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2008年11月21日

私権の衰弱→アメリカ覇権の終焉とともに、マスコミの共認支配も終わる

『元外交官・原田武夫の金融史探訪』に「メディアが変われば世界が変わる」という記事があった(11月4日)。
非常に興味深い記事なので引用させていただきます。


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"大衆民主主義”と”金融資本主義”の密やかな関係

金融メルトダウンが引き続き止らない。さすがに「もう底だ!」と叫ぶ勢力もいなくなり、あとは一体どこまで下がるのかという恐怖心だけが募りつつあるのが、マーケットとそれを取り巻く国内外情勢の日常風景となりつつある。 しかし、このような時だからこそ、考えなければならないことが一つある。それは、現在の強烈な“下げ”局面の中が、現在の世界システムをどのように変えようとすべく仕掛けられたものなのかということである。そのためには、まず、「現在の世界システム」の源流へと歴史を辿っていく必要がある。

それでは、100年前に一体何が起こったのかというと、まず思いつくのが、米国における恐慌だ。1907年10月から始まった恐慌は、調子にのった信託会社が投機的売買を派手に繰り返したことが主たる原因であったが、次々に暴落を巻き起こし、それこそ米国マーケットが「総崩れ」になってしまった。そのような中、まずロンドン・マーケットで米国勢に対する不信が巻き起こり、これへの対抗措置として、ついに米国勢はそれまで忌避してきた中央銀行制度(FRB)の設立へと踏み切るのである。つまり、米ドルによる“覇権”の淵源は100年前に生じた恐慌にある。

しかし、この時期、もう一つの大きな世界システムが産声を上げたことを忘れてはならないのだ。それは「大衆民主主義」である。19世紀後半から勢いづいた第2次産業革命は、大量の工場労働者を生んだが、過酷な労働条件に耐えた彼らは徐々に政治における権利を求め始め、ついには「普通選挙権」を求め始めたのである。これが大きなうねりを世界的に見せ始めたのが1910年代からであり、米国においては1920年に女性の普通選挙権が認められるに至るのである(男性については1870年)。

一見すると相互に関係がなさそうな、これら二つのシステムではある。しかし、マネーの視点から見ると二つが緊密につながっていることに気づく。―――大衆社会が当時、最も発展した国の一つが米国だったのである。そこで普通選挙権を認めるということは、要するに大衆から「あなたたちが決めた代表が求めている税金なのだから、しっかり払いなさい」という論理を押し付けられるようになることも意味する。そしてそのカネ(税金)で武器を買い込み、大砲外交を繰り返す中で、今や中央銀行(FRB)が一元的に管理するようになった米ドルを世界に普及せしめ、世界を米国化していくことになる。

したがって、米ドルに象徴される米国流金融資本主義を押し進める米国勢からすれば、いまや「普通選挙権」を持って嬉しそうな一般大衆をいかに良い気にし続けられるかがカギとなってくる。すなわち、ある時は彼らをまとめて鼓舞し、またある時は慰撫し、動員するための大掛かりな演出道具が必要となってくるのである。

その役割をこの頃より果し始めたのがいわゆるマスメディアなのである。つまり、「米ドル=大衆民主主義=マスメディア」というトライアングルは、その生い立ちからして密接につながりあっていたのである。したがって、逆にいえば、その一ヶ所でもほころび始めるのであれば、同時に他二ヶ所もほころび始めるであろうことは容易に想像がつくのである。

この観点から最近、気になる報道があった。来年(2009年)2月17日に米国では地上波デジタル放送へテレビが全面的に移行する。ところが、アンケートによると既に2割の視聴者が「デジタル化への移行と共にテレビを見なくなる」と答えているというのである(10月24日付テクノバーン参照)。

これは大変驚くべき結果である。なぜなら、第一にテレビを見なくなる人がそこまで大人数ということになると、マスメディアそのもののみならず、これに付随する一連のビジネス・モデルが崩壊する。もはや収益を上がられなくなるからである。

それと同時に、マスメディアが人々の政治行動に対する影響力を大幅に減らすことになるので、これまでのような「大衆民主主義」を前提とした統治は行えなくなるのである。その結果、あれやこれやと「大衆=有権者」はまとまりの無い意見を随所で叫び始める結果、米国内政は徐々に溶解していくことであろう。

米国内政の溶解は、米国外交の弱体化へとつながってくるはずだ。もはや大砲外交が出来ない状況にまで追い詰められることとなれば、それをバックに世界進出を果たしてきた米ドルの威光もほころび落ちることとなる。―――その結果、世界システムは歴史的な大転換を迎える。

『るいネット』「マスコミの共認支配」には以下のようにある。

A.村落共同体(深く広範な共認充足)を失った大衆の解脱欠乏⇔テレビ(前身は、新聞・映画)
●マスコミは、バラバラに分解された大衆の解脱共認欠乏を土壌にして成長してきたが、同時にマスコミの成長はますます大衆を解脱個体化させ、更にはこの解脱箱なしには生きてゆけないブロイラーの如き存在にさせた。
●マスコミは、解脱情報を武器にして、大衆を支配観念一色に染脳し続けてきた。それは単にニュース解説etcによってではない。娯楽作品そのものの中に支配観念が様々な形で美化されor正当化されて発信されることによって、大衆は染脳され続けてきた。

米ドル-大衆民主主義-マスコミが不可分に結びついていることは、原田氏のご指摘の通りである。
より正確に図解化すれば、以下のような構造だろう。


生 存 圧 力(飢えの圧力)
          ∥
          ∨
私 権 闘 争 の 圧 力
∥        |    |
∨        ∨    ∨
市->共同体破壊->共認充足▼=>ゴマカシの大衆民主主義
          |    ∥         ∧       ∥
場        ∨    ∨         ∥       ∨
  =>消=>大衆の解脱収束(過剰消費化)=>マスコミの共認支配
拡   費         ∥                 ∧
     拡         ∨                 ∥ 
大=>大=>ドル基軸通貨(強いドルを演出)=>アメリカ覇権

ところが今や、’1970年頃先進国における飢えの消滅→私権の衰弱の結果、上記の構造全体が崩壊しつつある。市場拡大⇒過剰消費も、ドル基軸通貨体制⇒アメリカ覇権も、終焉を迎えたことは誰の目にも明らかである。ということはマスコミの共認支配の終焉も近い。
逆に言うと、終焉を迎えた市場社会からの転換、その最後の抵抗勢力が(金貸しと)マスコミなのだ。


(本郷猛)

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