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2008年05月12日

テレビよ、どこへ行く

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視聴率の低下は、ネットで検索すれば、いろんなところで書かれている。実感にも近いか、それでも高すぎるぐらいではないかと思うぐらいである。


視聴率の低下は、スポンサー離れ→制作費カット→質の低下→更なる視聴率の低下を招く。


スポンサー離れが進んでいる記事を紹介。


肥留間正明の芸能斜め斬り フジは制作費5%カット テレビ局の大不況

「スポンサーが集まらないのですよ」
 某局プロデューサーに会うたびに聞こえてくるのが、この言葉だ。番組スポンサーがつかなくなっているらしい。

 「昔はいくらでもスポンサーはいた。だが大手スポンサーがどんどん離れてテレビにそっぽを向いている。テレビ局の将来は暗いですね」と話すのは民放幹部だ。
 この幹部は連日スポンサー周りが日課。今や重役自らスポンサーに出向いて広告の出稿のお願いに当たっている。バブル期では考えられない現象だ。
 この原因は、番組視聴率低下にある。20%を越える番組はいまや数えるほどだ。かつては30%を越える番組も少なくなかったが、今ではこんな数字は不可能に近い。現在の視聴率の合格ラインは12%。中には「2ケタでいい」という番組プロデューサーさえいる。考えてみればこの5年前までは「20%」が合格ラインだった。それが18%に下がり、さらに15%に低下、そして今では2ケタ…。
 その原因は番組の質の低下に尽きる。どの番組を見ても同じ顔ぶれのお笑いタレントが並び、いまやテレビは小学生、中学生が見る媒体に転落。高校、大学以上の「若者」はすでにテレビを見捨てている。こんなテレビに不況が深刻な企業が億というスポンサー料を支払うわけがないのだ。その若者たちはネットに流れて、ますますテレビ離れが加速している。
 現実はさらに深刻だ。時々テレビを見ていると、自局の番組の宣伝をしている広告を見る。これは番組にスポット広告が入らないために仕方なく番組スポットで時間を埋めているというわけだ。
(中略)
これではまともな番組ができるはずがない。スポンサー離れは自業自得だろう。

庶民にとってみればどうか?
視聴率の低下からも解かるように、どうでもいいことの一つなのかも知れない。
逆に、よくスポンサーがつくなぁと思うことがある。
「テレビのCMを見て(購買欲がそそられて)買った。」という人は今時どれくらいいるのだろうか?

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「テレビのCMを見て(購買欲がそそられて)買った。」という人は今時どれくらいいるのだろうか?

森田実 政治日誌2006.1.6 より

マスコミの収入源である広告に変化が起きている。広告媒体としてネットへの移行が進み、テレビや新聞の“空洞化”が進んでいる。 --------------------------------------------------------------- 

この国民を騙しつづけ小泉首相を勝利させた国民の敵である大新聞と民放テレビに、大いなる危機が迫っている。しかも、その危機は構造的なものである。
インターネットが広告の主流になったのだ。  インターネットの普及により、消費行動に変化が起きている。市場環境が変わったのである。 友人が知らせてくれた最新の調査結果によると―― 

◆ブランド/商品認知――(1)インターネット34%、(2)テレビ24%、(3)雑誌9%、(4)新聞4% 
◆商品理解・比較検討――(1)インターネット46%、(2)店頭21%、(3)テレビ7%、(4)口コミ4% 
◆購入商品決定――(1)店頭35%、(2)インターネット34%(購入商品決定の段階ではテレビ、新聞の影響はほとんどない)  

広告において、テレビは主役の座をインターネットに譲ったのである。このことを各企業が理解すれば、各企業はインターネット広告を主にする動きを強める(もうすでに変化が始まっている)。徐々にではあるが、テレビは見放される。新聞はすでに見放されつつある。

これが、実感に近い数字であり、実体ではないだろうか?


今年の春からどの局も一気に、“クイズもの”、“学習もの”のテレビ番組を増やしている。
庶民の「本当は、どうなの?」といった事実追求・事実収束の意識潮流に乗ってはいるが、
どこまで、視聴者の期待に応えられるだろうか?

