2007年09月27日

岸信介はCIAの手先だった

今年六月、米国で出版された『Legacy of Ashes The History of the CIA』は、NYタイムズで20年以上CIAを取材してきた専門記者ティム・ウィナー氏が膨大な資料と関係者の証言をもとにその歴史を描いた本です。
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ここでは、自民党結党以後の外交政策が、どうやって決められてきたか、またその始まりに岸信介とアメリカの間の“闇取引”があったことを明らかにしてある様です。
(以下、週間文春(2007.10.4)の記事からの引用です。<>内は原書からの引用)

<岸は日本の外交政策を米国の希望に沿うように変えると約束した。そして米国は、材日米軍基地を維持することができ、日本においてはきわめて微妙な問題をはらんでいたが、そこに核兵器を貯蔵することができた。その見返りとして岸が求めたのは、米国からの秘密裏の政治的支援だった

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「秘密裏の政治的支援」とは、ずばりCIAからのカネだと、ウィナー氏は著書で断定している。
「1994年のことです。CIAと米国政府との秘密作戦について取材していた私は、米国国務省が毎年発行している『米国の外交』の発行が遅れていることを知りました。CIAの自民党に対する支援について記述することに、CIAが難色を示したことが原因でした」
岸は首相に就任する以前から、CIAを含む米国人脈を築きあげ、その人脈を通じて米国側に自らの政権構想への理解を求めていた。その構想には、保守派を合同して自由民主党を結成することや、安保改訂の計画までもがすでに含まれていた。
同時に岸は日本政界についてのさまざまな情報をCIAに提供した。その見返りとして岸がCIAに求めたのが、政界工作資金だったのだ。岸はCIAのエージェントであった。そして、岸は首相の座につくや、<CIAと協力して針安保条約を練り直すことを約束した>。
交渉相手は、マッカーサー元帥の甥、ダグラス・マッカーサー二世だった。
<岸は新任の駐日米国大使のマッカーサー二世にこう語った。もし自分の権力基盤を米国が固めることに米国が協力すれば、新安全保障条約は可決されるだろうし、高まる左翼の潮流を食い止めることができる、と。岸がCIAに求めたのは、断続的に支払われる裏金ではなく、永続的な支援財源だった。「日本が共産党の手に落ちれば、どうして他のアジア諸国がそれに追随しないでいられるだろうか」と岸に説得された、とマッカーサー二世は振り返った>
当時、アメリカの対日政策は転換期にあった。東西冷戦の激化に伴い、日本を共産主義に対する“防波堤”とすべく、再軍備と自立を促す方針に転換したのである。
“逆コース”と呼ばれるこの政策転換は、47年から48年に起きた。この一環で公職追放解除が行なわれ、追放されていた岸も53年に政界復帰した。米国は保守派を結集し、再軍備をも辞さない強力な指導者を求めていたのである。
マッカーサー二世の証言からは、岸がこうした状況に乗じて、米国側から資金を引き出そうとしたことが読み取れる。
そして、58年5月の日本の総選挙前、アイゼンハワー大統領は岸に資金援助することを決定した。
<(ジョン・)フォスター・ダレス(国務長官)も同じ意見だった。ダレスは、米国は大金を支払ってでも日本に賭けるべきで、米国が賭ける相手としてもっとも有望なのが岸であると主張した。アイゼンハワー大統領自身が安全保障条約のために日本に対する政治支援を決断したが、それはすなわち、岸に対して米国が資金援助することを意味していた。アイゼンハワーは主要な自民党議員にCIAから継続的に献金することを承認した>
<そのような資金が、四人の歴代大統領のもとで少なくとも15年のあいだ流れ、冷戦期の日本で一党支配を強化することに貢献した>
自民党が権力の座を維持するために必要なカネはアメリカから供給されていた。その代償は、安全改定を含む、日本がアメリカにとって都合のいい国になることだった。
アイゼンハワー大統領が主要な保守政治家への資金援助を決定したことは、昨年7月刊行の『米国の外交
1964-1968』にやっと記された。ウィナー氏が記事を発表してから12年後の昨年、国務省はようやく問題の記述を一部公開したというわけだ。

こうして得られた資金はどのように使われたのか。米国の外交文書には、57年と58年の二回、岸の弟である佐藤栄作が米国側に資金援助を要請したことが記録されている。二回の資金要請は、ともに58年の総選挙と59年の参院選挙への対策を名目としていることから、CIAからの資金は選挙対策に投じられたと考えられる。
ウィナー氏は、CIAの工作をこう総括した。
「資金提供の見返りにCIAが得たのは、これから誰が指導者の地位を占めるのか、日本が今後どのような方向に進むのか、といった日本政界に関する情報でした。 ~中略~ この関係によって米国は対日外交政策の目標を達成し、アジアにおける相当な影響力を持った反共勢力、つまり日本を作り上げたのです

岸とCIAの関係については、これまでもよく聞く話ではあったが、秘密指定を解除された機密文書や、数百人を超す外交関係者への取材により得られた、かなり信頼性の高い証拠、証言が示されたことの意義は大きい。
アメリカでの出版時期、週間文春でこの記事が出たタイミングを考えれば、安倍首相辞任との関係を勘ぐりたくもなるが、これまで隠されていた事実が、ひとつひとつ明白になっていくこと事態には、可能性を感じます。

List    投稿者 maeyan | 2007-09-27 | Posted in 未分類 | 7 Comments » 

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コメント7件

 匿名 | 2007.11.07 0:03

引用文中の、
「今のパラダイムに沿った確たる信念」
とはどういう意味でしょうか。

 チバ | 2007.11.07 21:54

小沢さんは「憲法は武力行使を禁じていない」と主張していますね。
その根拠は、
憲法9条1項は「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の
行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と
書かれており、国連活動は国権の発動には当たらない、というものです。
これまでの自民党の苦し紛れの解釈ではなく、論理明快な主張ですね。

 匿名 | 2007.11.08 22:02

↑大丈夫ですか?
その次の「前項の目的を達するため」という解釈は結局同じじゃないですか。
軍備を持たずに武力行使が出来るわけでも無し。
傭兵でも雇うんでしょうか。小沢さんは。

 the | 2007.11.08 23:34

小沢一郎に民族意識?
小沢は明治以来のナショナリズムは失敗したっつってる人ですよ。
小沢は東北人意識は持っていても、日本人意識は持ってない。

 がんばれ日本 | 2007.11.09 22:26

小沢には、潜在的な民族主義(国益派)の側面と権力意識(私権体質)的な側面が混在している様にも感じられます。
焦点は、小沢の志向する国益とは何か?ということに帰着するのかも知れません。
個人的には興味深いです。

 匿名 | 2007.11.10 21:01

国益重視と民族主義は無関係な概念だ。国益重視を理由に小沢を民族主義者だと言い表すのは、カテゴリー誤認だ。
小沢は日本国の国益は守ろうとしているが、日本人の民族意識は共有していない。
小沢のアイデンティティは東北にあり、その民族意識は蝦夷にある。また小沢の母の出自のこともあり、小沢は和人セントリズムには組しない。
自身の公式サイトにもあるとおり、日本が国民の公正な扱いと平等を厳守し、多民族共存の国として立つことを小沢は願っている。
多くの東北出身者がそうであるように、小沢も日本人意識を共有していない。

 hermes handbags apricot | 2014.02.02 3:14

hermes outlet bags uk 日本を守るのに右も左もない | 小沢一郎氏の信念は民族意識にある。だから右も左も無い。

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