2007年12月02日
「どうする?マスコミ支配」5~GHQ支配⇒マスコミ支配⇒世論支配

「どうする?マスコミ支配」4の記事を受けて、GHQについて調べてみた。すると、戦後の日本を支配下に治めているアメリカの支配構造
が浮かび上がってきます。
そして、日本のメディアが出来た当時からGHQによる徹底した【言論統制】のもと、忠実に国民に働きかけてきた歴史が見えてきた。そのことについて述べられている記事をるいネットから紹介します。
るいネット ”GHQ配下で育ったある人の証言” から抜粋引用します。
例えば戦前の日本では、検閲された文書には、検閲されたことが明らかにわかる××、○○などの「伏せ字」があって、そこに何が書いてあったかわかる人には十分わかるような検閲でした。ところが占領軍の検閲は、検閲した跡が残らないように完全に修正したものしか発表、出版させないし、検閲されていることは報道させない。その結果一般の人は検閲されているとは思わない、という徹底したものでした。
さらにその結果現在にいたるまで、一般の人(私もそうでした)は、「アメリカは日本に言論の自由を与えてくれた」と思っており、「一定期間、徹底的に検閲・言論統制された」とは、夢にも思っていないのです。
しかし事実は、検閲を通して、大東亜戦争に関する自己弁護はいうまでもなく、戦前の伝統的な価値観つまり日本の伝統的なコスモロジーを評価・肯定するような発言も、完全に抑圧されたのです。
ではGHQが何を行ってきたのか?言論統制の数々を具体的に紹介しているサイトより引用します。
・「ルーズベルト大統領と第二次世界大戦」(チャールズ・ビアード博士著)の発禁処分 ルーズベルトを告発した書物・「アメリカの鏡・日本」(歴史学者、ヘレン・ミアーズ著)の翻訳・発行の禁止
GHQ労働局の諮問委員会のメンバーとして来日した歴史学者。アメリカ占領政策の欺瞞を暴いた書・「プレスコード(新聞規約)」の発表(昭和20年9月)
連合国占領軍に対し、ネガティブな批判を加えたり、占領軍に対し、不信もしくは怨恨を感じさせるような事項を掲載してはならない。要するに情報の統制である。
・一切の報道内容について「事前検閲」をおこなうことを決定(昭和20年10月)
とりわけ東京裁判と原爆投下に関する批判は厳しく禁じられた。日本の無実を主張したパール判事の意見書ももちろん、その内容は一言も報道されなかったばかりか、その存在させ伏せられた。
戦時中の日本の言論の統制は、まずい箇所を墨で消すというものだった。しかし、前後の文章は残っているので、少し推察すれば何が書いてあったかおおよそ見当がついた。
対してGHQが行ったのは完全な言論の統制である。検閲の第二条では「検閲があった事実を言ってはいけない」「検閲の痕跡を残してはならない」と定めている。この取決めによると、一部だけを消す訳にはいかないので、文章全体を書き直すというわけである。
東京裁判に関しても、このルールが適用され、東京裁判に関する論文は、論理一貫するすべて「正しい裁判だった」と結論づけられた。これを占領期間中の7年間もやり、徹底的に日本人の洗脳を行ったのである。
・CIS(民間情報教育局)のウオー・ギルト・インフォメーション・プログラム(戦争贖罪意識宣伝計画)GHQが行った、一連の日本人の洗脳計画。日本のメディアはだらしなく、どの新聞もGHQの徹底した言論統制・検閲に反発せず、むしろ、手先となって国民の洗脳に手を貸した。
情報の統制、検閲という言論の統制、戦争への罪悪感を日本人の心に植えつける洗脳と、あらゆることを日本人に対し、徹底的に行ってきました。
ここまで見ると、やはりGHQ支配下のもと、着々とアメリカの日本支配の構造が見えてきます。そのことを端的に纏めたものがありましたので紹介します。
るいネット 「アメリカの対日政策」 から抜粋引用します。
一方メディア(特にテレビ)は電通(広告代理店)に支配されていると言われるが、こうした広告代理店とテレビ局の支配関係が出来上がるのも戦後のGHQ体制下である。1953年2月NHKが開局、同年8月民放の日本テレビが開局するが、オーナーの正力松太郎氏も終戦時はA級戦犯とされ、後に不起訴処分となっている。GHQの占領が終了したのは1952年であり、米国が日本の主権回復に当たって、その後の支配体制の構築を画策したということも、当時の共産主義勢力と日本の地理から考えると、十分有り得ることのように思われる。結局、現在の日本は、GHQによる占領時代に作られた仕組み(=人脈や政府機関、メディアを中心とした企業関係によるアメリカの支配構造)が現在も続いていると見るべきではなかろうか。特に電通が荷担するメディア支配は、アメリカ物質文化を吹き込み、1億総白痴化と揶揄されるほどの堕落統治(植民地時代のアヘンを想起させる)を行い、日本国民はいつの間にか「平和で豊か」な国民に仕立てられ(=観念支配されて)てしまった。
現在の事象に照らし合わせてみても理解できるところです。
GHQ支配⇒マスコミ支配⇒世論支配 間違いないです
by 背徳の掟
- by gabor at 09:23

宜しくです。
コメント
何故、第二次世界大戦後の我が国で、何故右翼が単なる左翼への攻撃マシーンに過ぎなかったのか、健全な保守主義・自由主義が育たなかったのか、なんとなく想像出来ました。
しかしGHQは各地のパトリオティズムには手をつけられなかったんじゃないですか?
GHQと言えば、国務担当部署と民政局との対立から総司令部内が混沌としており、そういった渦中において我が国の憲法草案が作成されたと聞いたことがあります。
民政局のフランクフルト学派(マルクス主義亜流)メンバーがその中心であり、日本の占領政策に一貫さを大きく欠いており、「もう刃向うなよ」と武装解除を促したかと思えば
「一緒に戦おうぜ!」と警察予備隊を創設させるなど。
マスコミには新聞労連等の「左翼シンジケート」が今もなお健在ですが、そういったものもGHQの置き土産なのかも知れませんね。
くまがわさん、コメントの意味が良く分かりませんが、詳しく教えてください。
岩・保守本流さん、コメントありがとうございます。
>しかしGHQは各地のパトリオティズムには手をつけられなかったんじゃないですか?
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムによるマスコミ利用の戦略によって、多くの国民が情報に飢えている時に、徹底した情報統制により、パトリオティズムも戦争への罪悪感により薄れていったと思われます。しかし、ご指摘の通り、それらの情報が言い届かない地方では、やはりパトリオティズムは残存していたと考えた方がいいと思いました。しかし、戦後のテレビ等の解脱一色に染め上げられ、徐々にパトリオティズムも意識されていかなくなったように思います。