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2008年06月22日

『アメリカの共和党と民主党』16 ・・・アメリカの『力の限界から多極路線』へ(1/2)

m156 第2次世界大戦終了→敵不在→軍需縮小懸念

             →冷戦構造確立→軍需資本主義市場構築→軍産複合体確立 m237


戦争をし続けなければ経済を維持出来ないアメリカの軍部と戦争商売で莫大な利益を得る事が出来る軍需産業が結びつき、軍産複合体と呼ばれるものが誕生した。大戦後のアメリカでは敵の不在→予算縮小→軍縮となるはずなのに、何故か軍事予算は上昇し続けます。一体何故なのでしょうか?
(『アメリカの共和党と民主党』12 ・・・軍産複合体はペテンの戦争脅威で儲ける(1/3))

m146 上記問題提起を受ける形で、今回シリーズを展開します。 m147

第二次大戦後の状況は、アメリカの他国への干与が一時的な非常現象ではなく、
恒常的な現象になった。

それは、米ソの対立が単なる米ソの超大国の対立ではなく、「共産」主義社会と「自由」主義社会
との対立として世界的に受け入れられた為である。

ここに冷戦の冷戦たる所以がある。

Q.この摩り替えは、何故行われたのか?

→戦後の超大国米ソの対立を、「全地球的な体制の対立」として摩り替えたのである。

→冷戦は、現実には武力衝突していないにも関わらず、イデオロギー(観念)的にはまさしく戦争状態
 として捉えられ、戦時状態の軍事力最優先主義が共和党政権を中心に行われたのである。


共和党の中心勢力のアメリカ軍需産業資本家(ロックフェラー、モルガン、べクテルetc)にとって、資本家を無一文にする共産主義(特にトロツキストの欧州ユダヤ勢力)は最大の敵であり脅威である。 一方、共産主義との対立は、軍需産業の利権を拡大する上で格好のストーリーだったのである。
(一石二鳥) Twisted Evil

しかしながら、ケネディ・ニクソンの時代頃には、米・ソ二極構造というイデオロギー対立の限界(戦争市場の飽和状態)が現われ、多国間での現実的な国力関係が必要となってくる。

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■アメリカの力の限界( = 米・ソ二極構造の限界)

以下①~⑤の事象から
ケネディが就任する‘60年代頃には、『アメリカの力の限界 m240 』が現われ始める事がわかる。

① 西欧・日本の復興 m149
1950年代のトルーマン大統領によって行われていたヨーロッパ戦後復興計画(マーシャルプラン)により西欧が復興してきた。続いて、朝鮮戦争特需によって、日本も戦後復興を遂げていた。

%E5%B7%A5%E6%A5%AD%E7%94%9F%E7%94%A3%E6%8C%87%E6%95%B0.gif
     グラフ-年次世界経済報告・経済企画庁から引用

工業生産指数を見ても明らかなように60年代のアメリカ経済は60年夏から61年初めにかけて戦後第4回目の景気後退を経験しているが、西欧・日本は、工業生産指数を伸ばし続けている。

②後進国の台頭(中国・中東) m148 m149
後発であった中国が、経済的な成長をし始め1960年代に核実験を行った
石油メジャーが一方的に公示価格の水準を引き下げると、これに反発した産油国は1960年石油輸出国機構(OPEC)を設立し、公示価格を凍結した。設立当初の加盟国である、サウジアラビア、ベネズエラ、イラン、イラク、クウェートの5カ国の中東が、主に台頭してきた。

③アメリカは、1960年代にはすでに「債務国の入口」
  に足を踏み入れている状態だった。 m240


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      グラフ-インターネットによる海外統計データの利用より引用

ケネディ政権下、初の財政年度たる62年度連邦財政は歳入814億ドル,歳出877億ドルと,前年度を歳人で37億ドル,歳出で62億ドル上回る大型財政となり,赤字額も増大した。

