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2007年05月08日

「懲りない・反省しない」朝日の伝統?

1879(明治12)年大衆に親しまれる「絵入り小新聞」としてスタートを切った朝日新聞社は、毎日などの政論大新聞の向こうを張って、議会「傍聴筆記」を付録として読者拡大を狙うという戦術で、1890年には全国的な総合紙のトップクラスに踊りでた。

その後、政界とのパイプを作り、穏健な政論の書ける論客を招いたり、日露戦争~第1次大戦を通じて販売を強化し、1915年ころまでに一流新聞『大朝日』の地位を手にした。

その直後、一流企業の仲間入りに増長したのか、手の平を返したように寺内内閣攻撃を繰り返し出した最中の1918(大正7)年、日本新聞史上最大の筆禍といわれる「白虹事件」を引き起こし、廃刊・廃業の危機に直面する。

その場は、ライバル誌「毎日」の社長だった原敬首相に、臆面もなく「畳に額をこすりつけて許しを乞い」なんとか廃業だけは逃れたらしい。詳しくは 『読売新聞・歴史検証』屈辱の誓いに変質した「不偏不党」を参照

増長しやすくて脇が甘く、綱領に掲げる「不偏不党」どころかカメレオンのようで、権力に弱いという企業体質?風土?は、どうやらこのころかららしい。
そうしてジャーナリスト学校まで発足させた『現代の大朝日』も、誤認?捏造?を繰り返していることから、懲りるどころか全く反省していないと思われても仕方がないだろう。

コメント

サンゴ事件の編集局長がトップの社長になれる会社、それが朝日新聞。

  •  2007年05月08日 22:52

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