2008年10月10日

『近代国家成立の歴史』2 国家と教会の結託 ~ローマ帝国を事例に検証する~

『近代国家成立の歴史』1 はじめに ~市場拡大が第一の近代国家~ の続き
シリーズ第2段!
今回は 『近代国家成立の歴史』1 で述べられている以下の部分に着目し国家と教会(キリスト教)と金貸しの関係を明らかにする前段として、国家と教会がどのように結びついていったのか?を検証します。

■国家と教会 教会と金貸し 国家と金貸し
今から約5000年前に誕生した古代国家は、「武力支配国家」と言われるように、絶対的な力=武力による序列原理で統合された国家です。実態的な武力と、頂点に立つもの=国王自身が神であるという観念によって、支配体制は正当化されていました。
しかし4世紀になって、当時の大帝国ローマは庶民の間に急速に広まっていたキリスト教を国教とします。抑圧された貧困層から発生した宗教を利用して、国家を再統合しようと試みます。
教会のお墨付きによって国王になる訳ですから、宗教(教会)の力が拡大し続けます。

キリスト教をやがて国教とするに至ったローマ帝国を事例に検証します。
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●ローマ帝国は元々政治と宗教の結びつきは弱かった
元来、武力支配国家の色彩が強かった古代ローマも共和制となって以降、元老院(+ローマ市民)を中心とした民主政治へと移行します。ローマ皇帝は民衆の支持よって選出される形態であり、ここに神(宗教)の入る余地は少なかったと言えます。
注:民主制といっても大多数は市民権の無い奴隷なので、国家全体をみれば武力支配による統合と言ってもよいでしょう。
ではこのような国家に宗教(キリスト教)はどのように関与していったのでしょうか?
●キリスト教は当初弾圧の対象であった
古代ローマではギリシャ以来の多神教的性質を引き継いでいた事、異民族支配の統合上の必要などから信仰に関しては比較的慣用でした。少なくとも国家を脅かさない限り信仰の自由は確保されていました。
しかしキリスト教だけは例外です。初期キリスト教では、礼拝の対象として神以外の対象を受け付けない性質だったが故に、帝国の要求するローマ皇帝への礼拝を拒否したので、迫害の対象となりました。イエスが説いたのは『神の国』であり『地上の国』ではなかったからです。
一方で、弾圧されながれも、キリスト教思想は奴隷を中心とした貧困層の間で徐々に拡大していきます。序列統合による身分序列によって奴隷たちには現実世界に可能性が無い。万人に向けてあの世の世界を対象とするキリスト教は、そういった層を中心に受け入れられたのです。
●政治的不安定から国家統合の危機に⇒皇帝は神の恩寵によってその支配を正当化
紀元3世紀の軍人皇帝時代になると、政治的混乱が続きます。皇帝が次々に暗殺され、わずか33年の間に14の皇帝が擁立され平均で1,2年という僅かな帝位しか続かない皇帝が乱立します。結果として皇帝の権威が失墜し、また帝位が頻繁に入れ替わるためほとんど内乱と変わらない状態が長期間続いた事によりローマ帝国は外にも内にも弱体化します。
このような事態を打開するために考えられたのが、皇帝は神の恩寵によってその支配の正当性を保障されているという考え方でした。
3世紀後半のディオクレティアヌス帝は、古来ローマの神々を皇帝の守護神と仰ぎ、これによって皇帝権を神聖化する試みをはじめています。
その後、キリスト教支持の広まりとともに、
313年のコンスタンティヌス帝によるキリスト教の公認(ミラノ勅令)
392年のテオドシウス帝によるキリスト教の国教化
とキリスト教を利用した、皇帝の正当性=国家統合への可能性に向かいます。
ローマ皇帝は、『キリスト教の神から皇帝に任命されているのだ』といえば、それで皇位の正当性を獲得できるようになるのです。
●都合よく教義を転換⇒国家と結託しキリスト教会の権威高揚→共認域の拡大
しかし、ここにキリスト教理論上の大きな矛盾が現れます。
前にも述べたように、キリスト教徒はもともと『神の国』のみを説き、『地上の国』を説かなかった。そればかりかもともとのキリスト教はローマ皇帝にたいする皇帝礼拝さえ拒否する宗教でした。
このような矛盾は、キリスト教の当時の司教エウセビオスらによって巧妙に覆い隠されてきました。
エウセビオスらは、神以外(皇帝)への礼拝を拒否するどころか、ローマ皇帝位はキリスト教の神の恩寵によるという神寵帝理念を説きはじめ、逆に皇帝権力を正当化するイデオロギーをつくりはじめ、一神教本来の形では不要とされるはずの神と人との間の仲介者(キリスト教会)の権威を高揚させました。
一神教では、イスラム教に典型的にあらわれているように、神と人との間の仲介者(キリスト教会)は不要とされ、神と人とは本来1対1の形で結びついているものとされていました。ところがキリスト教は、神の代理人としての教会を打ち立て、その教会の権威のもとに信徒を組織化していくという方法をとったのです。
要するにキリスト教は教義を都合よく大転換し、もはや武力だけでは支配出来なくなった国家と結託し地位を拡大させて共認域を広げることに成功したのです。
キリスト教の神によってローマ皇帝権を神聖化していくという矛盾した行為により、ローマ教会はますます神の代理人としての地位を高めていき、やがてローマ皇帝に対する優位性を高めていきます。なぜならローマ皇帝にその正当性を与えるのは、神の代理人としてのローマ法王(教皇)にほかならないからでです。
キリスト教を国教化したテオドシウス帝の時代の395年に、ローマ帝国は東ローマ帝国と西ローマ帝国に分裂します。
その後、東ローマ帝国では、皇帝が教皇の任命権を握り、皇帝権力の強い政治が生み出されていきますが、西ヨーロッパでは、476年に西ローマ帝国が滅亡したため、政治的混乱が続き、それに続くフランク王国などの蛮族の国家も非常に王権の弱い国家でした。
玉突き的な武力衝突と国家の混乱に乗じ、西ヨーロッパ世界の宗教的権威として、ローマに生き残ったローマ教会が王権に正当性を与えるものとして力を強めていき、やがて、国家を突き動かして戦争まで始める事になるのです。(つづく)
参考;キリスト教 矛盾の歴史 1 ローマ帝国   

List    投稿者 kichom | 2008-10-10 | Posted in 08.近現代史と金貸し2 Comments » 

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コメント2件

 ななし | 2008.12.29 10:39

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おそらく民主化すれば分裂してしまうんじゃないでしょうか。
沿海部と内陸部、都市部と農村の格差が深刻化してると思います。
それが原因で暴動や労働争議が絶えませんから。
一党独裁の強権体制でしか、あの国は維持できないでしょう。
虐げられても大人しい日本人とは違いますから。
中共もそれが分かってるから格差是正に動いてるようですが、一億三千万人の日本でも無理なんですからその十倍の人口を抱える中国ではどだい無理なんですよね。
後は米国のように外敵=スケープゴートを作って国民の不満を外に向かわせるしか無いでしょう。
迷惑な話ですが日本がそのスケープゴートになる気がします。
叩いても何の反撃もしない事をよく知ってますからね。

 hermes bags united kingdom | 2014.02.01 21:04

hermes 60 cent 日本を守るのに右も左もない | 中国はどこへ行くのか~08憲章の波紋~

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