2009年02月22日
日本支配の構造23 【仮説】開国⇒大東亜金融圏⇒大東亜戦争

「日本支配の構造」と題し、戦前の日本の統合形態が一体どうなっていたのか?をこの間試行錯誤しつつ
進めてきたわけですが、直近のテーマであった「天皇の蓄財」からの流れで、皇室財産とは国会から独立した自由な政府の“財布”であり、この資金を原資として、アジアに円とリンクした“大東亜金融圏”(大東亜共栄圏の経済部門)を国家主導で築こうとし、これを引き金に勃発した英米との通貨圏戦争から大東亜戦争に至った・・・その後敗戦→東京裁判→アメリカ支配・・・の構造が見えてきましたので、一旦中間まとめとして仮説を提示したいと思います。
以下が大きな流れと新たな追求テーマです。
ことの発端は、西洋事情(福沢諭吉)にて欧米の脅威を認識。不平等条約を無理矢理結ばされる中、無血開城にて江戸時代終焉(あまりの外圧の大きさに国内で争っている場合ではない)。とにかく外圧を押さえるために岩倉使節団などが欧米視察へ。
【追求テーマ】岩倉使節団が見たものは何か?
①私権制度・市場主義の脅威(日本人の本源性からみて不気味)・・・全財産ぼったくられたらしい。
②資本力(経済力)>軍事力・・・という現実
⇒その後、当初は欧米(イギリス=ロスチャイルド)に学んだが、いずれ自前の経済圏と軍事力(←資源)を持つ必要を認識。
⇒原資としての“天皇の財布”=皇室財産の構築。そのためにも大日本帝国憲法による天皇主権体制。
⇒やがて、大東亜共栄圏=大東亜金融圏(円為替本位制)構築へ・・・台湾→朝鮮→満州→華北、華中、華南→東南アジアへ
◎つまり、戦争に追い込まれたからこうした大陸進出+(下記)経済圏構築に至ってたのではなく、逆で、はじめから欧米の経済力、軍事力といった脅威に備えるべく進出。(はじめから反市場主義)結果、欧米と利害対立し、通貨支配を巡る戦いから武力期戦争に追い込まれたのではないか?
※皇室財産整備の発端は、「自由民権運動」からの防衛であったが、底流には西洋思想の流入に対する警戒感があったのではないか?
【追求テーマ】大東亜金融圏(円為替本位制度)とは何か?
・・・皇室財産(という財布)を使い、日銀発行の円を信用根拠に、各国・地域に中央銀行を設立し、“円を発行”。
(中国は元々銀本位制だったが、ロスチャイルドによって銀が売り払われ放棄せざるを得なくなった中、“円本位制”が台頭)
・・・各地の“円”は、建前上日本の円と交換はできたが、日本国内では使用できず、国内にインフレが及ぶのを防衛していた。
・・・尚、華中や華南では、欧米が後ろ盾の“法幣”の勢力強く、通貨ではなく“軍票”にて物資調達した。
・・・
【追求テーマ】大東亜金融圏で流通していた“円”や“軍票”の分析⇒連銀券、儲備券(ちょびけん)、南方開発券など・・・
※因みに、この時期から複数発行している紙幣の偽札対策が行われており、これか、現在も日本とスイスにしかないという紙幣印刷能力の基礎となっているのでは?
この「大東亜金融圏」によって、戦争経済を維持した?
・・・大陸ではインフレが発生。つまり、大陸(植民地)で紙幣(や軍票≒“領収書”)を乱発し、鉄鉱石や石炭などの資源や物資を調達⇒日本に緊急輸出し兵器建造したのでは?(そもそも日本はどうやって戦艦大和などの大型兵器を建造し得たのか?の疑問に対する答えか?)
【追求テーマ】円を後ろ盾とした信用創造の仕組みの分析(「預け合い」制度?)
※「大東亜金融圏」という言葉は、当時の議会でも使われていたが、現在はほとんど知られていない。「大東亜共栄圏」の一部。
【追求テーマ】「大東亜共栄圏」とはどのような構想だったのか?
・・・日本は植民地に国家予算を上回る投資をしており、欧米の支配=一方的収奪の植民地戦略とは異なる?「共栄」とは?かつて大陸からの渡来人が縄文人と融合しつつ支配体制を築く様と似ている?
注目すべきは、これらの一連の流れが全て「国家主導」の国家一丸体制(表向きは天皇中心) であり、金貸し主導の欧米とは全く異なるという点。(政府専売の阿片戦略や、移民政策なども含め)
・・・つまり、長州勢によって作られた明治政府以来、脈々と続く国家主導の戦略の下、
①いわゆる“天皇の蓄財”=政府が国会の議決を経ず自由に使える金の確保。(江戸末期天皇も皇族も貧乏)
②それを実現するための「天皇主権体制」を大日本帝国憲法(や教育勅語)によって構築。
・・・逆に言えば天皇は元々下級藩士出の明治政府に権威と資金を与えるための操り人形(伊藤博文)であり、今も昔も天皇は「象徴」・・・これを利用したのがGHQによる「象徴天皇制」ではないか?
⇒
【追求テーマ】「大日本帝国憲法」の分析
③三井、三菱などの財閥も国家主導の半国策会社。
④戦費の一部は国民による郵貯、年金の資金が使われた。 ( 「国民が国に金を貸す」郵貯+年金⇒財投は日本ならではの仕組み?)
これを叩き台に、更に追求を深めていくことで、最終的には敗戦後の東京裁判の分析から、戦後の日本支配の構造へと続くながれについて解明していきたいと考えています
- by kota at 22:25

コメント
江戸幕府の膨大な借金はどうやって明治政府に引き継がれたのでしょうか?
