2009年03月22日
世界大恐慌→私権闘争の終焉によって国家も終焉を迎える

『るいネット』「ここ10年の政治家・官僚・マスコミは麻薬中毒状態」で指摘されているように、国家と政治家の迷走ぶりはひどくなる一方であり、今や末期的症状を呈している。それが「麻薬中毒」と言われる所以であろう。ここから、昨年来の金融危機→世界大恐慌を契機に、近代国家制度が終焉を迎えつつあるのではないかという直観が働く。
日本の製造業は確かな技術力や資本力を持っていましたが、バブル崩壊の影響で大きな打撃を受け、その上に1990年代から2000年代にかけては新興工業国の安価な製品に世界市場で押されるようになり、生産拠点を海外に移転する企業も多くなりました。一方、世界唯一の超大国となったアメリカの製造業は既に弱体化しており、アメリカはドルを大量に刷って世界中に投資して富を築くという完全なる投機経済体制に移行しました。日本政府もこのアメリカからの投資によって見せかけの経済成長を実現して支配の正統性を確保しようとあがくようになり、アメリカの言いなりに規制緩和を受け入れて投資を得るようになっていきました。これによって恩恵を受けたのは大企業のみで、地方経済はむしろ打撃を受けることになりました。一方、大企業は東京と海外を拠点としていたので、東京一極が繁栄することになりました。しかし日本政府は財政再建のために地方は切り捨てて大企業優遇政策をとったので、日本政府は日本全土を統治する中央集権政府としての正統性をほとんど失っていきました。2005年以降、この規制緩和・構造改革路線の失敗が明らかになっていくにつれて、日本政府は内部抗争によって何も決定出来ない状態に陥り、完全に機能不全となりました。そこにアメリカの投機経済が2008年のサブプライムショックではじけて崩壊し、全世界規模で株式の大暴落と金融危機が起こり、実体経済にも大打撃が生じました。これによって日本の大企業も大きな打撃を受け、東京周辺の一極的な繁栄の灯も消えました。しかも弱体化を余議なくされるアメリカは超大国の地位を失い、日本から軍事的に撤退する可能性も高くなってきました。
それどころか、そもそも2008年の全世界同時不況は世界史的事件であり、近代国民国家というモデルの終焉を意味しているのではないかと思われます。国民国家はそもそも強力な中央政府のもとに国民が一致団結する中央集権制が理想モデルで、国民が力を合わせて国家を盛り立てていくものでした。明治維新が目指したものはまさにそれであります。しかし1つの国の抱える人数が増えていくにつれて上手くいかなくなっていきました。国民が国を支えるシステムのはずであったものが、いつしか国が国民を養っていくシステムに変わっていってしまいました。しかもその公平性の問題で常に揉め事が起きるようになっていきました。これが中央集権制の弊害なのです。そして国が国民を養うのに金が足りなくなってくるので、とうとう国が投機で金を稼ぐようにまでなってしまったのです。それで国家主導で投機経済が膨れ上がったのだが、それもとうとう今回破綻してしまったのでした。もう中央集権制の国民国家というモデルは限界なのではないでしょうか。つまり近代の終焉です。今後は全世界的に地域主権制への移行が始まるのではないでしょうか。
近代国家とは何か? 『るいネット』「錯誤の根は、古い武力闘争のパラダイムにある」より引用。
逸早く市場拡大の道を歩み、国富(国力)を市場拡大に依存するに至った先進国では、既に戦前(前世紀初頭)の段階で、戦争であれ革命であれ、弱者側(独・日や労働者・農民)の武力闘争による勝利の可能性は、とっくに無くなっていた。それは、武力によって統合された武力社会から、人々の共認によって統合される共認社会に既に移行していたからであり、かつその最強の課題共認が豊かさ追求=市場拡大だったからである。