歳出の増加は,61年8月のベルリン危機を契機とする国防支出増加も大きな原因であったが,ケネディの成長政策のため非国防支出もかなり増加した。

この種の支出増加は,経済規模が後退前の水準に回復したのちにおいても,早急に完全雇用経済への復帰をめざして政府が積極的に支出を増やした為であった。

④北部金融系新興勢力(民主党・マイノリティ)の初台頭 m265
民主党の支持基盤に、新移民(北部インテリ層)が登場した。この事は、軍産複合体の限界から金融系新興勢力が台頭してきた事を示している。
また、アイルランド系移民であり、カトリック系大統領であるケネディの当選は、共和党にしかいなかったエリート層が、民主党内にも現われ初めた事を示している。

⑤米国内の反戦気運の高まり
第二次大戦後のアメリカは、孤立主義(モンロー主義)から脱却し、帝国主義的な広がりを見せていった。 m212
しかしながら、ベトナム戦争以降、アメリカ経済が限界を向かえるに辺り、反戦運動が勃発した。

この事は、大衆意識の中に、帝国主義に律するよりも、国内を大事にせよというモンロー主義的発想に基づいた流れが醸成されつつあった。
(以後、福祉などを含めた非国防支出が増大する事となる。⇒レーガノミックスへ

以上の流れを纏めると
各国の経済的復興に伴い帝国主義的な押さえ込みが 対外的にも、国内的にも、限界を迎えていた。 それぞれの地域で、ブロック経済的な発想の下地作りが必要となってきた事が伺える。


年代 国際情勢 アメリカ情勢 共和党/民主党
1950
年代
西欧諸国の復興、
日本の復興
≪参照≫ ⇒ 『アメリカの共和党と民主党』14軍産複合体はペテンの戦争脅威で儲ける(3/3)

1960

ベトナム戦争勃発
OPEC設立(中東の台頭)
中国初の核実験

アメリカ戦後4回目の景気後退  

1961

ピッグス湾作戦
キューバ社会主義化宣言→ソ連と武器協定
東側がベルリンの壁構築
亡命キューバ人に大量の資産と武器の供与 アポロ計画
(初の有人宇宙飛行)  
民主党ケネディ就任
(マサチューセッツ州生まれ)

ベトナム撤退計画
1962 キューバ危機
キューバからの輸入を全面禁止
 
1963

1965

北ベトナムへの爆撃開始
(50万人を超えるアメリカ兵が投入された)

各地でベトナム戦争反対のデモ
キング牧師にノーベル平和賞
ヒッピーブームが始まる
ケネディ大統領が人種差別撤廃の公民権教書
奴隷解放宣言100周年キング牧師演説
ケネディ大統領暗殺(テキサス州ダラス)
民主党ジョンソン就任(テキサス州生まれ)
1968

北ベトナム爆撃の全面停止
キング牧師がメンフィスで暗殺
反戦デモ・各種メディアによる
反戦報道が盛況に
ロバートケネディ上院議員が暗殺
(ロサンゼルス)
1969
~ 1970
アポロ11号の月面着陸 「NYタイムズ」が米軍の越境爆撃、
ソンミ村の虐殺を暴露
共和党ニクソン就任(カリフォルニア州生まれ)
1971
キッシンジャーが
秘密裏に中国訪問

ニクソン・ショック
(金とドルの兌換禁止)
「NYタイムズ」が国防総省のベトナム秘密文書を掲載  
1972
米中首脳会談
(米中共同声明)
ニクソン大統領ソ連訪問
第一次戦略兵器制限条約(SALTI)調印

田中・ニクソン会談(ハワイ)
冷戦維持派によるウォーターゲート事件の発端
「ワシントンポスト」が国防総省の北ベトナム
交渉秘密文書を暴露
共和党ニクソンによる民主党への盗聴器設置事件
1973
南ベトナムから撤退
第一次石油危機
(OPECの抵抗)
冷戦維持派によるウォーターゲート事件裁判開始 共和党ニクソン二期目
1974
キッシンジャー:中東緊張緩和外交
ニクソン大統領:ソ連訪問
金の先物取引市場が創設
(民間の金所有の自由化が断行)
ウォーターゲート事件との関わりから大統領糾弾


ニクソン大統領辞任
1975
対ベトナム戦争終結宣言 初代ジョン・D・ロックフェラー
の孫が副大統領に
共和党フォード就任(ミシガン州生まれ)
フォード大統領暗殺未遂事件


アメリカの『力の限界から多極路線』へ(2/2)つづく

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