2008年07月23日

「国民が国に金を貸す」郵貯+年金⇒財投は日本ならではの仕組み?

「国民預貯金⇒政府財投」というシステムを誰が発明したのかは不明ですが、平成13年財政改革で郵貯・年金の財政投融資運用が中止されて以降も、日本の財投規模は世界屈指です。
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この『郵貯⇒財投』という仕組みによって、明治維新時の借金財政から出発した「近代日本国」が、驚くべきスピードで、世界有数の経済大国にのし上がれたと言っても過言ではないでしょう。
日本市場は金融資本家ではなく、国民⇒政府主導で拡大してきた『異色の市場』と言えるのではないでしょうか?
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Alternative Media「郵貯・簡保の自然縮小と国家財政基盤の崩壊~郵政「民営化」幻想の勝利-不可避となった財政破綻~」河宮信郎・青木秀和 掲載日;2005.10.9 に鋭い考察がありますが、長いので本稿に関連するポイントのみ以下に抜粋させていただきます。

★1 郵政事業の本質 ~「民の貯蓄」を「官の収入」に転化
 郵貯預金や簡保契約は、本来預金者や契約者(民)の「個人資産」である。この段階では銀行・生保と同じである。しかし、この後の運用が異なる。政府が国債という借金証文を郵政当局にわたし、金は政府が受け取る。政府は得た現金をそのまま税金と同じように使うことができる(財政投融資制度、財投)。
 すなわち、政府(官)にとってはこの金(公的資金)は「税外の国庫収入」になる。
 結局、「郵貯・簡保-財投」のセットは、「民の貯蓄」を「官の収入」に変える変換システムである。このシステムのおかげで、官(政府)は民から「借りた金」を「もらった金」のように使うことができる。
 郵貯・簡保は、戦前から一貫して国債の消化機構であった(簡保の創設は大正時代、1916年)、むしろそのためにつくられたといってもよい。
★2 創設から「戦時財投」の破産まで ~戦前・戦中史(1875-1945) 
 日清・日露戦争から第一次大戦そして第二次大戦に至る戦費の調達、つまり戦時国債の購入に郵貯・簡保の資金が総動員された。政府が全戦費を税金でまかなおうとしたら、いかに軍国主義的に教育された国民でも怒る。大戦争では、全所得を徴収しても足りないからである。戦費は、「借り倒し」を前提とした借金でまかなうしかない。
 各戦争における総戦費と一般会計歳出(通常の政府予算)の比をとると、日清戦争で 3.74倍、日露戦争で 4.15倍、日中/太平洋戦争で 9.16倍であった。
 今次大戦では、戦費を郵貯・簡保・年金、銀行・生保からの借り入れと国債の日銀引き受けでまかなった。 郵貯・簡保・年金基金はあげて戦時財投にまわされ、すべて消尽した
★3 敗戦後の破綻・清算と再建(1946-1950)
 日本政府は、旧植民地住民、零細預金者など弱いところにほど重い損失負担、つまり全額ないし高率の不払いを課した。
 他方では、軍需企業など財投資金の借り手に対しては債権放棄(返還免除)という恩典を与えた。零細預金者に不利、高額預金者や財投受益者に有利な破綻処理を企んだ。そのうえで、預金封鎖(引き出し規制)と新円切り換え、インフレによる減価を組み合わせて、ようやく累積債務を清算した。
 このような理不尽な破綻処理が、敗戦後の混乱と占領軍の強権のもとで強行された。当然ながら、郵貯・簡保の信用も地に落ちた。信用回復・郵貯・簡保再建のために、政府は一般会計からの補償(税金による支払い保証)を含む信用保証の制度を設けた。
 債務者の政府が、債権者である郵貯・簡保の債権を保証する制度である。保証人(政府)の支払能力には保証がないが、ともかくこれで郵貯・簡保は信用を回復した(現在まで継続)。
★4 郵貯・簡保資金の成長と ~公共投資の拡大(1951-1974) 