市場の拡大期に成立した近代国家は、豊かさ(私権の拡大)共認⇒市場の拡大共認によって国民が統合された国家であると言えるだろう。だからこそ国家がバブル(借金)経済を先導したのだ。そして近代国家の迷走は今に始まったことではなく、20年前のバブルとその崩壊以降顕著になった現象である。さらに遡れば豊かさが実現され私権の衰弱→序列原理が崩壊した’70年頃から国家の衰弱は始まっている。国家権力に代わってマスコミが第一権力化したのがその象徴であるが、その理由は『るいネット』「市場の拡大限界は、国家の統合限界でもある」で解明されている。
もともと国家は、私権闘争を圧力源=活力源とする、力の序列原理に貫かれたその統合体として形成された。しかし、生涯固定の身分制度の下では、私権拡大の可能性は封鎖されて終う。そこで、私権闘争の抜け道としての市場が形成され、繁殖してきた。そして今、その抜け道としての市場さえ活力を失って終った。これは、明らかに私権闘争の終焉を意味する。そして、私権闘争が終焉したということは、私権闘争の止揚・統合体である国家の命運も、遂に尽きようとしているということに他ならない。実際、バブル期以降の国家の迷走ぶりは、すでに誰の目にも明らかである。
現在、世界大恐慌によって市場の縮小が顕在化している。言い換えれば私権闘争の終焉が間近だということであり、私権闘争の統合体である国家も終焉するのは、歴史構造として必然ではないか。最近の政治家の末期的迷走ぶりは、’70年から始まる国家の終焉がいよいよ最終段階に入ったことを示しているのではないだろうか。
(本郷猛)
- by hongou at 00:06



コメント
>最近の政治家の末期的迷走ぶりは、’70年から始まる国家の終焉がいよいよ最終段階に入ったことを示しているのではないだろうか。
世界バブルが崩壊して、日本だけではなく、アメリカもEUも世界が迷走し始めた感じがします。
アメリカのAIGボーナス騒動も迷走の始まりにしかすぎないように思った。
いまだに私権闘争を繰り広げる政治家。無能ぶりが際立ってきました。
自民党の国会議員の半数が世襲議員なんですよね。課題がないが、権力はある、さらに親のネームバリューで当選したというコンプレックスももっているので人一倍出世欲が強い。
これが民主主義ってんだから笑ってしまう。この負の連鎖をなんとか止めなくては。
「今後は全世界的に地域主権制への移行が始まる」という一文は新しい気づきでした☆
地域主権制って、EUなどのように国家の枠を超えた連合のようなものになるんでしょうか?それとも、もっと実体に基づいたもの(地域に密着したような組織など)になるんでしょうか??
自民党の旧い政治家、或いは官僚が「麻薬中毒」と言われるのも最もだと思います。
今だにこんなやつらが国家を支配しているからおかしい、なんとかしなければという国民の側の意識も大きく変わってきているのだと思います。
>全世界的に地域主権制への移行が始まるのではないでしょうか。
は今後必然の流れではないでしょうか?
>最近の政治家の末期的迷走ぶりは、’70年から始まる国家の終焉がいよいよ最終段階に入ったことを示しているのではないだろうか。
「近代国家の終焉」という認識は、今後の世界情勢を見ていく上でポイントですね。
東欧諸国の民族独立や国家の規模を超えた多国籍企業の存在(国家が救えないほど膨らんだ負債)など、従来の国民国家の基盤が崩壊し始めている。
インターネットの発達も国家の終焉を加速させていく要因の一つと思いますが、いかがでしょうか?
国が養っているのは、企業や一部の個人のみのような気がしてきます。それは、近代国家は、私権闘争のなかで国が国民を養っていくシステムとなったからでしょうか?
>私権闘争が終焉したということは、私権闘争の止揚・統合体である国家の命運も、遂に尽きようとしているということに他ならない。
私権闘争のなかで作り上げられたしくみからの転換期。
本郷さんは新しいしくみ(地域主権制?)ってどんな形が望まれてくると考えていらっしゃるのか、教えて頂きたいです☆