代にも、採集時代にも、私権時代にも、性が衰弱することはなかった。性の衰弱とは、生物が雌雄に分化して以降経験したことのない異常事態である。


●極限時代、採集時代、私権時代を貫く共通項があるはず。それは何か?

⇒「明日もその先も、今日と同じ」ということが共通項ではないか。
・極限時代は、凄まじい外圧に晒される状態は今日も明日も同じ。
・採集時代は、平和で豊かなのは今日も明日も同じ。
・私権時代も、今日も明日も私権時代。
・それに対して、現代は、明日、何が起きるかわからない(という不安)
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画像はこちらからおかりしました。

飢餓や戦争や革命の時代は「明日もその先も、今日と同じ」とは言い難いが、性が衰弱したことはないという反論があがるだろう。
⇒しかし、飢餓や戦争や革命によって秩序原理は変わるが、何が起きても秩序は間違いなく存在している。秩序が存在(安定)しているからこそ、それはパターン化できるので「この先どうなるか?」が読める。

人類は極限時代にも生きてきたし、共同体が侵略され大多数が奴隷化した時代にも生きてきた。
戦争に負けても生きてきたし、その間、性は衰弱しなかった。
何が起きても秩序は存在していた。
古い秩序が崩壊or消滅しようとする時は、一方で新しい秩序が登場してきた。

現在は、秩序が崩壊or消滅しようとしているにもかかわらず、新しい秩序は登場してこない。
この社会秩序が崩壊してゆく感覚、しかも新しい秩序が見えない(分からない)不安と焦りが、性欲さえ「それどころではない」と脇に押しやるほどの強い力を持った得体の知れない不安と焦りの正体である。


第2回に続きます m071 m071

コメント

>本能機能も共認・観念機能もそれ自体が一つの秩序体系であり、

 「これってどういうことなのかな?」と、“なんで屋サロン”で議論になりました。
『実現論』にもあるように、本能も、共認・観念も外圧に適応するなかで、獲得してきた機能。
文字通り、生物は「外圧適応体」☆。
外圧を捉えるorある程度予測がつくことで、可能性や充足基盤も捉えられる。例えば、本能を直撃する飢餓や、共認・観念を揺るがす戦争・革命。
飢餓は、今日飢えてれば今の状態をもとに、明日、明後日、その先どうする?という適応方法を探れる。
戦争・革命については、今の統治者もしくは体制が明日変わろうとも、生き残るためにはどうしたらいいか?その術を探れる。

種・集団として「外圧」と調和する術を見出すことで、適応機能や適応規範を獲得=体系化してきた。
この秩序の崩壊とは、まさに生命原理の崩壊なんですね。

  • 初穂 2009年12月10日 18:27

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