 再生した郵貯・簡保は、敗戦後の復興、大規模公共事業、財政赤字の補填、金融破綻の処理など多岐にわたる政府支出を担ってきた。60年代まで、郵貯・簡保は、社会的効用の高い都市基盤、産業基盤の整備に低利の融資金を供給する効果的な金融システムとして機能したといえる。敗戦日本の復興を牽引した功績はある。(中略)日本では、不要不急の大規模公共事業が止めどなく拡大した。なぜか。郵貯・簡保に「過剰な資金」が溜まり、それを「公共投資」に使える制度があり、そのような政策が続けられたからである。
 80年代まで続いた所得水準の向上とそれを標的にした利用限度額の引き上げで、郵貯・簡保は銀行・生保を圧倒する集金力を獲得した。郵貯・簡保と年金基金の3機関に溜まる資金が、民間の銀行に溜まる全資金量と拮抗しうるようになった。
★5 財政投融資の腐敗から ~地価バブルへ(1975-1990)
 個々の財投受け入れ機関は「返済義務」を免れない。だから、不採算な巨大投資をすれば、返済義務で首が回らなくなる。国鉄(旧)が38兆円の累積債務を抱えて倒産したとき、それは「財投という仕組み」総体の破綻を意味していた
 不採算の巨大建設工事(国鉄の場合は赤字地方線建設)を「政官業」の共謀で推進した。これは経済合理性を欠いており、その欠陥が露呈したのである。国鉄の状況は、すべての財投対象機関の先駆けであり典型であった。したがって、ここでは国鉄1社ではなく「郵政と財投」そのものが問われていた。
 ところが、事態はあるべき方向とは逆に展開した。国鉄だけがわるい、とりわけ「国鉄労組がわるい」かのような攻撃キャンペーンが張られた。なお、これは「郵政民営化」論議における「郵便局員バッシング」の先例である。中曾根政権は、国鉄1社をスケープゴートにして「行革の目玉」とし、その裏で他の財投機関の無駄遣いを隠蔽し免責した。
 国鉄「民営化」(1986年)、「国鉄清算」(1997年)の裏でなにがあったか。「民営化」に必要な資金はすべて財投資金(郵貯・簡保等)でまかなわれた。そもそも国鉄への「過大な不採算融資」自体が、郵貯・簡保資金で行われた。そこで生じた累積損失(国鉄清算事業団の残債27兆円)をさらに、郵貯・簡保の資金で埋めた[河宮信郎・青木秀和『公共政策の倫理学』丸善、2002、10章]。
 要するに、郵貯預金者の金を不採算の投融資に充て、そこで生じた損失をさらに預金者の金で補填したということになる。預金者(真の債権者)からいうと、これは預金の横領であり、取り込み詐欺である。しかし、「これは許せない、あくまで返せ」といったら、JR各社は再倒産に追い込まれる。ここからわかるように「民営化」の核心は「損失転嫁」、累積赤字の「国有化」にある。

『政府が国民から金を借入れ、市場拡大の原資とする』
国民の勤勉性と貯蓄志向、更には国(家)への信認の強さを活かすのが「日本式経済システム」の真髄ではないか?

List    投稿者 nandeyanen | 2008-07-23 | Posted in 07.新政治勢力の結集に向けて3 Comments » 

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コメント3件

 taku | 2008.11.04 9:39

長野県では田中康夫知事が記者クラブを廃止しましたが、その後どうなっているのでしょうね。

 mtup | 2008.11.06 4:50

takuさん、コメントありがとうございます。
長野県は田中康夫前知事から村井仁知事へと替わっていますが、脱記者クラブ宣言は踏襲されているようです。
3つあった記者クラブは廃止され、庁舎にはプレスセンター(会見場)と取材者控室があるだけで、資料整理や日常の報道に関係する調整をする専任職員1人が配置されているらしい。
会見場は誰でも自由に出入りすることができ、会見に出たいと思えばその日に行っても出席できる。現に主婦が会見に出て質問しているらしいです。
記者クラブを廃止した地方公共団体は、神奈川県鎌倉市がありますが、こちらは記者会見への出席は登録制のようです。

 apricot hermes bags | 2014.02.03 6:09

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