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2009年01月03日

〔日本政治のしくみ2〕 現在の政治の仕組みができたのは“55年体制”

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画像はhttp://prismsearch.jp/text/55%E5%B9%B4%E4%BD%93%E5%88%B6より引用

さて、〔日本政治のしくみ1〕なんで政治に期待できないの??http://blog.trend-review.net/blog/2009/01/000984.html
で提起された現在の政治は、ご存知のように、

●主張と批判の繰り返し
●肝心の中身が密室の駆け引きで決まっていて、表に出てくるのは茶番劇だけ
●政策論争をろくにせずに政権闘争に明け暮れている


という問題の表れとして捉えることができます。
実はその始まりは、戦後の日本で40年間にわたり維持されてきた55年体制にあったのです。
そこで、戦後のアメリカの占領政策から脱した日本で、どのような力学の中で55年体制がつくられ、どのような特徴があったのかをみていきたいと思います。


 詳しくは、続きをどうぞ。その前にクリックお願いします。

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■時代背景
  まず、戦勝国とくにアメリカは、日本に対する権益を放棄するはずはありません。

形としては独立国家となりますが、表に現れないように日本をどのようにコントロールしていくかが課題
であったと言えます。一方、日本の立場も、これからの日本をどう運営するのかが大きな課題でした。

 当時の世界情勢は、1948年に中華人民共和国が建国されるなど、共産主義が台頭し、対ソ連を中心とした東西冷戦が始まります。アメリカはレッドパージとして対抗し、その防波堤の役割を日本に求めてきました。戦争に対してアメリカ主導でなされた極東軍事裁判も、東西冷戦の影響から、当初方針とは変り,戦犯に対する判決もかなり緩やかなものとなっていきました。

日本の支配構造19 政治等情勢年表 【終戦から現在まで】
http://blog.trend-review.net/blog/2008/12/000979.html
でも、アップされているように、この頃の政治状況は、戦後処理に徹した吉田茂内閣を除いて、保守革新が入り乱れた不安定なものとなっています。

■55年体制をつくった意図は

 これでは、アメリカの意図は貫徹しにくい。だからこそ、長期安定政権が必要とされたのです。
 
 そのきっかけは、前年の54年、計画造船にからむ贈収賄疑惑が発覚したことです。佐藤栄作自由党幹事長ら数十名の任意捜査、逮捕許諾請求がなされましたが、時の法務大臣犬養健が吉田茂総理大臣の指示を受け、佐藤を救うために指揮権を発動しました。犬養は責任を取って法務大臣を辞任しますが、世論は一気に反吉田に傾きます。これが造船疑獄事件です。この事件を機に鳩山ら自由党反主流派は、改進党などと合同して日本民主党を結成し、財界も吉田の引退、保守合同を求めました。おそらく、安定政権をもくろむアメリカの意向が疑惑情報をリークし明るみに出た事件ではないでしょうか?これと、レッドパージにあるように左翼勢力の台頭があいまって事態は急転していきます。

 アメリカの意図を汲んだ岸信介、彼はもともと極東軍事裁判でA級戦犯でしたが、GHQの方針転換により釈放され、ついには政界に復帰します。その後の池田隼人、佐藤栄作を中心として保守合同の長期安定政権が作られたといえます。彼らのスタンスは、従米でありながら、それが国益に繋がるというもので、昨今の軽薄な小泉政権とは、重みが違います。

■その中身とは

 その政策は、当然、自由主義陣営の一端を担う経済成長つまり、その大量生産大量消費の価値観を信奉することが第一課題であり、そのためには、野党、行政、財界とのあらゆる折衝をやりきることが不可欠の条件となってきます。

 そのための仕組みで特徴的なものは以下の3点ではないでしょうか?

●国対政治=つまり、本会議の議会運営が円滑にまとまるよう、事前に与野党の国会対策委員長会談で調整してしまうこと。

●官僚トップの自民党政界入り=旧来から続く日本の官僚機構の主導権を握るため、そのトップの事務次官を自民党入りで取り込んでいくこと。彼ら歴代トップOBの意向は隠然たる圧力として各省庁に作用します。いわゆる族議員です。

●派閥政治=特定の利権団体を自由民主党という枠のなかに収めてしまい、その中で調整を行う政治
 
 つまり、55年体制とは、アメリカの意向を忠実に実現していくことが日本の国益であるという主張を実現していく体制であったといえます。その手段として、自由民主党という枠に長期的な安定政権の受け皿として保守勢力が合同しました。

この体制が現在まで続き、政治のわかりにくさを抱く仕組みの一つになり、そして国民のほうを向いていない政治になったと思います。そして左右対立をあおり、その裏では方針が固まっているという談合体質の枠組みこそが、誰がやっても何もかわらないという諦観を作り出し、政治家が政権闘争にあけくれる結果を作り出したと思います。


 次回は55年体制成立の背後構造を明らかにしてもらいます。

コメント

>●政策論争をろくにせずに政権闘争に明け暮れている

確かに、4年後の再選を目指して「政治家」という職を維持せんがために生活している極めて保守的な人たち。

ホンネで政策論争したら政党の主張とも少なからずズレが生じるから、それはできない。

だから、己を選挙で担ぎ上げてくれる政党に背かないように無難な発言を繰り返しているのでしょうね。

無難を目指す「政治家」にとっては、55年に敷かれたレールは居心地よかったのかも。

  • 羊熊 2009年01月06日 21:41

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