皆の期待に応えて、“事実”に基づく番組を製作・放映出来れば、視聴率を取り戻せる余地はあるだろうが、やらせ・捏造体質のテレビ局にとっては、自分の首を絞めるだけである。

スポンサーになっている企業も、番組の製作に自企業の都合のいいように口出しするのは、企業の評価を下げるだけである。
(番組の質の低下は、制作費云々によるものも大きいが、スポンサーの口出しにより、まともな製作が出来ないことも起因している。)

CMを見て購買力がそそられ、購入までに至るのは昔の話である。
今後は、
“あの”番組のスポンサーになってる企業ってどこ?という評価に晒される事になるだろう。

“あの”がプラス側の評価であれば、企業自体の評価が高まり、結果として商品が売れる。
逆もまた、言える。
殆どの商品には、広告費が入っている。
低(悪)質な番組のスポンサーになっている企業の商品を誰が買うだろうか?

企業にとっても、視聴者である消費者にとっても、お金の使われ方が問われている

社会の役に立つお金の使われ方”・・・・・
突き詰めれば、それはテレビではなさそうである。


コメント

僅か15秒のCMでは商品説明なんか出来るはず無い。ナイキが商品ではなくブランドイメージのCMをするがいい例。逆にCMをみて物を買う人は洗脳工作に弱いタイプの人でしょうね。

大橋巨泉さんがいいこと言ってます。
http://business.nikkeibp.co.jp/free/tvwars/interview/20060127005218.shtml

テレビをつまらなくしたのは、「企業がテレビ番組のスポンサーになるのは商品の宣伝よりもネガティブな情報を放送させないため」にシフトしたことかもしれない。

  •  2008年05月14日 04:17

コメントありがとうございます。

視聴率の低下は、
結局は、繋がって行くんだけれど、鮮明にするために相方向から見ていく必要があるのだと思います。

庶民の意識としては、
事実収束の流れから、真っ向逆行している。

発信(マスコミ)側としては

>テレビをつまらなくしたのは、「企業がテレビ番組のスポンサーになるのは商品の宣伝よりもネガティブな情報を放送させないため」にシフトしたことかもしれない。

おっしゃるとおりだと思います。

リンク先も覗いてみました。
良し悪しは、別として、今、振り返れば、1社提供の番組がいくつかあり、企業にとってみれば、宣伝よりも、(当時での)いいもの(番組)を提供したいという使命みたいなものがあったのかも知れません。

一方、現在の複数のスポンサーになって、中身より視聴率だけを評価するということもあるのでしょうが、それ以上に、スポンサーが口をだす。企業の都合の悪いこと、マイナスになるような内容は、全て削除される。台本がどんどん書き変えられ、中身のないものになっていく。

ちなみに、
現在の目に付く、CMは、
保険会社、ローン会社(金貸し)、医薬品関係ets。
まるで、何かを隠蔽するかのように、ガンガン流されている。


  • sodan 2008年05月17日 22:37

>今年の春からどの局も一気に、“クイズもの”、“学習もの”のテレビ番組を増やしている。
  一般的にはこの傾向を制作費を抑えて、その割りに視聴率が取れるからだと説明されています。それもあるでしょうが、本当の狙いは「ゆとり教育」を側面支援するものだと思います。つまり簡単な問題で安心させ、ねじり鉢巻でやるだけが勉強じゃないよと唆しているように思えてなりません。

  • gbc 2008年05月20日 02:38

>今年の春からどの局も一気に、“クイズもの”、“学習もの”のテレビ番組を増やしている。

は、表層的には、国民の期待・潜在思念・意識潮流に答えています。

実際(本質)は、バカを作り出す番組なのです。

例えば、
番組を見て、どれだけ役に立ちましたか?(せいぜい話のネタにしかなっていない)

どれだけ、あなたは考えましたか?
(タバコでも吸っている間に、答えが提示される。)

そんなものがどれだけ役に立つだろうか?そんな簡単に答えが得られる世界(現実)がどれほどあるだろうか?・・・・・・

探索思考・実現思考はズタズタにされ、考えない人になってしまうのです。

  • sodan 2008年05月31日 17:16

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