あるいは、実は天皇家の莫大な蓄財があったのでしょうか?
・・・記事では幕府も天皇家も貧乏、とありますが。
天皇家の蓄財による金融戦争が大東亜戦争につながる。その資金はどこから出たのだろうか?
天皇家の蓄財は日本郵船の大株主で、当時日本の輸出入によって膨大な利益を生む、三井・三菱もこれに便乗して天皇家と共に利益を得る。この資金で金融支配し、金儲けのために天皇家資金と財閥資金で国家へ戦争を仕掛させる。天皇家は資本家の権化みたいなもの。
どっからでたかではなく創り出したと考える方がよいのでは。
ロスチャイルドもロックフェラーもそうしてきた。
それに長けているのが金融資本家たる所以ではないだろうか。
コメントありがとうございます。
>江戸幕府の膨大な借金はどうやって明治政府に引き継がれたのでしょうか?
>あるいは、実は天皇家の莫大な蓄財があったのでしょうか?
>・・・記事では幕府も天皇家も貧乏、とありますが。
まず、記事では「幕府も天皇家も貧乏」ではなく「天皇も皇族も貧乏」です(笑)
当時、薩長はイギリスより、幕府はフランスより借金しており、幕府の借金はやはり明治政府に引き継がれたようです。
そして、詳細は調べていないのですが、借金の返済は成されたようで、恐らく元々幕府直轄だった金山銀山から産出する金銀にて返済したのではないかと思われます。(当時の日本は政界有数の金の産出国)
また、「日本支配の構造15 “天皇の蓄財”の流れ」に書きましたが、明治維新の時点での天皇の財産は約193万円、皇室料地も634町歩(1町歩=10反=約9,917㎡)と、後の急増ぶりを考えると“貧乏”であったと考えて良いのではないかと思います。(裏金があったかどうかはわかりませんが・・・)
江戸時代の皇族(公家)はやはり貧しいようですね。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1220227442
kenyaさんコメントありがとうございます。
>天皇家の蓄財は日本郵船の大株主で、当時日本の輸出入によって膨大な利益を生む、三井・三菱もこれに便乗して天皇家と共に利益を得る。
この、財産を拡大した方法については書かれている通りで、日本郵船だけでなく、横浜正金銀行(後の東京銀行)、興銀、三井、三菱ほか、満鉄、台湾銀行、東洋拓殖、王子製紙、台湾製糖、関東電気、大阪郵船等、銀行、船舶、鉄道を中心とした半国策会社の大株主として得ていた配当に加え、日清戦争賠償金の一部や、恐らく日本政府が国策として推進した阿片戦略からの収入もあったものと思われます。(「日本支配の構造」16~18に詳しく書いています。)
>この資金で金融支配し、金儲けのために天皇家資金と財閥資金で国家へ戦争を仕掛させる。天皇家は資本家の権化みたいなもの。
これは一般によく言われている天皇陰謀説ですが、色々な事実を調べていく中で、どうも違うんじゃないか?と思えてきました。その一番の根拠は、元々皇室財産の増強が図られた理由にあります。
これについては「日本支配の構造14 皇室財産」にて分析していますが、この蓄財を画策したのはそもそも明治政府であり、岩倉具視による「皇室財産設定に関する意見書」に意図が書かれています。
その趣旨は・・・
国民の全財産と大差ないほどの皇室の財産を大至急設定し、それによって陸海軍の経費はもちろん政府の維持費まで支弁するならば、どのような国会の攻撃があっても大権をまもることができるという、おどろくべき意見であった。
官有の山林はあげてことごとく皇室の御料地に編入せよ、また国有鉄道・工場なども皇室財産部に移管せよ、『我国今マサニ憲法ヲ建定セントセバ先ヅ皇室ノ基礎タル実質ヲ鞏固ニシテ以テ千万歳後、大権動揺ノ弊ヲ今日ニ防遏セザルベカラズ』。
つまり、あきらかな経済的支配階級の基礎も権威も持たなかった不安定な当時の明治政府にとって、対立する土肥勢力による自由民権運動(背後に西洋思想)によって国会開設が迫る中、欧米勢力に対抗するために自由に使える金を皇室を使ってプールする必要があった・・・つまり、天皇ではなく明治政府の都合だったのではないかということです。
現在分析中なのですが、恐らくこうした国会の承認不要な不可侵の皇室財産を設定するために天皇主権の大日本帝国憲法が作られた(作ったのは伊藤博文など明治政府)という面もあるのではないかと考えています。
・・・少なくとも、財産であれ、憲法であれ、欧米のように元々天皇=王が力を有していたわけではなく、明治に入ってから政府によって人工的につくられたという事実は注目すべきと思います。
以上より、一般に言われているような天皇の私利私欲によって国家をあやつり財産を拡大した根拠は、今のところ見当たらない状況です。
・・・但し、あくまでも「仮説」ですので、引き続き検討したいと思います。
通過の仕組みは面白い。
この話は現代に通じるところがある。ちょっと話は外れるかもしれないが、現在のいろいろな通貨統合が計画されている。
・東アフリカ共同体 (EAC) では東アフリカ・シリングという通貨の2009年の導入が提唱されており、将来設立される東アフリカ連邦においての使用が計画されている。
・西アフリカ諸国経済共同体 (ECOWAS) 域内の西部アフリカ通貨圏ではエコという通貨の2009年12月1日の導入が提唱されている。この予定期日は過去に何度か延期されている。
・湾岸協力会議 (GCC) ではカレージという通貨を2010年に導入することを計画。
誰が何のためにやるのかと考えると面白いと思う。