2007年11月06日
小沢一郎氏の信念は民族意識にある。だから右も左も無い。
政治家であれ何であれ、物事を為す人には信念がある。それは、場(時代)のパラダイムに基づく信念であり、根概念とも呼ぶ。
小沢一郎氏は徹底的な闘争派の政治家であり、親和・関係型の軟弱な政治家とも違う。ましてアメリカの子分政治家では無い。故に真正面からの闘争課題の共認が全ての関係構築を為すものであり、親和派などには誤解を招きやすいのだろう。
だから、今回の辞任の件において上っ面の私権派と小沢氏を見ている政治家・学者等は全て親和派の闘えない・闘わない男共を示すのではなかろうか?
属国と成り果てた日本において、国民を引張って行くにはアメリカの監視もあり、3,4手先を読んだ動き・発言が求められる。まさに「敵の敵」は味方であり、「敵の味方」は敵であるというアメリカに対する作戦だ。その結果、アメリカの手先(敵の味方)を潰す動きで政治活動をしてきたものと思われる。まさに、総理の椅子が目前にあったにも関わらずそれよりも為すべき事の為に自民党を出た事からも頷ける。まさに権力が欲しい訳では無く、日本を守るのに右も左も無いという事だ。
テロ措置法における自衛隊の活動を「国連の意志に応じて動かす」という発言の真意はどこにあるのだろうか?これは国連がほぼアメリカであるとはいえ、属国としてでは無く、一定の意志を持って軍隊を動かす必要性を説いているのではなかろうか。
そして、実践された後に発言するのは「日本民族の意志に応じて動かす」であり、その後は日本国民全体に「日本民族の意志とは何か?」という本丸を国民に問うつもりなのではなかろうか?
今の政治家達で信念を持った闘う男は、小沢一郎氏以外ほとんど居ないのではなかろうか?皆、己の私利私欲を貪るだけの金の奴隷と成り下がり、結果、国際金融資本の奴隷になっている政治家がほとんどだという事なのであろう。残念だが事実だ。
今、我々国民が為すべきは、今のパラダイムに沿った確たる信念を持った闘う男を応援する事だと思う。
- by h100p at 21:30



コメント
引用文中の、
「今のパラダイムに沿った確たる信念」
とはどういう意味でしょうか。
小沢さんは「憲法は武力行使を禁じていない」と主張していますね。
その根拠は、
憲法9条1項は「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の
行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と
書かれており、国連活動は国権の発動には当たらない、というものです。
これまでの自民党の苦し紛れの解釈ではなく、論理明快な主張ですね。
↑大丈夫ですか?
その次の「前項の目的を達するため」という解釈は結局同じじゃないですか。
軍備を持たずに武力行使が出来るわけでも無し。
傭兵でも雇うんでしょうか。小沢さんは。
小沢一郎に民族意識?
小沢は明治以来のナショナリズムは失敗したっつってる人ですよ。
小沢は東北人意識は持っていても、日本人意識は持ってない。
小沢には、潜在的な民族主義(国益派)の側面と権力意識(私権体質)的な側面が混在している様にも感じられます。
焦点は、小沢の志向する国益とは何か?ということに帰着するのかも知れません。
個人的には興味深いです。
国益重視と民族主義は無関係な概念だ。国益重視を理由に小沢を民族主義者だと言い表すのは、カテゴリー誤認だ。
小沢は日本国の国益は守ろうとしているが、日本人の民族意識は共有していない。
小沢のアイデンティティは東北にあり、その民族意識は蝦夷にある。また小沢の母の出自のこともあり、小沢は和人セントリズムには組しない。
自身の公式サイトにもあるとおり、日本が国民の公正な扱いと平等を厳守し、多民族共存の国として立つことを小沢は願っている。
多くの東北出身者がそうであるように、小沢も日本人意識を共有していない。