2008年04月16日
日米の金利差介入は78年から始まっている
日本の金融政策が米国追従と言われている理由に、両国間の金利差が挙げられます。
日本の公定歩合と米国のFFレートの差は、現在では2%を切っていますが(08年3月現在)、過去の金利差を見てみると概ね3%だったと言われています。
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日本の金利はアメリカの金利に追従する形をとっていると言われています。
1973年以降の経済指標グラフをみてみると、日米の金利は大なり小なりの変動はあるにせよ、両者は協調して動いており、金利差は概ね3~4%を行ったり来たりしています。
俗に言うプラザ合意(‘85年)以降、日米の金利差は常に3%を推移しています。なぜ金利差が固定化されているかというと、簡単言うとアメリカの赤字補填のために日本がせっせと資金を供給させるためです。詳細は、上記のサイトをクリックしてみてください。要するに米従路線です。
さて、経済指標グラフに再び戻ってみると、日米の金利差は、プラザ合意以前から既にあることに気がつきます。
1978年を境に日米の金利差は既に3~4%。
これってなんで
いくつか調べてみると、どうやらこれもアメリカ主導の金利介入によるもののようです。1978年当時のカーター大統領によるドル防衛策として為替市場への協調介入、300億ドルの資金の介入調達、公定歩合の1%引き上げ→9.5%が行われ、金利差によるジャパンマネーが米経済を支えていたようです。この政策は86年まで行われていたようなので、プラザ合意以降の日米間の米従政策の下地になっていること間違いないです。
アメリカによる金融介入は、70年代末に既に始まっていることを示す事例でしょう。
今後当サイトでは、長期的視点で経済の動向についても探っていきたいと思います
- by andy at 18:04


コメント
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日本のバブルが異常に膨らんだのも米国からの要請で金利を上げたくても上げられなかったからだと言われてますね。
同じ時期ドイツはその要請を断った
らしいですね。
したがって無用なバブルは起きなかった。
突然の書き込み、失礼致します。
政治ブログ『熊川ビジョン』管理人のくまがわ直貴と申します。
私のブログに『北朝鮮拉致関与疑惑』に関する詳細レポートを再度アップ致しました。
精査の結果、一部情報はかなりの確度が高いと考えられますので、是非皆様方にご一読頂きたいと願います。
未だ回復していない国民の生命と安全に関する問題ですので、どうかご関心を持って頂きます様お願い致します。
大変失礼致しました。
http://blue.ap.teacup.com/kumagawanaotaka/
ななしさんこんにちは。
>日本のバブルが異常に膨らんだのも米国からの要請で金利を上げたくても上げられなかったからだと言われてますね。
バブル前後の日本の金利変動についてみてみると、株価が急上昇している時期に、低金利政策をとり、バブル崩壊後株が大暴落している時期に、金利をあげていますね。
今のアメリカに例えると、金融不安によって株価が暴落しているこの時期に、「金利を上げます!」とバーナンキが発表するようなもの。
セオリーから考えると、バブル前後の日銀は全く無茶なことをしていますが、これもアメリカの要請だったと考えるとなるほどです。
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何でもアメリカからの電話一本で日銀の金利政策がひっくり返ったそうですからね。
プラザ合意後の日銀の金利政策や政府の財政政策のちぐはぐさは
もはや犯罪だと言っても良いぐらいですね。
元日銀の研究員で有名な「円の支配者」の著者でもあるドイツ人のヴェルナー氏は当時の日銀総裁や窓口指導の責任者だった福井氏を金融法廷を作って断罪せよとまで言っていますw
対して日本のマスコミはこの国家的な大犯罪に対しては何の追及もしていません。
つくづく情けなくなりますね。
また日本の景気回復は米国の対日方針が一変するか、日本自身が
米国のくびきから逃れるしか可能性が無いような気がします。
17年にも及ぶ不況は日本の実力からしてあり得ないですからね。
いくら稼いでも米国に還流する仕組みに変えられた証左でしょう。